古代戦士 VS Tレックス
アジャンダッタが消えた。
身を低くして素早く駆け抜け、レグナスのふところに潜り込む。
姿勢を低くした状態からレグナスの膝を真横から蹴り飛ばす。
「っ」
レグナスはつかみかかるが、やわらかく避けて背後へ回り込み、また膝を横から蹴り飛ばす。
アジャンダッタは、鍛えた体の柔軟性でレグナスから逃れながら、執拗にレグナスの膝を攻め続けた。
「私は、何も筋力をバカにするつもりはない。筋力は武術において重要な要素だ。しかし、筋力だけでは勝てないのだ」
「ぬんっ」
「当たらぬよ」
レグナスの拳を、蹴りを、すべて速さではなく柔軟性で、スレスレのラインでかわして、そしてかわしてから確実に膝を攻める。
「膝は巨人選手の弱点、そして、関節は鍛えられない……バカ正直にお前の腹筋や大胸筋を攻める理由は無い、そして筋肉の無い頭部は」
レグナスの膝が落ちた。
その隙をついて、アジャンダッタは鋭い右ハイキックをこめかみに叩き込んだ。
「――!?」
アジャンダッタの顔が凍りついた。
蹴りの感触が、今までの選手とはまるで違う。
動かない。
人の頭は当然ながら首で胴体と繋がっている。
首は七つの骨を重ねたモノで、簡単に動く。
ようするに右ハイキックを当てれば、左側に傾くわけだ。
だが、レグナスの頭の蹴り心地と言えば、まるで銅像を蹴ったようで、まるで一ミリも頭が動かないのだ。
この男は首に関節がない特異体質か? とまでアジャンダッタは疑った。
レグナスは何も言わず、鷹揚に立ち上がって、寡黙にアジャンダッタは見下ろした。
「…………ふっ」
アジャンダッタは頭をクールダウンさせる。
なるほど、そう、レグナスは単純明快。
あの首が見えなくなるほど発達した僧帽筋が全てのショックを吸収してしまうのだろう。
つまり頭や首は愚か、アゴを攻撃して脳を揺らす事も不可能。
だが、そうとわかっていればそれなりに戦い方がある。
アジャンダッタは無言で、目線だけでかかってこいと挑発する。
レグナスは巨拳を振り上げて、アジャンダッタの狙い通り大ぶりな右ストレートを放ってきた。
アジャンダッタは余裕を持って、両腕で絡め取り肘を曲げさせ、拳を下に落とし、そのまま無力化してしまう。
「フンッ!」
それだけに飽き足らず、レグナスの重心を引きずり、前に転ばせた。
アジャンダッタの技術の前に、レグナスは転倒。
左肩から落ちた為ダメージは無いが、どちらが上か、観客の目には一目瞭然だった。
それでもアジャンダッタは油断せず、距離を取って様子を見る。
倒れたまま動かないレグナスは、ゆっくりとアジャンダッタへ視線を回した。
「なるほど、これが最古の武術。人が力任せを捨て得たものか……」
重低音の声。
人が発したとは思えない、モンスターマシンと呼ぶべき、それともリングネーム通り、まさしくTレックスの唸り声か……
「くだらぬわっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」
レグナスが跳ね起きる。
「何!」
レグナスが全力疾走。
全筋力を持ってアジャンダッタに殴りかかる。
アジャンダッタは再びそれを、
巻き込み、
無力化して、
引き倒し転ばそうと、
アジャンダッタの九七キロのボディが、重機のような力であらぬ方向へ引きよせられて、ジェットコースターを想起させた。
「!?」
アジャンダッタの目が、ドーム天井のライトを捉える。
有り得ない浮遊感。
そこで気付いた。
アジャンダッタは真上に放り投げられたのだ。
下を見る。
まるで三、四階のベランダからの景色。
受け身。
取れるか?
この高さからの受け身経験は無い。
だが自分ならできる。
レスキュー隊のような落下訓練はしていないが、自身の肉体が持つ筋力瞬発力柔軟性運動神経ならばやれる。
そう信じて、アジャンダッタは絶望した。
レグナスが着地点の近くで構えている。
レグナスは着地するアジャンダッタを狙っている。
レグナスを迎撃すれば着地できない。
着地に全神経を使えばレグナスの攻撃を受ける。
ならば、とアジャンダッタは前者を選ぶ。
迎撃した上で着地する。
そう心に決めて……。




