合気道VS総合格闘技
「そろそろ起きてもいいですよ」
穏やかな声で許可する陽子。
蹴られなくなったリチャードは素早く跳び起きて両手によるパンチラッシュをかける。
極力大ぶりな一撃は使わない。
ジャブジャブストレート、からのジャブ五連発。
陽子に掴まれそうになった素早く引いて逆の手でジャブを打つ。
フェイントパンチ、から間髪いれずに右ストレート、
右手を陽子に掴ませておいて、最速の左ジャブで陽子の腕そのものを狙う。
でも突然力抜けて、リチャードの腰が落ちてしまい左ジャブは空ぶった。
「…………」
リチャードは自身をクールダウンさせながら打撃を諦める。右手首は陽子に掴まれたまま。リチャードは長いリーチを活かして、右手で陽子の巫女服の袖を掴んだ。
筋力で無理矢理投げ飛ばそうとして、陽子は動かなかった。
「ッッ!?」
これは流石に冷静ではいられない。
自分より一メートルも小さく、体重は驚くことに六分の一以下。
なのに陽子は、まるで地面に根を張っているように動かなかった。
「あ、今の私の体感体重は半トンですよ」
半トン。
リチャードの奥歯に自然と力が入ると同時に、奇妙な浮遊巻に襲われる。
投げられた。
でも柔道とは違う。
陽子がリチャードを背負ってではなく、まるでリチャードが右手をつかまれたまま、自ら跳び上がり陽子の上を放物線を描いて飛び越えるような、そんな感覚。
「がぁっ!」
リチャードはななめに頭を打って首に強い不可がかかる。
体重三一〇キロという武器が、自身の頭と首に凶器として襲いかかった。
ななめに頭を打ったから助かったが、垂直に落ちていたら、頭蓋骨は割れて即死だったかもしれない。
観客からブーイングが飛ぶ。
『でかいくせに情けない』『木偶の坊』『図体だけ』『女の子相手に何やってんだ』そんな喧騒の中、陽子は手を離して優しくリチャードを見下ろした。
「すごく、巧いのですね」
その笑顔で、リチャードは喉の奥につかえた溜飲が下がったように感じた。
リチャード・ヘッドバーンは幼い頃から大きかった。
六歳で身長は一八〇センチに達し、小学校に入学するころには学校で一番大きかった。
リチャード君は体が大きすぎて危ないので一緒に遊ばないよう、他の生徒に通達された。
そんなリチャードが格闘技の道を進んだのは必然だった。
その巨体が、彼から格闘家以外の道を許さなかった。
格闘技だけが、合法的に他人と触れ合える唯一の手段だった。
八歳で大学の総合格闘技チャンピオンに勝利。
一〇歳で大人のオランダチャンピオンに勝利。この時、身長は二メートルを超えていた。
周囲から強さを讃えられるのは嬉しかった。
でも、すぐに賞賛の声は濁った。
大人になり身長が二メートル半を超えると、誰もが『あれだけデカければ勝って当然』と言うようになった。
リーチや体重は戦いの大事な要素だがそれだけでは勝てない。
デカくて勝てるならバスケット選手はどれほど強い?
力士は重いから強いのではなく、力士としての訓練をしているから強いのだ。
日々、水たまりならぬ汗だまりの中で地道な筋肉トレーニングとサンドバッグやミット打ち。決して体格や筋力だけに頼らず、テクニックを磨き続ける日々。
なのに足の力を腕に伝えて、体重を乗せた拳をまっすぐ相手に叩き込み一撃KOしても、世間は体格、筋力、体重を考えれば当然という評価をした。
いくら頑張っても……デカイから勝って当然。
技術と戦略で勝っても……勝因はデカイから。
真の達人と戦い苦戦すれば……あんだけデカイのに情けない。
でも、大巨人が見上げる少女は、柔和な笑みをたたえて言う。
「攻撃一つ一つに体重が乗っていて当たる瞬間関節を絞めて綺麗に衝撃を伝えています。それに最小限の動きを最速で、深追いはせず相手が隙を見せた瞬間に最高の一撃を、近接戦闘の理想形です。それほどのテクニックを身につけるのは大変だったでしょう。でも」
陽子はぺろりと舌を出して、茶目っ気たっぷりに笑った。
「わたしが勝っちゃいますよ♪」
「…………いいや」
リチャードは起き上がって、ファイティングポーズを取る。
「私が勝つさ」
高揚した気分を抑えられず、リチャードの口元に笑みが浮かんだ。
「いくぞ!」
リチャードの快活な拳のラッシュ。
次から次へと放つコンビネーションパンチ。
陽子は全てのパンチを避け、受け流し、弾き、つかんで投げる。
投げられるたびに跳ね起きてまたラッシュをかける。
四度目のダウンで、跳ね起きのをやめて寝技、グランド技へと持ちこもうと陽子の足をつかむ。
引き倒そうとして、先に手首をカカトで踏みつけられて失敗。
跳ね起きて、体格と体重を活かしたテクニック。
体重の乗った最強のショルダータックルをぶちかまして、マタドールのようにかわされ、かわされ際に足を引っ掛けられて転んだと同時に高等部に手を当てられる。
「はいっ!」
前のめりに転ぶリチャードは後頭部に全体重と瞬発力を乗せられて、顔面を床に叩きつけられた。
「まだだ!」
ダメージをもろともせず立ち上がる。
襲い掛かる。あしらわれる。
殴る。投げられる。
蹴る。転ばされる。
投げる。着地される。
陽子に右手を掴まれた。リチャードの体がリングの壁際まで吹っ飛んだ。
壁に叩きつけられたリチャードの手を、いつのまにか陽子が握っている。
陽子が笑う。
「これで終わりですよ」
壁際に立つ陽子を基点として、リチャードの体が半円を描くようにして、何度も陽子の左右の壁を往復。
叩きつけられてその反動で反対側の壁に叩きつけられる。
半円のラインを無限往復して、
メトロノームの先端に引かれるようにして、
リチャードの足は常にタタラを踏み続けて力が入らない。
小柄な陽子に振り回されるがままされるがままだ。
「おやすみ」
リチャードの巨体が跳ね上がって、背中に床の衝撃を受けて、リチャードの心が敗北した。
悟った。この少女は自分より強い。
理解した。この少女には勝てない。
思った。この少女になら負けてもいいと。
リチャードは、遠のく意識に逆らわず、そのまま流れに任せた。
バニーガールのお姉さんが、陽子の手を握ってかかげる。
『勝者、三島陽子選手でーす!』
今日最後の勝者に、誰もが拍手を送った。
こうしてNVT世界大会の一日目、一回戦は全て終了した。
そして、事件は起こった。




