護身の極地VS不動山脈
『さて! 熊森武石選手の名勝負の興奮も冷めない中、Bブロック第三試合が始まります! 選手! 入場でーす!』
選手入場口から、まるでお坊さんのような格好をした男性が姿を現す。
割と整った顔立ちの、好青年といった感じだ。
けれど表情は真剣で、観客には目もくれず、ただまっすぐに歩く。
『武とは破壊する事に非ず、身を守る術。ならば我こそがキングオブファイター。究極の護身を見せつける! 日本企業! トヨキタ自動車! 身長一六五センチ! 体重五八キロ! 護身の極地! 国文大治ぅ!』
そして、続いて登場した、モンゴル相撲の衣装に身を包んだ選手に観客は目を奪われた。
『対するは、モンゴル相撲最強の男! 最強の戦闘民族モンゴル戦士がリングに登場!
モンゴル企業! ジンギスハーン! 身長一九九センチ! 体重一六五キロ! 不動山脈! ボルドーバートル選手ぅ!』
何故か右手に大きな車のタイヤを持ったその男は、腕と足が同じサイズだった。
むろん、腕が足と同じサイズなのだ。
巨漢選手に見合った極太の両足。
だが、腕はまるでさらなる大巨人の腕を移植したように、歪なサイズだった。
筋力トレーニングによる筋肉肥大ではない。
骨、腕の骨格そのものが明らかに太く、長く、全体的に巨大だ。
◆
VIP席で、羅刹が目を光らせる。
「へぇ、生まれつき腕だけデカイんだなあいつ、あの骨格なら、すごい腕力だろうな」
隣の席で、旗大路礼奈が目をパチクリさせた。
「骨? 注目するのは筋肉じゃないの?」
「そうなんだけどな、でも筋肉が強過ぎると骨が折れるから、筋肉の最大性能は骨で決まるんだ。いい骨格の奴ほど、パワフルな筋肉を搭載できる。恵まれた天性骨格は、それだけで宝物だ、俺はそんなに恵まれなかったな」
「いや、それだけ強かったら十分じゃない……」
礼奈は、羅刹の戦いぶりを思い出して口角をひくつかせた。
◆
「お前は日本の選手だな」
金属のように無機質な顔で、ボルドーは大治に尋ねる。
「はい、そうですよ」
「ふん、いかにも恵まれた甘ったれの顔だな」
そう言って、ボルドーは右手に持ったタイヤを持ちあげて、左手で反対側をつかみ、左右に引いた。
「ハァッ!」
まるで紙きれのように、タイヤは一息で引き裂かれた。
サイズから考えておそらくはトラック用。
それが、いともたやすく腕力だけで千切れてしまう。
「本来は、車をまるごと壊して見せたかったのだが、会場に入らなくてな。こんな話を聞いたことがあるか? 強くなるには足を腕並に器用にするか、腕を足並みに強くすればいい。悪いな、私は器用な腕が足よりも強い」
自慢げに語るボルドー。
大治は少しも驚かず、眉ひとつ動かさすに、むしろ困惑した顔で頬をかいた。
「え、えーっとさボルドーさん? これってさ、NVTってタイヤを千切ったり車を壊す競技だっけ?」
「何?」
「僕らは格闘技の試合をしに来たんだよね? じゃあ、無抵抗の無傷物を一方的に壊して見せられても、ちょっと……困るんだけどなぁ、なんて」
ボルドーの額に、青筋が浮かんだ。
「いいだろう……ならば、私が貴様ら温室育ちに本物の闘争というものを教えてやろう」
長大な腕を前に構えて、ボルドーはバニーガールへ試合開始を促す。
「女、早く私にこの戦士モドキを殺させろ」
巨人ボルドーの迫力に、バニーガールのお姉さんは圧倒されてしまう。
『は、はい! では、試合始めぇ!』
「ぬぅうううううん!」
ボルドーの張り手が、大治をすり抜け床を穿った。
一撃で床に蜘蛛の巣状のヒビが入って、観客が驚嘆する。
二歩三歩と距離を取る大治を、ボルドーは睨む。
「こそこそ逃げ回るのがお前のやり方か?」
「逃げるが勝ち、三十六計逃げるにしかず、逃げれば戦う必要もないから、そうですね、逃げるのが最強の護身かもしれませんね」
「ふざけるな!」
ボルドーが長大な腕を使ったパンチを何度も放つ。
大治はその全ては避け、受け流し、弾いていく。
そして防ぐ度に、ボルドーの脇腹へ鋭い突きや蹴りをお見舞いする。
脇腹。筋肉が付きにくく、アバラも脆い、人体の急所だ。
「っ、ちょこまかと!」
とりわけ大ぶりな一撃がパンチが来た瞬間、大治はボルドーの拳をかわしながらつかんで、全身で巻き込んだ。




