不沈艦VS太陽王
「本部様、御武運を」
廊下で、従者の男性にかしずかれながら、その男、元部勇一は頷いた。
「うむ、負けはせんよ。余は王だからな」
◆
もう一方の廊下では。
「玄武山。解っているな?」
「大丈夫ですよ親方。横綱は神っすから」
◆
『それでは四回戦、選手入場です! 琉球王朝の末裔が本戦登場。王族にだけ伝わる一子相伝の秘術御殿手。王の進行を止められる者はいるのかぁ!? 日本企業! セブンエイトアイ代表! 身長一八〇センチ! 体重八〇キロ! 太陽王! 本部勇一選手ぅ!』
琉球民族の民族衣装に身を包んだ、気品溢れる男性が入場。
その歩き方には、庶民にはない優雅さがある。
歩くだけで、王格を振りまいていた。
『続きまして、角界ぶっちぎり最強の超横綱! 生きる伝説! アイアム国技! NVTデビュー以来ただの一度も倒れたことのないミスターノーダウンの入場です! 日本企業! タントリー代表! 身長一九一センチ! 体重一七〇キロ! 不沈艦! 玄武山選手ぅ!』
小山のような男が、力強い足取りで入場する。
髪型は当然大銀杏。
絞めていた竜の化粧まわしを脱ぎ、付き人に手渡すが、ご神木などに巻かれているような、しめ縄だけは、しっかりと絞めたままだ。
そして、取り組のようにぶちかましの構えに入った。
『触れる物全てを屈服させる御殿手VS決して膝を屈しない相撲! 夢のカードが今ここに! それでは、試合開始ぃ!』
やはり仕掛けたのは大相撲、玄武山だ。
試合開始と同時にぶちかましをしかけ、
だが勇一も駆け、いや、歩いた。
陸上の短距離選手並みの機敏さで加速する玄武山と、優雅に、鷹揚に歩む勇一。
この対決の結果は、空ぶりだった。
「!?」
勇一がかわしたわけではない。
かわしたというよりも、玄武山の腕に触れて、互いに体を逸らし合わせたと言うべきだ。
「ほう、余の御殿手で屈さぬか」
玄武山は喋らず、素早く切り返して、重い張り手を放つ。
勇一はそれをつかみとり、全身をひねり倒すつもりで腕を引いて、玄武山は倒れない。
勢いを殺すだけで精一杯だ。
玄武山もまた、まるで見えない力に全身を持って行かれそうになったが、なんとか残した。
「なるほど、これが相撲か……」
勇一は美貌の口元を緩ませる。
今までの鍛錬。
何人という敵が同時に襲い掛かってきて、勇一はただの一瞬も立ち止まることなく歩き続けた。
歩きながら全ての敵の腕をつかみ、歩きながらひねり倒す。
腕をつかまれた敵は、全員巨人に薙ぎ倒されるようにして、ゴロリと転がっていく。
なのに今、対峙している目の前の敵は……
「屈っさぬ事に特化した武術か。だが……」
勇一の瞳に、王気が宿る。
「王の歩みは何者にも止められぬぞ! 余は、王故にな!」
勇一が歩み寄る。
玄武山が一七〇キロの体重を乗せてつかみかかる。
がっぷり四つで力比べに持ちこむ気だ。
しかし、
「のくがよい!」
勇一の手が玄武山の顔面をつかみ、ひねり回して無力化する。
玄武山は倒れないが、倒れそうになって、倒れまいと横へ逃げた。
結果、勇一は悠然と歩き続ける。
「決して余に屈さぬその反逆、おもしろいぞ貴様」
立ち止り、勇一は再び玄武山と向き合った。
「なれば王の処刑を、見せてくれようぞ!」
玄武山が張り手を放ってくる。
それがスピードに乗る前に組み合う。
勇一と玄武山が手を合わせる。
一見すると力比べのように見えるが実際には違う。
勇一が余裕の表情で手をひねると、玄武山はされるがままに左腕をひねられる。
「ふふふ、効くだろう? さぁ屈するがいい。王に屈するは恥ではないぞ」
苦しそうに顔を歪める玄武山。
しかし屈しはしない。
何故ならば……
「恥っすよ……」
これまで寡黙に戦って来た玄武山が口を開く。
「神が王に屈するわけにはいかないんすよね」
「神だと?」
次の瞬間、苦しそうな顔をしていた玄武山の目に神威が宿る。
「相撲はスポーツでも格闘技でもない。神に捧げる神事。そしてその頂点たる横綱は、生きながらにして神様になるんすよ」
玄武山の力が増して、勇一は抑えられずに、ひねりあげたはずの腕が徐々に元に戻る。
「これは……」
重心と力の入れ具合で相手を制する御殿手が圧され始めていた。
「しめ縄はチャンピオンベルトじゃない。ご神木や御石、神社のしめ縄を、どうして横綱が絞めるか解るっすか? それは!」
「何!?」
互いの手の位置が、元に戻る。
玄武山は鬼の、否、荒神の形相で勇一を睨み、全身の筋肉が僅かに隆起したような印象を与える。
「横綱が神だからっす! 生きながらにして神になった現人神! それが横綱なんすよ! あんたが王なら自分は神! 神が、神が王如きに負けるなんて!」
玄武山が、空いている右手で勇一の帯をまわしのようにつかんだ。
「しまっ」
「有り得ないんすよおおおおおおおおおおおおおおお!」
勇一の視界が跳ね上がって、次の瞬間、浮遊感から一転、全身があらがえぬ、神の力に襲われた。
「馬鹿な」
勇一の顔面が床に激突。
神罰の一撃が、王を断罪した瞬間だった。
勇一の意識はそこで途切れる。
歓声が、神を讃えて惜しみない勝算を送った。
そして神、横綱玄武山は倒れ伏す勇一の前に正座をして、うやうやしく頭を下げた。
「貴方は強かった。お見事です」
神は、挑戦者を決して笑わない。




