美獣VS超伝統派
『それではBブロック最終試合、選手入場です! イタリアの美しき獣がリングに舞い降りる。もはや武術ではなく芸術。イタリア企業! ジュリアス・モナルカ代表! 身長一八〇センチ! 体重六八キロ! 美獣! バレェダンサー・チェリッシュ・チェンバー選手ぅ!』
バレェダンサーの衣装に身を包んだ、細身で手足の長い男性が姿を現して、会場中の女性が黄色い声援を送る。
チェリッシュ。女性のような名前の男性は、並の俳優よりもはるかに美しく、武とは無縁を感じさせる容貌だった。
栗色の髪と瞳も、高く筋の通った鼻も、顔のパーツ一つ一つが全て美しい。
『対するは稲峰流古武術代表! 私の紹介はそれだけで十分! 日本企業! 山洋堂代表! 身長一七四センチ! 体重六四キロ! 超伝統派! 大原隆雄選手でーす!』
虫どころか、菌を気づかって風邪薬も吞めなさそうな優男が入場する。
観客にぺこぺこと頭を下げてから、隆雄はチェリッシュの前に立った。
「よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、言っておきますが、私をバレェダンサーと侮らない方がいいですよ」
「侮るなんて不遜なことできませんよ。この大会にはただの力任せや喧嘩、野性なんてのもいるんですから」
「いい心がけですね」
チェリッシュが不敵な笑みを、
隆雄が柔和な笑みを浮かべた。
『それでは両者構えて! 試合、始めぇ!』
チェリッシュが隆雄の顔面を蹴り飛ばした。
隆雄は自ら後方へ飛んで威力を逃がした。
しかし既にチェリッシュは追い付いていて、右回し蹴りで隆雄の左わき腹を薙ぎ倒す。
金属バットのフルスイングでも受けたような衝撃と、包丁で刺されたような鋭痛が脇腹から内臓を貫通する。
隆雄が苦痛に顔を歪める間にもチェリッシュの猛攻は止まらない。
左右の回し蹴りが下段中段上段に雨あられと浴びせてくる。
隆雄は持ち前の動体視力で見切り、反射神経で反応してかわし、弾き、受け流す。
だがガードの上からでも響く重い蹴りは、チェリッシュの体格を考えれば有り得ない威力だった。
隆雄は思い出す。
かつて、とある高名な空手家が言った。
バレェダンサーが蹴りの技術を身に付けたならば大変なことだ。
ハンマー投げの飛距離が、砲丸投げの三倍以上である事を考えれば、遠心力、回転力の持つ力は想像に難くない。
故に格闘家は、回し蹴りの威力を高めようと、股関節の柔軟性と瞬発力を限界まで鍛える。
それを踏まえた上で、超一流のバネと柔軟性、瞬発力とボディバランス、手足の先まで行きとどいたボディコントロール能力。
これらを備えたバレェダンサーが全力で蹴り込んだなら、その威力は……
『チェリッシュ選手のハイキックが炸裂ぅ!』
「ぐぁっ!」
隆雄は腕でガードしたが、受け流し切れない衝撃が腕を貫通して頭部を襲った。
――脳味噌を揺らされた……まずいな……
今の一撃を引き金にして、チェリッシュの蹴りが隆雄のボディに連続ヒット。
「君は美しくないな隆雄。戦いとは、戦士とは美しいものだ。なのに君は醜い。強きは美しく、弱きは醜い。だが君は、戦い方もブザマだね!」
腹、みぞおち、アバラを叩きのめされて……
チェリッシュが背中を向けた瞬間、隆雄の本能が悲鳴をあげる。
後ろ蹴り。
人体最大の筋肉である、尻の大臀筋を使い、最高強度を誇るカカトをブチ込む蹴り技最強の一つ。
これも、下から上へ回転させるようにして打ちこんできた。
「~~~~ッッ」
チェリッシュのカカトが、隆雄の左アバラ骨四本を蹴り砕いた。
素早く半身になって避けようとしたが、直撃を避け、直角では無くナナメに当たってなお、チェリッシュの蹴りは必殺の威力を持っていた。
気が通るなるような激痛で呼吸ができなくなる。
今すぐギブアップして、ベッドで寝たい。
でもそれでも、でもそれでも、でもそれでも……
膝を折らない隆雄に、チェリッシュは渾身のハイキックを準備した。
試合が始まってから最高最速の右ハイキックが隆雄の左顔面に迫る。
でもそれでも……僕の勇気は折れない。だって稲峰流は僕の勇気だから。稲峰流でいる限り、僕の勇気も折れないんだ…………
隆雄の双眸の奥で、全ポテンシャルが一つになる。
最高レベルの動体視力が、チェリッシュの足の甲をスローモーションに捉える。
最高レベルの反射神経が、蹴りが頬に触れるちょうど一センチ手前で体を動かす。
マックスピードの蹴りが一センチ進む前に複雑な組み技をかけるなんて有り得ない。
でもそれでも……でもそれでも……でもそれでも…………
一〇年間。
ずっとのこの動きをしてきた。
脊髄反射のレベルで細胞に刻み込んだこの動き。
六〇超個の細胞と二四対の染色体全てに焼き付けたこの動き。
隆雄の両手が、最速最小限の動きで最短距離を駆ける。
チェリッシュの足の甲が頬に触れた。
隆雄の体はすでに捻じり込み準備を終え、同時にチェリッシュの足と足首をつかむ。
チェリッシュの足の甲が、隆雄の皮膚を裂き肉を潰し頬骨を砕く。
隆雄は顔面を潰されながら動きを寸毫も狂わせず、チェリッシュの足を内側にねじり込んだ。
「なっ!?」
チェリッシュの膝が脱臼。
うつぶせに倒したチェリッシュの腰中央を、躊躇い無くカカトで踏み抜いた。
カカトに、骨を砕く確かん感触を得る。
稲峰流奥義 雲龍落とし
激痛のショックで、チェリッシュは気絶。
それを確認したバニーガールのお姉さんが、手を上げた。
『勝者! 大原隆雄選手ぅ!』
今まで通り、会場の皆が勝者に拍手と声援を送る。
だが、この勝利の重みを知る者はごく一部だ。
電撃オンラインでインタビューを載せてもらいました。
https://dengekionline.com/articles/127533/




