ヒーロー
「さてと、じゃあ次は俺の試合か。控室行ってくるよ」
「羅刹! あんたには我が旗大路グループの命運がかかっているんだから絶対に勝ちなさいよ!」
礼奈の顔は真剣そのものだ。
羅刹は席から立ち上がり手をひらひらさせる。
「解ってるって、そんで好美、俺の試合のオッズ解るか?」
好美の携帯電話は既にオッズの画面を開いていて、即答した。
「せっちゃんが一四倍で牛塚マンは一・〇二倍」
「天地の差だなおい」
「前回のベスト8、それもチャンピオン虎山剛輝と当たっての敗退ですもの。当然でしょうね」
冷静な社長の華奈。
妹の礼奈はオッズ結果にまたガクガクブルブルと震えていた。
「終わりよー! 終わりだわー!」
「…………」
そろそろ礼奈の反応がうっとうしいのだが、羅刹は礼奈の心情を考える。
両親が死んで、残ったのは姉と会社だけ。
それも自分が負ければ終わり。
羅刹は少し考えて、礼奈に尋ねる。
「おい礼奈。一応俺一回戦突破したけど、今の状態でCM出演しても効果無しか?」
ビジネスの質問に、礼奈はうめくのをやめて、頭を抱えたまま羅刹を見上げる。
「薄いわね……この大会の出場者は四八人。逆シードの三二人を戦わせて一回戦で戦わせて残り三二人。ベスト8どころかベスト32なんてなんの価値もないわ。資金力のないうちはあまり商品開発にお金かけられないから地味な商品しかつくれないし、CM料もあまり出せないからCMを流せる量も限られているもの。世界大会に出るだけ凄いけど、二回戦敗退じゃたいした効果はないわ、はぁ……」
「でも他の健康食品会社はこの大会に出てもいないじゃない」
好美の質問に、礼奈が続けて答える。
「そうだけど、でもいくらNVT全盛時代でも選手だけで商品が売れるわけじゃない。商品そのものの効果や魅力も必要よ。今の時代は商品の魅力とコマーシャルファイターが半々って言われているから、地味な商品しか出せないうちはチャンピオンがCM出演するならともかく、一回戦突破ぐらいじゃ、商品も選手も中途半端でしょうね」
羅刹が唸る。
「う~ん、確かに他の格闘技やオリンピックもチャンピオンから三位ぐらいまでは覚えていても五位とか八位の選手覚えていますかって言ったら微妙だよなぁ……じゃあ大丈夫だろ」
「って、何が大丈夫なのよ!」
犬歯を出して怒る礼奈。
羅刹は飄々と、
「だってまだ俺は負けられないんだろ? じゃあ勝つよ。だって負けられないんだから」
言って、羅刹は席から離れた。
遠ざかる背を、礼奈は目をぱちくりさせながら見送った。
「何よ……あの自信……」
「…………」
華奈の目が鋭さを増して、口角が僅かに上がる。
「ねぇ礼奈、羅刹君の背中見た?」
「え? それなら見ているけど」
「気付かない? 彼の背中、二日前より厚くなっているわよ」
「………………へ?」
礼奈の口が、ぽかんと開いた。
◆
ヒーローに憧れた。
牛塚洋平が子供の頃、最初に惹かれたのがヒーローだった。
毎回バイキンロボをワンパンでやっつけるアンパンマ●。
毎回五人で力を合わせて悪を倒す戦隊モノ。
毎回どんな怪人もキック一発で倒す仮面ライダ●。
毎回恐竜よりも大きな怪獣を倒すデッカイ男、ウルトラマ●。
毎回大きなロボット同士が戦う巨大ロボットモノ。
それから次は少年マンガだ。
小学生になって週刊少年漫画雑誌を読むようになった。
ヒーローはいつだって鋼の肉体で、
スペシャルな力で、
倒れても倒れても立ち上がって、
みんなを守る為に仲間と修業を積んで強くなって悪を倒し続けた。
人並みにテレビゲームはやった。
でもプレイするのは全部格闘ゲームやアクションゲームやRPGばかり。育成ゲームやシミュレーションゲーム、ファミリーゲームは一切やらなかった。
子供の頃から一番好きだった遊びはヒーローごっこ。
ただし既存の作品のヒーローにはならなかった。
「牛塚マン参上!」
牛塚洋平は仮面ライダ●になりたいわけでもウルトラマ●になりたいわけでもない。
牛塚洋平は、自分がヒーローになりたかったのだ。
だから大人になった彼は子供たちの前で、リングの上で言った。




