泉
「母上、姉上早く行きましょう!」
「テオ、そんなに焦らないの。忘れ物はないかしら?」
「大丈夫ですわ、お母様」
翌日の午後、私達はピクニックへと出かけました。頬をかすめる風や緑の匂いに懐かしさを覚えつつも進みます。屋敷から泉までは遠くなく、お父様はお母様のために泉の土地の所有権を購入されたこともあり、なかなかにくつろげる場所となっています。
「ふふ、相変わらずここは綺麗ね」
「お母様、シートを広げますわ」
「ありがとう、アレックス」
このような時、空間拡張と収納はとても便利です。シートを広げる際はテオもお手伝いをしてくださりました。ここの空気はとても落ち着きます。
「テオは初めて来たのよね?」
「はい、この場は父上が母上に球根をした場所だとお聞きしたのですが」
「あら、アレックスに聞いたのね。そうよ、だからこの場所は私と旦那様にとって大切な場所なの」
バスケットの中から食べ物を出し、紅茶を入れつつお母様のお話に耳を傾けます。お母様の声は心地よく、風もその声に合わせて吹いているように感じられます。
お母様とお父様が初めて出会ったのもこの場所だそうです。お母様がここでハープの練習をしていた時にお父様に話しかけられたそうです。
お母様のハープの腕は素晴らしく、社交界でもたびたび話題になっています。
それから、何度か会われる機会があり、徐々に恋仲になっていったそうです。しかし、お2人とも政略結婚のお相手がいらっしゃると両親に言われ、一度は駆け落ちも考えられたそうです。しかし、周囲への影響を考えられたお母様は政略結婚を受け入れる旨をお父様に伝え、お2人は分かれることとなってしまいました。
「でも、まさか政略結婚の相手が旦那様だっただなんて思いもしなかったわ」
「母上はどのような方と結婚するのか知らされていなかったのですか?」
「旦那様以外目に入っていなかったらかきっと目も向けなかったのでしょうね。きちんと視野を広げていればあのように旦那様も傷つけることがなかったのでは、と少し後悔したわ」
恋は盲目。お父様のことを深く愛していたがゆえに周囲を注意深く観察することができなかったのでしょう。それは、お父様も同じだったようです。
「こうして愛していた旦那様と結婚出来て、大切な貴方達とも出会うことができたわ。私にはこれ以上の幸せはないのかもしれないわね」
「母上はきっとこれからも幸せになれますよ。兄上が結婚されて、次は姉上が。最後に僕が結婚して、将来的には可愛い孫に会えるかもしれません」
「テオの言う通りね」
なんだか雲行きが怪しいような...。
「アレックスには気になる殿方はいないのかしら?」
「い、今のところは、」
「姉上はどのような方が良いのですか?」
テオは少しおませさんのようですね。
「理想、と言われてもわかりませんわ。私はまだ恋をしたことがありませんもの。お母様の話されるように素晴らしいものなのだとは想像ができますが」
「焦っておかしな方に捕まるよりは良いと思うわ。でもね、アレックスこれは覚えておいて。貴女は周囲の人たちにとても大切にされているわ。そのことにまずは気づきなさい。そうしたら、誰が貴女のことを深く愛しているかわかるはずよ」
「それは、預言ですか?」
「いえ、これは今起きていることだもの」
岡様は静かに立ち上がり、ゆったりとお散歩を始められました、その後にテオも続きます。
「あら、この香りは、」
ふと独特な香りがした方へ視線を向けると花が咲いていました。これは見たことがあるものです。しかし、何故この場に生えているのでしょうか?
「姉上、綺麗なお花ですね」
「テオ、是は触れてはいけまんよ?毒のある花です」
「は、はい」
この花があるということは早めに帰宅した方が良さそうです。テオにお母様を呼ぶように言って私は片付けを始めます。
「そう、今日はもう帰りましょうか」
「もうですか?」
「ええ。帰って旦那様とリックのためにパイを焼きましょう」
「わあ!楽しそうですね」
片付けは終わりました。この花は採集していくつもりです。
「アレックス、何かひらめいたようね」
「ええ、これでまた1歩進めますわ」
微かに感じた特徴的な甘ったるい香り。恐らくこれも中に入っていたことでしょう。
テオはわからないというような表情を浮かべていますが、今は知らないでいてほしいと思ってしまいます。純粋な弟にはこのまま育ってほしいのです。
その後、この場で魔獣の目撃情報がありました。早めに帰ることができたために難を逃れることができましたが、私も少し視野を広げるべきだと改めて思いました。