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掴んで投げる!

 バイオレンスの巨体が始動する。


「どうやってKOすんだよぉおおおおおおおおおおお!?」

「ぐっ」


 武石は歯を食いしばりながら防御態勢に入る。


 バイオレンスは武石を殴る、殴る、殴る、殴る。そして蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。


 身長二二三センチのリーチで遠くから、一九二キロの体重を乗せた剛撃で柔道重量級金メダリストの武石を思う存分打ちのめす。


 バイオレンスの巨拳とブーツでメッタ打ちにされながらも、武石は幾度となくバイオレンスを投げ飛ばした。


 けれど投げ飛ばした回数だけバイオレンスは起き上がる。


 本人の意思とは関係無く体が動かなくなるまでのダメージなど、どうすれば与えられうか解らない。


 それでも……


 ――掴んで投げる!


 武石の一本背負いが炸裂。

 巨漢のバイオレンスを床に叩きつけた。


「バーカ」


 倒れたバイオレンスがカニばさみをしかける。

 武石の両足を自分の足ではさみ込み、巻き込み、転んだ武石の上に乗ってマウントポジションを取った。

 バイオレンスが邪悪に笑う。


「ショータイムだぜ」

「ああ、俺のな!」


 武石の両目が闘志に燃えた。

 背筋力で逆エビ反りになってバイオレンスを一瞬跳ね上げる。

 一瞬でも隙間が出来ればあとは簡単。

 武石は浮いたバイオレンスを倒し、コンマ一秒で横四方固めの態勢に持って行く。


「悪いけど、柔道の投げは全格闘技中最強だけど、もう一つだけ最強があるんだよ」

「こ、これは!?」


 武石とバイオレンスの上半身が重なってL字を作る。


 横四方固め。

 相手の上半身を封じ、起き上がれなくする抑え込み技だ。


 投げ技ともう一つ、柔道が全格闘技中最強を誇るのが『寝技』だ。

 柔道の寝技が持つ柔軟性、対応力、技術は格闘技界随一。

 グランド技に持ち込もうものなら、巣の上で蜘蛛と戦うようなものだ。


「おいおい、NVTにスリーカウントはないぜ。オレを抑え込んだところでどうしようって言うんだよ」

「そう思うなら抜けだしてみろよ」

「言われなくても!」


 バイオレンスは手足をバタつかせ、胴体をひねり、暴れ回る。


 だが武石の横四方固めは崩れない。


 極まった時、もっとも抜けだすのが困難と言われる寝技、それが横四方固めだ。


 相手の体力を奪い、疲労困憊に持ちこむこの技は暴れれば暴れるほど疲れが加速するアリ地獄のようなもの。


 だが柔道を知らないバイオレンスは、抜けだそうと力任せに暴れ回る。


 今の武石は、暴れ牛にしがみつく子供のようにブザマだった。


 だがブザマ上等で必死にしがみつき、武石は耐える。


 耐えて、耐えて、耐えて……


 がしっと、バイオレンスの左手が武石の両こめかみをつかんだ。


 親指と中指で、武石の頭を左右から一気に挟み込んだ。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!」


 痛覚を持つ武石は、反射的に横四方固めを外してしまった。

 ゆらりと立ち上がるバイオレンスが、左手の指を鳴らしながら口元を歪める。


「だから……JUDOの専売特許じゃねぇんだよ。投げ技も、グランド技も、そして握力もなぁ」


 頭を抱えて苦しむ武石に、バイオレンスがジャンプする。


『おっと、まさかこれは!?』


 バニーガールのお姉さんが、悲鳴にも近い声を上げる。


『胴回し回転蹴りぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?』


 有り得ない。

 身長二二三センチ体重一九二キロの体で天高く飛び上がり縦に回転。

 その回転力と重力加速度を加え、両足のカカトを武石の脳天に叩き落とした。


「ッッッッッ~~~~~~    」


 膝をついていた武石は、顔面を床にめり込ませて動かなくなる。

 常識で考えれば、武石の頭蓋骨は割れ、顔面は潰れ、頸椎にも甚大なダメージを受けているはずだ。

 選手生命は愚か、首から下が完全麻痺してもおかしくない。否、即死も有り得る。

 でも痛みを理解できない故か、バイオレンスは武石の頭をつかみ、無理矢理立たせる。


「おいおい終わりかJUDO家さんよぉ?」

「…………」


 無言のまま、武石がバイオレンスの右腕を掴んだ。


「離せよ……雑魚がぁ!」


 バイオレンスは空いている左手で武石の顔面をさらに殴り続ける。

 もはや公開処刑。

 ただの拷問。

 二人の戦いは、既に試合から暴虐への移行していた。

 けれど、それでもなお武石は手を離さない。

 何故ならその手はただ、相手を掴む事のみに特化した器官だから……


「    」


 武石に意識はもう無かった。


 思考力も、三大欲求も、生物的本能も、反射反応すら忘れた武石に残ったものは一つだ。


 二一年間。ひたすら積み上げたソレは既に本能すら凌駕し、DNAに刻み込まれ、熊森武石の魂と同化している。



 掴んで投げる 掴んで投げる 掴んで投げる 掴んで投げる 掴んで投げる 



 つかんで なげる



 武石の目に光が灯る。


「掴んで‼‼‼」


 武石の握力が、バイオレンスの腕の骨を軋ませた。


「ッ、テメッ」


「投げるぅううううううううううううううううううううううううう‼‼‼‼」


 バイオレンスの体を背中と肩に担ぎあげ、カカト、脚、腰、背中から肩と腕のエネルギー全てが融合して血潮が咆哮を上げる。


 今までの一本背負いとは加速度が違う。力が違う。重さが違う。鋭さが違う。そして何よりも、想いが違う。


 まるで、大砲で地面に向けて撃ち込まれたような爆砕音が観客の鼓膜をつんざいた。。


 会場が沈黙に包まれる中、誰もが次の光景を見た。


「が……が……あ…………」


 痛みを感じないスーパーマン。キング・バイオレンスが白目を向いて、床でもがいている。


 レフェリーのバニーガールが近づいて、顔を覗き込む。


 痛みを感じなくても、肉体構造は同じ。


 バイオレンスの脳は、瞬間的な物理衝撃に耐えきれず一時的に活動不能に陥る。


 深い、完全完璧な気絶である。


『しょ、勝者! 熊森武石選手です!』


 湧き上がる歓声。


 武石は何も言わず、口元だけで笑って退場する。


 廊下で待っていたのは、虎山剛輝だ。



 観客から見えなくなると、武石は剛輝の胸に倒れ込んだ。


 厚い胸板で受け止めた剛輝は、痛快な笑顔を浮かべる。


「いい勝負だったぜ、それでこそ熊森武石だ」


 武石は多くを語らず、一言。


「…………押忍(おす)


 柔道家は、晴れやかな顔で笑った。

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