少林寺拳法は日本発祥の武術なんですよ
「ぬぐっ!」
ボルドーの巨体が引き倒されそうになって、踏ん張った。
モンゴル相撲も日本相撲同様、転べば負け。
モンゴル相撲家としての意地が、転ぶことを拒んだ。
「あーあ、転んだほうが良かったのに」
ボルドーが転ばず逆らい、その場にとどまったからこそ、大治はさらに強いひねりを加えられた。
「がぁッッ!?」
肘が折れ肩がはずれる刹那、ボルドーは葛藤する。
これはあくまでNVT。
転んでしまい腕を守るか、モンゴル相撲家としての矜持を守るか……
そして優れた戦士だからこそ、ボルドーは前者を選んだ。
自ら転び、床を転がる事で大治の技を解く。
絶対の自信と信頼を持つ腕の痛みに、ボルドーは困惑する。
ボルドーの超腕力は、レスラーの腕十字を筋力だけではずす事すら可能にしてきた。
なのに、何故……
「っ」
ボルドーは、悠然と佇む大治を見て、硬く拳を握りしめた。
スラムで育った事を思い出す。
親に捨てられた子供達同士で徒党を組み、スラム中で日々殺し合いが起きた。
日当たりのいい寝床と……残飯を巡ってだ。
噂では聞いていた。
世界で最も恵まれた国、日本。
世界で唯一スラムが存在せず、全ての国民が家に住みお腹いっぱいご飯を食べ、学校へ通える夢の国。
そしてモンゴル相撲で結果を残すと、その日本からのスカウトマンという夢の国への案内人が、力士として日本へ連れて行ってくれる。
やがて訪れたNVT時代。
最初は日本の相撲界に入るつもりで、モンゴル相撲協会に才能を認めさせスラムからの入門を果たしたボルドー。彼はモンゴルNVT選手としてモンゴルで、そしてアジア各国で試合をした。
そして日本で試合をした時、彼は驚愕した。
街中に溢れる若者。
路上生活者は無く、モンゴルでは一部の富裕層しか持っていないスマホを手に、オシャレな服を来て、お菓子やファーストフードを食べるどころか残す若者達。
こいつらは、日本で生まれただけでこんな贅沢な思いをしているのか……
自分の人生と、母国のスラムで育った友人達の事を思い出して、ボルドーはこの世の理不尽に怒った。
同時に思った、こんな恵まれた温室育ち共には絶対に負けないと。
だから、
「私は負けない!」
ボルドーは大治に襲い掛かる。
だが最初にパンチを軽く掴み取られて、ひねり上げられた。
「ぐっ!」
ボルドーは膝を付き、その場に屈した。
腕に力が入らない。
こんな小柄な男から、まるで重機のようなパワーを感じる。
これが少林寺拳法。
日本発祥の、合気道と双璧を成す究極護身術。
「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
全筋力を、常人離れした腕の筋骨で、ボルドーは大治に逆らった。
そして肩から先の、純然たる腕力だけで、それも力の入りにくい体勢で、ボルドーは大治の体を真上に持ちあげた。
「この体勢で持ちあげるとは流石に思わなかったなぁ……」
体が浮いた瞬間、大治は技を外して跳びのいた。
「私は負けない! そうだ、負けられないんだ! お前のようなぬるま湯に!」
ボルドーの腕の筋肉が隆起する。
今大会最強クラスの腕力の爆裂を大治は……こともなげにかわした。
◆
「ほいっ」
大治はボルドーの伸び切り、力を失った腕を背後へひねりあげる。
ボルドーはうつ伏せに倒れる。
大治はボルドーの腕を、肩がはずれる限界までひねった。
物凄く痛いが、関節ははずれない。
そんな力の入れ方を心がける。
あまりの激痛にボルドーが悲鳴を上げる。
「ギブアップしてくれます?」
「誰がギブアップなど!」
「あっ、ちょっ」
ボルドーが自ら、ホールドされる腕に力を入れた瞬間。
肩から不自然な音がして、ボルドーの右肩がはずれた。
大治は、両手に感じる巨腕から力が消えるのを感じた。
大治は、冷静な声で、教え諭すようにして口を開く。
「僕は、ぬるま湯なんて知らない」
ボルドーは肩越しに大治を見た。
「恵まれた国の子供社会にはね、スラムごときじゃ味わえない地獄が広がっている」
日常的な暴力は挨拶代わりだ。
大治は思い出す。
学校の裏サイトの過激な書き込みを、
全裸で女子更衣室に閉じ込められた事を、
鞄や教科書を刃物で裂かれた事を、
恵まれているのに、何も困っていないのに、ただ自分より下の存在が欲しいというだけで心の無い言葉と態度を浴びせるクラスメイト達。
空手やボクシングを習う連中にはサンドバッグにされた。
そんなある日、通学路に住む老人に言われた。
「はっ? そりゃ格闘技の使い方間違ってんだろ? お前なぁ、傷つけるならナイフでも銃でも持てばいんだよ。素手の武術は身を守る為のものだぞ。お前月謝いらないから俺の道場に一ヶ月だけ通え、そのかわり一ヶ月でいじめられなくしてやるよ」
一カ月後、大治に触れた生徒は全て、床にキスをするハメになった。
裏サイトの書き込みは、弱者のたわごとにしかかんじなくなった。
そして現在、大治は護身の極地に立っていた。
大治の声と言葉から何を感じ取ったのか、ボルドーの目から闘志が燃え尽きて、呟いた。
「……私の負けだ」
「うん、僕の勝ちだ♪」
『♪ 試合終了! 国文大治選手の勝利です!』
バニーガールのお姉さんが笑顔と一緒に勝利宣言をして、会場が湧きあがった。




