雷神VS接触不能
『Cブロック最終試合! 情熱の国スペインが誇る最強の騎士! 普段は牛を相手にしているが今夜は人間を成敗する! スペイン企業! テレフォンシャイン代表! 身長一八七センチ! 体重七九キロ! 接触不能! セバス・ガブリエリス選手ぅ!』
マタドールの格好に、サーベルまでしっかりと持った男性がキメ顔で入場。
すぐ隣には従者を引き連れている。
セバスはサーベルを抜いて、華麗な演武を見せてから鞘に収めた。
『対するは光を抜き去る男! お前ら全員遅すぎるんだよ! 世界最速のキックボクサーが優勝を狙う! 日本企業代表! 産政経新聞代表! 身長一七九センチ! 体重七〇キロ! 雷神! 武藤速太選手ぅ!』
「おっしゃああああ! いくぜノロマ共!」
ボクシングパンツ一枚で、後はグローブすら身につけずに入場。
速太からすれば、ボクシンググローブはスピードを阻害するものでしかない。
そして、グローブを脱ぎ去り、素手となった速太の拳は凶器と化す。
「ふむ、今日の牛は少し細いね」
セバスが貴族のように優雅な笑みで、速太を品定めして、速太がニヤリと笑う。
「おいおいマタドールマン。言っとくが俺は牛の三倍速いぜ」
「素晴らしい自信だ、そして自信があるのは良い事だ」
セバスはサーベルを構えて、対戦相手である速太に軽く会釈をする。
それからサーベルを従者に手渡して、従者は下がった。
「対戦相手である貴君に敬意を込めて」
セバスは右手をサーベルに見立て、指先を細く鋭くして抜き手の構えを取る。
「それは結構。じゃあ俺も敬意をこめてぶっ飛ばす!」
速太がファイティングポーズを取る。
『それでは試合、始めぇ!』
速太の右ストレート、だがセバスは頬に皮膚一枚かすめる最小限の動きでかわした。
「あん?」
速太はそのままキックボクサーとしての技量でパンチとキックを混ぜた猛ラッシュをかける。
だが打ちこんだ攻撃は全てセバスの体をすり抜ける。
その上、セバスはその場から動いていなかった。
一歩も所定の位置から動かず、身をひねるだけでかわす、故に観客にはまるで拳が体をすり抜けたように見える。
セバスは不敵に笑い、かわすと同時に右手の指先で速太の脇腹を突き刺した。
「っっ!?」
速太の脇腹の皮膚が裂けて、血が滴る。
空手の抜手。手を、指をサーベルとして鋭利に相手の皮膚を貫く。
「ただかわすだけがマタドールではない。競技によっては闘牛をサーベルで刺して初めて完遂するものも少なくないのだよ。そして!」
速太のラッシュをかわしながら、セバスは両手で速太のボディを突きまくる。
速太の鍛えこまれた肉体を裂き、速太の前面は血で真っ赤に染まって行く。
「体重一トン時速五〇キロで襲い掛かる猛牛と戦う事を常とする我らマタドールに! 貴君達人間が敵う事など有り得ぬ!」
速太の右中段回し蹴り。
それをセバスは、やはり一歩動かずに極端な上体逸らしでかわす。
「かかったな!」
リンボーダンスのように身を逸らした以上、もう機敏な動きはできないはず。
速太はそのまま右足を下ろして軸足に、超高速で左の後ろローキックで、セバスの両足を払いにかかる。
「甘い!」
セバスは両足を宙に浮かせて回避。
速太のローキックが通り過ぎてから手で着地してバック転、その場に優雅に佇んだ。
この試合が始まって、まだ速太はただの一度もセバスを攻撃できていない。
対して速太は、もう血塗れだ。
セバス・ガブリエリス。今大会中、避ける技術に関しては随一だろう。
セバスが笑う。
「これで私の実力が解ったかい? おとなしく負けを認めるのを勧めるよ」
余裕の笑みで告げるセバス。
だが、速太は顔を歪めて、狂った笑みを返した。
「おいお前、さっき時速五〇キロの猛牛って言ったよな?」
「む? そうだが?」
「なら、それがてめぇの限界だ。余興はお終いだ」
速太は胸から流れる血を手で取り、顔に塗って戦化粧を施す。
「ここからは本気でやるぜ!」
「今までは本気じゃ無かったから……負け惜しみは見苦し――」
セバスの鼻が潰れて、真後ろへ倒れ込んだ。
「なっ!?」
素早く立ち上がったセバス。
速太は不敵に笑い、両手で硬い拳を作ってファイティングポーズを取る。
「来いよノロマ!」
「私をノロマとは不遜にも程が――」
速太の本気ラッシュがセバスを襲う。
超高速のパンチとキック。
セバスは一息で全身を全て打ち尽くされ、倒れそうになるが、
「倒れる権利は与えねぇ!」




