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最速

「倒れる権利は与えねぇ!」


 セバスを左右からの回し蹴りでもてあそぶ。

 右の回し蹴りで左へ倒れるセバスを、今度は左の回し蹴りで右へ倒す。

 左右どちらに倒れる事が出来ないセバスの両腕と両わき腹が折れて、セバスは気絶したまま真下へ潰れそうになる。


「下も駄目だ!」


 速太の前蹴りが、セバスのアゴを蹴り上げた。

 セバスの体が真上に上昇。

 糸の切れた操り人形のような頼りなさで、床に落ちて、痙攣もしなかった。

 セバスを見下ろして、速太は語る。


「悪いな、俺は特別体質でよ、超軟体体質や超筋肉体質ならぬ、超瞬発力体質なんだ。俺の筋肉は、人間の反射反応以上の速さで縮む。俺の攻撃を防ぐには技術じゃなくて、厚い装甲が必要なのさ」

『勝負あり! 勝者! 武藤速太選手です!』


 マタドール・セバス・ガブリエリス。


 今大会最高の回避技術を持つ彼だが、所詮は五感情報を感じてからかわしているに過ぎない。だが速太は五感の情報を脳が処理している間に攻撃できる。


 速太に勝つには、彼の攻撃を受けることを前提に戦い、彼の攻撃を受けながら倒さなくてはならない。


 防御方法がガードではなく回避に特化している時点で、セバスに勝ち目は無かったのだ。

 速太は体を、VIP席への羅刹へと向ける。


「天城羅刹! お前の鬼風は確かに速い、認めるぜ、でもなぁ。俺はもっと速いぞ」

言われて羅刹は大声で、

「じゃあ決勝に来いよ。俺待ってるから」

『おーっとこれは羅刹選手。ABブロック優勝宣言だぁ!』


 バニーガールのお姉さんが面白がって実況。

 すると、同じくVIP席にいた選手や社長達の中で、二人、いや、三人が席を立った。


「お前おもしろい事言うな」


 学ラン姿の青年、龍崎和馬。

 カラリパヤットのアジャンダッタと超筋力レグナスとの試合後、最強の筋力と言われるレグナス見て『笑わせるな』と言った青年だ。


 次いで、二人というか、イリスを肩車したファングが、三メートルの身長で羅刹を見下ろしていた。


 肩の上で、イリスが子供っぽく騒ぐ。


「Aブロック代表はアタシのファングなんだからね! そうでしょ、ファング!?」


 ファングは喉を、虎のように鳴らして応える。

 和馬がイリスを睨んだ。


「おいおいガキがでしゃばってんじゃねぇぞ」

「ガキですって~、ファング!」


 ファングが一鳴きして、長大過ぎる右腕をバットのように振るった。

 突然の場外乱闘に、観客が息を吞む。

 巨木も打ち払いそうな横薙ぎの一撃が、龍崎和馬の左掌を直撃。

 受け止めた和馬は、僅かに左ひじを曲げたがソレで終了。

 ファングの一撃を受け止めていた。


「嘘!? ファングのを……止めた!?」


 イリスが驚愕の声を上げる。

 ファングがどの程度本気だったのかは解らない。

 それでも、身長三メートル、体重六〇〇キロでホッキョクグマを腕力で捕食するファングの一撃を、確かに和馬は受け止めた。


「……? ファ、ファング?」


 ファングの異変に気づいて、イリスがファングを見下ろす。

 ファングの心臓が猛り、全身の筋肉がパンプアップした。

 完全な戦闘形態である。


「野性の勘で俺の戦力に気付いたか……はは、やるか?」


 和馬の顔に、静脈が紋様のようにして浮かび上がる。

 まるでマンガに出て来る魔族のような、そんな人外の印象を受ける。

 魔獣VS魔人。

 周囲の人々はそんな印象を受けた。


『ス、トォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオップ!』


 バニーガールのお姉さんが猛ダッシュでリングから走って、跳んで、また走って客席を駆けあがって来る。

 マイクを谷間に挿して、両手を広げてファングと和馬の間に割って入る。


「ストップストップ、ストップですよ二人とも!」


 ファングと和馬の両方に何度も振り返って言うので、爆乳と、ウサギの丸尻尾に飾られたお尻が揺れる。


「お二人とも! 場外乱闘は禁止です! というかファングVS和馬なんてカードをオッズもかけずにやるのはもったいないです!」


 バニーのお姉さんは両目の奥にゼニの光を帯びさせてぐっと握り拳を作った。


「戦いたいならトーナメントを勝ち上がって下さい。それが条件ですよ! それと和馬君とイリスちゃんいくつ?」

「は? 俺は一七だ」

「アタシは一〇歳よ」

「じゃあお姉ちゃんの言う事を聞きなさいっ」


 バニーガールは人差し指を立てて、お姉さん顔で『メッ』とする。


「解ったよ、女を殴る趣味はねぇ」


 吐き捨てて、和馬は席に戻る。


「いいわ。アタシのファングは誰にも負けないもの。羅刹と和馬を倒して決勝進出よファング」


 イリスがファングの長い髪を手綱のように引っ張ると、ファングは気を沈めた。

 そんな中、羅刹は思う。

 ていうか俺が決勝に行くまでにはファングと和馬の両方と戦えるんだよな?

 羅刹の口が僅かに緩んで、好美はそれを見逃さなかった。

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