目立ちたくない
ダンスはすでに始まっていました。最初は婚約者がいらっしゃる方々が躍られます。その次に気になる方をお誘いする流れとなっています。
最後までパートナーがおられない方は女生徒の間で笑い物となってしまうと耳にしたことがございますが、事実仮想化は定かではありません。お誘いをされてもお断りする方はいらっしゃるでしょうに不思議です。
「見て、アウロラ様が躍られているわ」
「やはり素敵ね。リードされているジャクソン殿下もさすがね。あのお2人だけ別世界のよう」
「ふふ、カミラとグレイもいますわよ」
「本当だわ、カミラったら楽しそうね。リリーったら見ているだけで目を輝かせているわ」
そろそろ、最初の曲が終わりそうですね。男女ともにそわそわとしている方が見受けられます。私としてはこの場にいたという事実は残せましたからできればすぐにでも別の場所へ移動したいところですが、目立たないように移動するにはどうしたら良いでしょう。
「アレックス、どこへ行くんだ?」
「お、お兄様、どうしてこちらへ?」
「騎士団は警備をしに来ているんだ。それで、どこへ行こうとしていたんだ?」
「少し休憩に向かおうと思っていまして...何でしょう?」
「踊りに行くぞ」
「...。お兄様とですか?職務中ではありませんでしたか?」
「このままではお前は誰とも踊らずに過ごすつもりだろう?それはいただけないな」
全てを見透かされているようです。私としては、それで問題ありませんが、さてどうしたものでしょう。
「婚約者がいないとはいえ、こういったことには参加すべきだ。将来的には研究を続けるのも良いとは思うが、そのうち結婚のことも考えなければいけないのだぞ?」
「お兄様、ご自身で仰りながら元気をなくしていくのはおやめください。私が心苦しくなります」
「す、すまぬ。それよりもだ。妹には自分のような苦労をしてほしくない」
目が本気です。こうなってしまわれたお兄様を止めることは不可能に近くなるでしょう。それに、騎士団の方は交代で休憩を取られているようでその合間に踊られている方もいます。この状況からお兄様でも問題ないのでしょう。まだマシという程度ですが。
「では、お願いいたしますわ」
「ああ。お前が1番目立てるようエスコートしてやろう」
「それはやめてください」
踊り場に向かうだけで注目を集めてしまうのにやめてほしいです。お兄様は人気者なのですから。騎士団長としての憧れの視線を向ける男子生徒にその整った容姿に頬を染めうっとりされている女生徒、恋する乙女の眼差しを向ける女性など、多くの視線を浴びています。
その視線を振り切るよう、曲が始まると動き始めました。
「ふふ、」
「どうした?アレックス」
「いえ、お兄様とこうやって踊るのは久しぶりだと思いまして。リードがお上手ではなかった頃を思い出して、」
「な、それはお前が足を踏んだりしたからだろう?」
「お兄様のリードが早かったからですわ。自分勝手に踊られるのが悪いのです」
「くっ、まあ、昔はダンス自体好きではなかったからな。ダンスよりも強くなるための鍛錬の方が大事だと思っていたんだ」
「お兄様?」
「何でもない。今から中央の方へ行くぞ、ついてこい」
「え、」
宣言通り、お兄様は大きく動き出しました。転ばず、足を踏まずどうにかついていけた私をどなたか褒めてくださらないかしら。
先ほどよりも強い視線を感じるのは気のせいではないでしょう。目立ちたくないという私の願いはこの場で儚くも散ってしまいました。ああ。浴びる視線がとても痛いです。かくなるうえは恥ずかしくない程度のダンスをお見せするほか対策はありません。
そんな私の考えが通じたのかお兄様は先ほどよりも私を引き立てるようにし始めました。恥ずかしくない程度とは思いましたが今よりも目立ちたいとは思っていません。少し前から感じておりましたが、私とお兄様の完成は若干異なるようです。そのことについてはまた日を改めてお話をする機会を設けた方が良さそうですね。
「楽しかったか?」
「それなりに、ですね」
ダンス終了後、静まり返った踊り場を離れて最初の会話です。ダンス自体は楽しめたように感じられます。ですが、あそこまで目立ってしまうとは思いませんでした。
「今さらだろう?」
「お兄様は存じ上げていないと思いますが、私は学園内で目立たない大人しい生徒ですわ」
「それはないだろう」
「本当ですわ」
「あのな、王族と繋がりがあり、成績が優秀で行事ごとで大きな活躍を見せ、さらには容姿まで整っている奴が目立っていないはずないだろう」
「そ、そんな...では、ジャクソン様とお話をするのは控えた方がいいですね」
「そうじゃない。というか、今さら行動を変えても無駄だ。諦めろ」
「アレックスにリック、ここにいたのか」
「グレイ、どうしたんだ?」
「少し相談が、」
「それどころではありませんわ!」
「うわ、こっちは何があったんだ?」
「いつものだ」
「ああ...。」
目立ってしまうといいことはないことは存じ上げていましたのに不覚です。ここは静かに目立たないように行動し、さらには目立つ要素を排除していく方向で考えましょう。しかし、成績を落としてしまうと心配されるかもしれません。いえ、私ならできるはずです。
「そうです、気が付かれない程度に徐々に成績を落としていきましょう。...」
「何を考えているんだ!?」
「止めないでくださいまし!これ以上目立ちたくないのです」
「いったい何の話をしているんだ?」
グレイに事情を説明すると呆れたような顔をしています。この反応は幾度となく目にしたので今更に掛けるようなことでもありません。
「とにかく、成績を落とすような真似はやめるんだ悪目立ちすることになるぞ」
「そうですね、お父様やお母様に心配をおかけしてはいけませんもの」
「よし、よくわかってくれたな。それで、グレイはどうしたんだ?」
「そうだ、聞きたいことがあって来たんだ」
グレイは何があったのかを慎重に話し始めました。