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世界最小最軽量で最高のファイター

「だあああああああああらああああああああああああ!」


 伸二の右ストレートが、アトラスのストマックを打ち抜いた。


「~~ッッ~~~~ッッッ~~~~~‼??」


 声にならない絶叫を吐き出すアトラス。


 アドレナリンで痛みをやわらげ、なおこの激痛。


 グローブ越しに伝わる、腹筋を屈服させやわらかい内臓に到達する独特の感触。


 伸二はグローブの中で、勝利の確信を握り込んだ。


 戦闘ホルモンで強化されたアトラスの肉体が背後に倒れて血を吐いた。


 白目を剥き痙攣するアトラスを見て、バニーガールのお姉さんが宣言する。


『勝者! 岩波伸二選手でーす!』


 伸二が右拳を天に突き上げる。

 会場中から空気が破裂しそうな喝采が生まれた。


『皆様! 司会進行レフェリーである私による選手贔屓は本来許されませんが! それでもわたくしは感動しております! まさか! まさか今大会最軽量、女の子並と言って差し支えない伸二選手が! 合気道でも少林寺拳法でもなくボクシングで! 投げや関節根技ではなく打撃技で! 巨人アトラスを打ち破ったのです! これは格闘技界における、偉業と言って差し支えないでしょう! それでは皆様! 伸二選手に、あらためて盛大な拍手をお願い致します!』


 再び会場から湧きあがる拍手喝采。

 バニーガールのお姉さんは続けて叫ぶ。


『そして伸二選手が勝利した事によって、明後日行われる二回戦では、ボクシング最重量級ヘビー級世界チャンピオン、マイク・ロビンソン選手と! ボクシング最軽量級ミニマム級世界チャンピオン、岩波伸二選手とのゴールデンカードが組まれました! ボクシング業界では有り得ないマッチメーク! 日本とアメリカの選手であるがゆえにNVTでも実現が難しいマッチメーク! それが今、このNVT世界大会! 二年に一度の大喧嘩祭りで実現するのです! おっと、あそこにいるのはマイク選手では?』


 お姉さんが視線を回したVIP席、そこには、先程試合を終えたばかりのマイク選手が立ち上がり、伸二を見下ろしていた。


 リングの伸二もまた、VIP席のマイクを見上げている。


 互いの闘志に燃えた視線が混じり合う。


 マイクは多くを語らず、たた不敵に笑ってから、なにごともなかったかのようにして席に座った。


『両者気合十分! これは明後日の二回戦が楽しみです! それでは皆様、本日の試合も残すところあと二試合! 今度はどんなドラマが待っているのかぁ!?』


   ◆


「すっご……何あいつ。自分より三倍も重い奴倒しちゃった」


 礼奈と違い、好美は特に驚くこともなく、冷静に分析する。


「しかも技術系じゃなくて真っ向からの打撃技でって、ねぇせっちゃん。あの伸二って言う人、何か特別な変身してる?」


 水を向けられて、羅刹は自身のアゴをなでる。


「いや、身体能力自体が急に上がっているわけじゃない。アドレナリンや筋肉のリミッターをはずせるわけでも、俺みたいに無酸素運動の達人ってわけじゃなさそうだ。あえていうなら」


 羅刹は少し嬉しそうに笑う。


「根性だな」


   ◆


『Dブロック第三試合、選手入場です! ブラジルのカポエラマスターが遊びにやってきた! 戦いは楽しむものだということを教えてあげよう! ブラジル企業! オーシャン・パッション代表! 身長一九〇センチ! 体重七〇キロ! 笑う格闘家! エド・ファンク選手ぅ!』


 スラリと手足の長い、黒人風の男性が笑顔で手を振りながら入場。

 おそらく、白人と黒人のハーフかクォーターだろう。


『続いて登場するは戦場の殺戮マシーン、最強の傭兵の入場です! サウジアラビア企業! ジズ・ラフマー代表! 身長一八四センチ! 体重八八キロ! 明日を捨てた男! ドーピング使用を公言するモハメド選手の入場です!』


   ◆


「って、それは反則じゃない!」

「いや、反則じゃないぞ」


 VIP席で礼奈が騒ぐが羅刹は冷静に返した。


「NVTにはドーピングに関する規定が特に決まっていない。使うも使わないも選手の自由だ」

「どんな無法地帯よ!」


 詰め寄る礼奈に、羅刹は苦笑を漏らす。


「俺らは身体能力比べしているんじゃない。筋肉で勝てたら誰も苦労しないんだよ、確かに最強クラスの筋力を誇るレグナス、あいつは凄かったよな」


 礼奈は、カラリパヤット使いアジャンダッタを力で一方的にねじ伏せたレグナスを思い出す。


「でもな礼奈、それでだけじゃ駄目なんだよ。だから、オレはあのアラブ人が他に何を持っているのかに注目したいな」

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