ヤブ医者
「なんだと?」
アルヴィンの口元が怪しく歪む。
「ふふふ、いいんですか高嶺さん? そのお年で、そんなに激しく長時間動いても?」
「ぐぅっ」
「さっきから蹴りが軽いですよ?」
「う、く……うぅ……ぶはぁっ!」
蹴りの嵐がやんだ。
高嶺はバック転しながら距離を取って、構えの姿勢で肩を大きく上下させる。
「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……くそっ…………」
「ふふ、人は老化であらゆる運動能力が衰えます。筋力、瞬発力、柔軟性、動体視力に反射神経……ですが、特に衰えが著しいのが心肺機能、そう、持久力ですよ」
「くっ」
高嶺は悔しげに歯噛みしながらアルヴィンを睨みつける。
「なのに感情に任せてそんなに激しく長時間動けばスタミナが付きて当然でしょう? 今貴方の筋肉は全身乳酸付けで立っているのも辛いでしょう? では」
息の絶え絶えの高嶺に歩み寄り、アルヴィンは肘を引いた。
「格闘家はファイティングポーズでグーを作りますがあれは間違いです。手を握り握力を使うと腕の筋肉が緊張状態になってスピードが出ません。パンチを打つ時は手は開いたまま。そして相手に当たる瞬間にだけ」
アルヴィンの右ストレートが放たれる。
「握りしめるのです!」
アルヴィンの指先が高嶺の胸板に触れる瞬間、一瞬で拳を作った。
硬く握りしめられた鈍器が老人のアバラを砕く瞬間、
「にぃ」
高嶺は左胸を軸に回転。
アルヴィンの右ストレートをかわして、後ろ回し蹴りをアルヴィンの側頭部に当てた。
「っっ!?」
少し無理な体勢だった事と、アルヴィンも反射的に可能な限り打点をズラしたことで昏倒は免れた。
けれど頭痛に耐えながらアルヴィンは目を白黒させた。
「な、何故だ……今の貴方のどこにそんな」
目の前の高嶺は肩で息なんてしていない。
それどころか、呼吸一つ乱さずに、まるで試合前と同じだ。
「医者のクセに疲れた演技に騙されるとかヤブだなおい。どうしてって、俺がものすごく体力のある男であの程度の動きじゃ疲れないからに決まっているだろ?」
さも当然とばかりに言う高嶺。
アルヴィンは激昂する。
「ありえない!? 日頃から鍛える事で老化を遅らせる事はできますが! それは無理だ! 貴方は今年で九〇歳との事ですが! 貴方の身体能力は九〇歳では医学上不可能だ! 鍛えてどうこうなるものじゃあない!」
医学を学んだ者として、
人体の全てを丸裸にしてきた医学の歴史を代表してアルヴィンは怒る。
だが高嶺は余裕綽々でナメ切り腐った顔で長身のアルヴィンを見上げながら見下した。
「人体をたんぱく質とカルシウムでしか語れない脳たりんが偉そうに説教してんじゃねぇぞ。こちとら一週間吞まず食わずでジャングル横断したり一〇時間連続でゼロ戦操縦してきた男だぜ! 医学なんざなぁ!」
高嶺は右足を大きく後ろに引いた。
アルヴィンは左腕の背と右腕の腹で受け止めようと構える。
高嶺の足が上段を狙う。
「くそっくらえなんだよぉおおおおおおおおおおお!」
九〇歳の全筋力と瞬発力に回転力を加えた回し蹴りの軌道が上段から中段に変化。
アルヴィンのガードの下を抜け、アルヴィンの左アバラを蹴り砕いた。
「ぐぼはぁっっ!」
アルヴィンが血を吐きながら真横に倒れ痙攣した。
「それとわしの骨密度は二一〇パーセントじゃ覚えとけ!」
『試合終了! 勝者、高嶺弘樹選手です♪』
歓声の中、高嶺はリングの壁面に跳躍すると上につかまり、観客VIP席に身を乗り出した。
観客がその様子に注目。
高嶺の視線の先には羅刹がいる。
「つうわけでだ天城のボウズ。お前が勝ったら三回戦で当たるのは俺だ。お前の親父には随分楽しませてもらったが、お前も俺とやりあうなら覚悟しろよ」
「当然、こっちも楽しませてもらいますよ。俺は決勝に行く身なんで」
『おーっとこれは高嶺選手。羅刹選手を意識しているようです』
宇佐美がマイクで、観客がさらに羅刹に注目する。
観客からすれば、羅刹は無名の新人選手だ。
羅刹の父もNVT選手だったが、それでもせいぜいが二世タレントのようなレベル。
羅刹本人の評価はまだ高くない。
でも高嶺の言動で、マスコミ関係の人達が囁き合ったりメモをしたり、どこかに連絡を取っている。
これから世間の羅刹への注目度はさらに上がるだろう。
「まぁもっとも、俺と戦うにはあのスーパーヒーローを倒さなくちゃな、じゃあな」
高嶺は壁から降りて、選手入場口へと戻った。




