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学ラン

 観客が見たのは、ファンタジーだった。


 高速落下するアジャンダッタ。


 レグナスはそれを、プロレスのウエスタンラリアットのようにして薙いだ。


 真横からいきなりかっさらわれたアジャンダッタの肉体は落下エネルギーをそのままに、横へのエネルギーも加わって、斜めに落下。


 受け身も取れずに床を大きくへこませて血だまりを形成。

 続いて横へバウンドして吹っ飛び、リングの壁に激突。

 今度は壁をへこませてまた血だまりを作る。

 落下事故と交通事故をミックスしたような。

 不自然過ぎる勝利だった。


「やはり古代人は頭が悪いな。どう考えても力任せの方が強いではないか」


 激突部位である背中と後頭部からおびただしい量の血を流し、生きているかも解らない有様のアジャンダッタを無視して、レグナスは選手入場口へと向かった。


『あ! えーっと、試合終了! レグナス選手の勝利です! 至急タンカと医療班を! 早く!』


 バニーガールのお姉さんが取りみだす。

 医療班が駆けつけ、アジャンダッタの体を運んで行った。


   ◆


 選手入場口の廊下で、レグナスは己の右腕を見つめた。

 落下しながらアジャンダッタが放ったカカト蹴り。

 それはレグナスの剛前腕を打ち抜いていた。

 その衝撃波、レグナスの分厚い筋肉でなければ確実に骨折していただろう。

 レグナスは打撲すらしていないが、今でも鈍い痛みが響いている。

 無感動に視線を外して、レグナスは呟く。


「筋トレが足りないか……」


   ◆


「あわわわわわわっ! ばば、化物またいたぁ!」


 例のように、礼奈がまた震えて止まらない。

 羅刹はもう、ちょっとうんざりしたように肩を落とす。


「社長、こいつもう無視していいですか?」

「いいわよ」


 その時、同じVIP席エリアの後ろから、不穏な声がした。


「あいつが人類史上最強筋力? 笑わせるなよな」


 羅刹が振り返ると、学ラン姿の青年が、不機嫌そうに座ってレグナスを見ていた。


 パッと見の身長は一八〇センチ弱。


 肩幅もあるし、体格はそれなりにいいが、レグナスには遥かに劣るだろう。


 こいつの知り合いにもっと凄い奴がいるのか?


 と羅刹は不思議に思う。


 もっとも、知り合いで無くとも、第一試合のファングを思い出せばもっともな感想かもしれない。


 ファングとレグナスが戦うところを想像して、羅刹はウキウキしてくる。


 でもこの二人が戦うにはAブロックで自分が負けなくてはならない。


 それはいやだな、と羅刹はちょっと残念に思う。


 大会が終わったら、カナダNVTとファングと、スウェーデンNVTのレグナスが特別試合でも組んでくれないだろうかと、羅刹は一人で考えを巡らせる。


   ◆


「掴んで投げる、掴んで投げる、掴んで投げる、掴んで投げる、掴んで投げる、掴んで」

「不安なのか?」


 柔道家、熊森武石が控室で振りかえると、入口に空手家にして前大会の優勝者、虎山剛輝が立っていた。


「ご、剛輝……」


 武石の方が背が高く、顔もややコワモテだ。

 けれど、今の武石は剛輝の存在に圧されている。


「いつもの事だよ。不安なんだ……勝てるかどうかね……」

「それで自己暗示か?」


 自分の掌を見つめながら、


『掴んで投げる』


 そう言い続ける武石は今日だけのことではなかった。


「……みんながみんな、絶対勝てるなんて自信を持てるわけじゃないよ。いつだって次は勝てるか、次も勝てるか、負けない為にはどうすればいいんだろう。そう悩みながら生きている武術家だっている。前回の大会で、お前は決勝で待つとか自信たっぷりに言っていたのに、俺は途中で負けたしな……お前は逆にあっさり優勝して」

「うるせぇんだよ」


 剛輝が、武石の首にがしっと腕を回して、子供のようにふざけて首を絞めた。


「ありゃお前が三島んとこの合気道コマチと相性が悪かっただけだろ。女相手に全力出しにくいなんて純情馬鹿はお前ぐらいのもんだぜ!」

「ちょっ、苦しいから離せよ!」

「ほい離した」


 剛輝は武石から離れて、出口へ戻る。


「お前はBブロック。俺はDブロック。決勝戦を空手柔道対決にしたけりゃさくっと全勝しな、俺は決勝でお前とAブロックの天城のガキとどっちが登って来るのか見ててやるからよ」

「相変わらず自信家だな……ていうか、羅刹って天城さんの息子か……なるほどね。じゃあ」


 武石は気を取り直して、自身の顔をバシンと左右から叩いた。


「準決勝で羅刹を倒して、決勝はあんたを倒させてもらうよ」

「はは、そうこなくちゃな。さっさと行こうぜ」


 剛輝に案内されるようにして、武石は選手入場口へ廊下を歩いた。


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