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神話崩壊

 マイクと伸二、両雄、譲らず。


 そこからの戦いは苛烈を極めた。


 伸二はマイクの拳をかわしてはマイクのボディや顔面を打ち抜く。


 マイクは伸二を拳で踊らせて、かわせない隙を見つける度に打ちこむ。


 ヘビー級とミニマム級が互角に殴り合っている。


 体重制の階級神話が崩れるかどうかの戦い、ではなく、この戦いそのものが神話の一ページだった。


 力と、速さと、技と、根性のぶつかり合い。


 鉄拳のみを使った、雄の勝負。


 マイクの左ジャブと伸二の右ストレートが炸裂。両者同時にダウン。


 二秒後に同時に跳ね起きてまた殴り合う。


 伸二はボクサー、マイクもボクサー。


 互いが互いに、屈しても起き上がる人種。


 二人の戦いを手に汗握り見守る観客達。


 会場は無音になって、それから、


「まけるな伸二―!」

「マイク! ヘビー級が負けたら恥じだぞ!」


 誰ともなく、応援が復活した。

 それから始まるコール。

 誰もが伸二を、マイクの名を叫んだ。


『マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク! マイク!』


『伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二! 伸二!』


 ヘビー級とミニマム級の右ストレートが交差して、二人の顔面を打ち抜き合う。

 両者ダウン。


 伸二は、床の感触が無かった……


 無重力の中をたゆたい、あらがえない脱力感と、岩の下敷きにされたような重圧を同時に味わっている最中だった。


 それでも、


「ッッ!」


 寝ていられない。

 脱力感を引き千切り。

 重圧を押しのける。

 子供は残酷だ。

 子供の頃は、体の大きさが正義だ。

 体の大きなガキ大将が、体が小さい子供をいじめる。

 体が小さいというのは罪だった。

 小ささは悪だった。

 大きさが正義だった。


 ――そんなくそったれな世界……俺が殴り飛ばしてやるよ!


『マイク選手に続いて! 伸二選手も立ち上がりましたぁ!』

「行くぞマイク!」

「こい伸二!」


 伸二の右足の親指から、膝、腰、背中から肩へと合一するエネルギーを、ブレることなく真っ直ぐ放出。


 伸二の右鉄拳が咆哮する。


 マイクの右ストレートが迫るが関係無い。


 今、伸二の頭の中にあるのは、この右拳に全てをかける事だけ。


 防御を捨て、全ての集中力を自分の右ストレートに込める。


 ――勝つ!


 互いの拳が顔面にクリーンヒット。

 互いの拳が顔面を打ち砕いた。

 再び両者ダウン、否、両者ノックアウトだった。


『…………』


 宇佐美が二人の様子を確認、宇佐美は、高らかに叫んだ。


『両者ノックアウト! この勝負! 引き分けと致します!』


 宇佐美は腰の小型マイクで医療班に指示。

 それから場が盛り下がらないようにマイクを握る。


『最強はヘビー級か!? ミニマム級か!? 神話は崩れるのか!? あらたな神話が出来るのか!? 違います! 新旧の神話が融合いたしました! ヘビー級はミニマム級に破れず! ですがミニマム級はヘビー級に破れない! この試合は! 今まで体重を強さの象徴としてきたボクシング界にあらたな波紋を呼ぶでしょう! ありがとうマイク・[ロビンソン! そしてありがとう! 岩波伸二! 皆様! 二人の男に、盛大な拍手をお願い致します!』


 会場が沸騰。


 二人の男達に賞賛の声を浴びせる。


 パワーも体重も、スピードもテクニックも、上下は無い。全てが等しい、立派な武器であり、体格に恵まれなくてもやれる。それを伸二は証明した。


 小柄な戦士は合気道のようなテクニックファイターでないと戦えない。


 そんな常識に、伸二は真っ向から立ち向かい、戦い抜いた。


 ヘビー級相手に互角の殴り合いを、死闘を演じた伸二。


 彼の偉業は、ボクシング界の歴史に未来永劫刻まれるだろう。


 会場は皆、マイクと伸二に声援を浴びせたが、それでも最後は、誰もが言ってしまう。


『ありがとう! 岩波伸二!』


 小さな巨人の勇気は、全ての人間の心を動かした。

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