ヒーローキリング
「心配しなくても大丈夫だよ礼奈ちゃん」
「どこが大丈夫なのよ好美! あれじゃ羅刹の背骨折れちゃうじゃない!?」
好美はどこ吹く風で、
「え~、あの程度で折れるわけないよ」
「どうしてよ!?」
「だってせっちゃん、ほら」
好美が携帯電話の写真を見せる。
画面には、逆エビ反りで羅刹が、自分の股下から顔を出す姿が映っている。
「柔軟体操があんまり凄いから写メっちゃった♪」
「え…………じゃあ、あれって……」
◆
「牛塚マン、あんたすげーよ」
「ん?」
下敷きにされる羅刹は、悲鳴の演技をやめて、こっそり笑う。
「一回戦は三つの奥義の一つの鬼風で勝ったから、二回戦は鬼山まででキメたかったんだけど、そうも言ってられないや」
「お前まさか!?」
自分の逆エビ反りが効いていないことに気付いて、牛塚マンの心臓が打たれる。
「俺も付き合ってやるよ、あんたのプロレスにさ!」
羅刹は両手を床について、一呼吸。
無酸素運動ではない、鬼風でも鬼山でもない。
無酸素運動……プラス、
牛塚マンの体が跳ね上がった。
「なっ!?」
違う、羅刹の体が、牛塚マンごと跳ねあがったのだ。
浮いた瞬間に腹筋で脱出。
自分の両足をわきに挟む牛塚マンと視線が合った。
「どうも」
羅刹は頭突きで牛塚マンの鼻を潰し、緩んだ両脇から足を引き抜く。
『なんと羅刹選手! 脱出したぁあああ!』
牛塚マンが手で顔を抑えている間に、羅刹は息を吐いた。
「あー、頭くらくらする。ジャーマンスープレックスの後にパワーボムって本当に死ねるなこれ。でも」
羅刹は両手をだらりと下げて、ファイティングポーズを取ろうとしない。
「こんだけ頭フラついていればちょうどいいか」
飄々とした態度に、牛塚マンは口の血を吐き捨てた。
「いい根性だ羅刹。お前プロレスラーになれるぜ。でも、この勝負は俺の勝ちだ!」
牛塚マンのローリングソバット。
を、羅刹はしなやかに身をそらすだけでかわして、不自然に速く、かつ重い拳で牛塚マンの顔面をブチのめした。
「がっ!? っ」
すぐに立ち直った牛塚マンは蹴りも混ぜたラッシュで羅刹を攻める、責める、せめる。
でも当たらない。
羅刹は骨格を感じさせない、ふにゃふにゃとした動きで全ての攻撃をかわし切っている。
そして牛塚マンの右わきに隙が見えた瞬間、不自然に速く重い左回し蹴りで、巨漢の牛塚マンを薙ぎ倒した。
牛塚マンがダウン。
また血を吐いた。
だが、
『負けないで牛塚マーン!』
跳ね起きる。
その顔には、ダメージなど微塵も感じない。
羅刹は口笛を吹いた。
「つえーなあんた」
「ファンの前じゃいつだって俺は無敵だ。何ヒーローだから」
「ヒーロー?」
「ああ、ヒーローは倒れない、ヒーローは倒れてもすぐ起きる、そしてヒーローは負けないんだ!」
牛塚マンが殴る。
羅刹がかわして殴り返す。
牛塚マンが蹴る。
羅刹がかわして蹴り返す。
牛塚マンの体は頑丈だ。
攻撃している羅刹は、まるで車のゴムタイヤを殴っているような感触に驚嘆する。
それでも、なお羅刹の攻撃は通っている。
これが、天城流奥義三つのうち最後の一つ。
◆
「鬼林?」
VIP席で、礼奈が聞き返す。
「そっ、鬼風、鬼山、そして鬼林。全身を同時に動かすのが鬼風、全身を同時に固めるのが鬼山、そして全身を動かしも固めもせず脱力させるのが鬼林なの」
「いや、そんなふにゃふにゃじゃ戦えないじゃない」
「ぎゃくぎゃく。これもみんなやっていることだけど、動く前は脱力していればしているほどいいの。よくスポーツとかで聞かない? 『緊張しすぎ、もっとリラックスして力を抜いて』って」
「あー、聞いた事あるわね」
「動く前に脱力していれば脱力しているほど爆発力は増す。せっちゃんの完全脱力が最強のスピードと最強の筋力、つまり拳や足をおしこむパワーが増すの。単純なスピードなら鬼風未満、単純な重さなら鬼山未満。でも鬼林はね、スピードとパワー両方を同時に強化できるパワーアップ技なの。まっ、マンガやゲームでいうところの肉体強化呪文だと思ってよ」
「無酸素運動と似ているわね」
礼奈の言葉に、好美がにんまりと笑う。
「いいところに気付いたね礼奈ちゃん。牛塚マンなら、せっちゃんをもっと追い込めるかもだよ」
「へ?」
礼奈の頭上に、疑問符が浮かんだ。




