無痛症
「な!?」
ゼロ秒後にはバイオレンスを投げていた。
バイオレンスは驚愕の声を上げてただ投げられる。
掴んで投げる。
ただそれのみを追求した柔道。
戦場格闘技である柔術をスポーツ化させ、打撃技を無くした為、弱くなったイメージがあるが、むしろ投げ技だけに特化した分、投げ技は進化を遂げた。
掴んでから投げるスピードは、全格闘技中最速だ。
『バイオレンス選手! 本日二本目だぁ! これはバイオレンス選手もさすがに』
「それがどうしたんだい?」
対するバイオレンスがゼロ秒で跳ね起きた。
まるでダメージなどないように。
「どうしたって? こうだよ!」
武石がバイオレンスの腕に掴みかかる。
バイオレンスが武石を払う。
掴もうとする武石。
打ち払うバイオレンス。
鈍重なパワー系格闘技のイメージが強い柔道だが、現実は違う。
相手に触れただけで効果を発揮する打撃技と違い、掴んでから投げ、相手を地面に叩きつけて初めて効果を発揮する投げ技が故に、逆にスピードを追求している。
特に相手を投げる時に発揮される瞬発力は折り紙付き。
柔道とは、パワーとテクニックに加え、スピードを兼ね備えた三位一体格闘技なのだ。
「オラオラどうしたJUDO家! タタミの上じゃねえと投げられねぇか?」
「いや」
そして柔道の特筆すべきは、そのパワー・スピード・テクニックを全て『投げる』事に捧げた事に尽きる。
武石は重心移動を使ったスリ足でバイオレンスとの距離を詰めながら、右手でバイオレンスの右腕を素早くつかみとった。
握力計を振りきる握力でわしづかみ、一気にバイオレンスの重心をさらう。
「憤破ッ!」
武石の全筋力と瞬発力、そして地球の重力とバイオレンス自身の体重が、彼の背中を床に叩きつける。
文句の付けようもない完璧な一本背負い。
背中への衝撃は肺を貫通して呼吸困難は確実、悪ければ気絶するだろう。
なのに、
「だからそれがどうしたんだよ!」
床に叩きつけられると同時に、バイオレンスはくるりと跳ね起きる。
まるで前転から立ち上がるような滑らかさだ。
これは、流石の武石も怯んだ。
「おい……言っとくけど俺の一本背負いは病院送りと同義だぞ?」
こめかみから冷たい汗が流れる。
「知らねぇな。悪いがオレ様は生まれてこのかた一度も苦痛を味わったことがなくてな」
「何!?」
「オルァッ!」
バイオレンスがラッシュをかける。
連続で放たれるパンチとキックの嵐をかわしながら、武石は責め手を模索する。
「あいにくとオレは生まれつき痛覚が機能していないからな。痛みも苦しみも感じないんだよ!」
――嘘だろおい……
それこそが、このバイオレンス最大の強みだった。
どんな人間でも、痛みを克服する事は出来ない。
どんな一流の達人でも、生物である以上は痛みを感じるし、痛みは辛く苦しいものだ。
本能的に痛みから避けようとして、体が思わぬ反射反応をしてしまうし、ダメージから立ち直るまでの間、戦闘性能は落ちる。
真の達人はその怯みを万分の一秒に抑え、刹那の時を奪い合う殺し合いに勝利する。
だがこの男は違う。
痛みから逃げる反射反応そのものが起きない。
ダメージによる怯みがない。
万分の一秒で怯みから立ち直るのではなく、完全なゼロなのだ。
仮に槍で腹を刺し貫かれたとしても、バイオレンスはまばたきすらせず相手を殴り飛ばすだろう。
「でも、痛みを感じないのとダメージが無いのは別だ!」
武石が突っ込む。
バイオレンスが笑う。
「ああ、だから……ちゃんとガードするんだぜ!」
武石の手をかわしてから、カウンターパンチで武石の顔面を殴り飛ばした。
武石が殴られながらもバイオレンスの足を払って転ばせる。
バイオレンスは転びながら床に手をついて、ダメージを回避する。
立ち上がり、自身を親指で指しながらバイオレンスは得意げに語る。
「バカな野郎は無痛症なのをいいことに攻撃を喰らい過ぎて骨折。自分の意志とは関係無く体が動かなくなって負けちまう。でもオレは違う。痛くなくても体が傷つかないよう防ぐしかわす、防御面も完璧だ。そんで、やすやすと攻撃を喰らわない上に喰らっても怯まないオレを」
バイオレンスの巨体が始動する。
「どうやってKOすんだよぉおおおおおおおおおおお!?」




