悪役令嬢に生まれ変わりましたが死にたくないので男装したところ、隣国の王子の目に留まりました
前世の記憶を思い出したのは、まだまだ幼いころ。ここがゲームの世界で、自分が悪役令嬢として処刑されるカロリーナ・モッタ侯爵令嬢である、ということを唐突に思い出した。
正直、「はぁ?」と思った。ゲーム? 悪役令嬢? 処刑? なんだそれは。私は関係ない。関係ないと思いたかったけれど・・・
自分は悪役令嬢と同じ名前のそっくりさん。婚約者の王子やその周りにいるのは、攻略キャラたちと同じ名前のそっくりさん。ここまで揃えば、呑気なこともいっていられない。処刑という結末を知っている以上、できることはしなくては。
・・・とは思っても、この世界の仕組みがもう無理で。
この世界では、貴族は政略結婚が普通だ。生まれた瞬間に相手が決まる。愛なんてない。ただ家と家の思惑があるだけ。愛とは外に求めるもの。
つまり愛人だ。浮気ともいう。
男も女も関係ない。家は家。愛は愛。妻の妊娠が夫の子供とは限らないし、夫の子供が妻の子供だけとも限らない。そんな世界なのだ。
そんな政略結婚から、恋愛結婚へ。それがこのゲームの目的であり、生まれた時から王子の婚約者だった私が悪役令嬢として処刑される理由でもある。
ゲームとしてなら楽しめた。プレイヤーの自分は恋愛をするだけ。どんな世界観だろうと攻略対象と結ばれる。乙女ゲームとはそういうものだ。
けれど、自分がその世界に生まれ変わり、悪役令嬢と呼ばれるなら話は別。しかもゲーム通りに進むと、カロリーナは処刑されてしまう。ゲーム内のカロリーナは、懸命に王子を愛そうとした。それがダメな方向に突き進み、卒業式の場で糾弾される。そして懸命に愛を訴える彼女に、攻略対象たちはこう切り捨てるのだ。
「何を言おうと結果は変わらない。お前は邪魔だ」
百年の恋も冷めるとはこのこと。カロリーナはその後何も言えなくなり、ゲームから退場する。その後、表向きは修道院に送るために、真実はその道中で殺すために、王都を追い出される。カロリーナの命はそこまでだ。
あんまりだ。そして絶対に嫌だ。あんなどうでもいい王子のために死ぬなんて。
どうすればあの結末を回避できるか考えて考えて考えて・・・
男には興味がないアピールをするため、男装して生きることを決意した。
あれから10年。ゲームはすでに開始した今、私の男装もすっかり板についたと思う。
「カロリーナ様、ごきげんよう」
「ああ。ごきげんよう」
そう、令嬢たちが気兼ねなく挨拶をしてくれるくらいには。
男装をすると決めたあの日。家族はもちろん大反対した。私は王子の婚約者。そんなバカな話があるかとめちゃくちゃに怒られた。
だが私も命がかかっている。譲るわけにはいかない。男装するからには完璧を目指し、勉学に励み、剣を覚え、帝王学にまで手を出した。おかげで学校の成績は常にトップ、剣術だって男に負けはしない。最近では親も諦めたのか、うるさく言われることもなくなった。
男装は思わぬ効果ももたらした。婚約者の浮気に辟易していた令嬢たちの好意を、一身に集めてしまったのだ。男に辟易する気持ちは痛いほどわかるので、愚痴を聞いたり、気晴らしに遊んだり、見返すための勉強を手伝ったりしていたら、気付けば学園一のモテ男。女性が好きというわけじゃないけど、彼女たちもそれは承知の上で好意的に見てくれるものだから、私としてはとてもありがたかった。
挨拶に笑顔で挨拶を返せば、令嬢たちから「きゃあ」と黄色い悲鳴が上がる。可愛いなぁ、と思いながら手を振れば、皆が控えめに振り返してくれた。
「相変わらず男の振りをしているのか、カロリーナ」
令嬢たちとにこにことあいさつを交わしていたら、不機嫌そうな声が割って入ってきた。確かめるまでもない。
我が婚約者、カルロ・ヴァローネ王子だ。
「余計なお世話です」
無視したいが、曲がりなりにも相手は王子。そういうわけにもいかない。返事をしながら向き直って、殿下以外もいることに気付いた。
「ごきげんよう、カロリーナ様」
「・・・ごきげんよう」
ヒロインのエレオノラ・ラブロックだ。え、まさか一緒に登校してきたの?
疑問は顔に出ていたのだろう。殿下がそれはそれは偉そうに胸を張ると、
「我々はとても仲が良いからな」
・・・・・・まぁ、いいけど。これは一応年齢制限のないゲームだ。お泊りはしてないだろう。大方、殿下がヒロインの家まで押しかけ・・・げふん。迎えに行っただけなんだろうな。
ちらりとヒロインの様子を窺えば、感情の読めない笑顔を浮かべている。この子、いつもこれだな。苦手だ。
「男のようなお前の入る隙など、どこにもないのだ!」
「それはよかった。言いたいことがそれだけなら、私はこれで」
殿下にもヒロインにも関わりたくはない。この二人に関わるということは、私にとっての死を意味する。
早々に会話を切り上げて背を向ける。殿下がまだ何か吠えていたけれど全部無視して、教室へと向かった。
朝の出来事は、私にとっては日常だ。ゲームの強制力でもあるんだろうか。事あるごとに殿下が突っかかって来るし、ヒロインはそれを笑顔で見てる。最初の頃はちゃんと相手してたけど、不快以外の何物でもないので、最近は放置することにしている。殿下が何を言おうと、無礼なのはあちらだしね。知るものか。
ちなみに、ヒロインが攻略キャラたちと仲良くしている姿は、朝以外にもしょっちゅう見る。もちろん、相手は殿下だけじゃない。攻略キャラは全部で6人いるけれど、入れ代わり立ち代わりいろいろな人と仲良くしている。やっぱり関わりたくない。
できるだけゲームのキャラとは関わらないように逃げ回る日々。その代わり、ゲーム内にはなかった令嬢の友人はたくさんできたので、学校生活はそれなりに満足してはいる。
そして休日の今日。私は久しぶりに城下町へと遊びに来ていた。
「ふふ。頼んでた服、出来上がってるかなー」
この世界、貴族の服はほとんどが特注品だ。仕立て屋やデザイナーを屋敷に呼び、屋敷内で買い物を済ませる。ただ、私は男装令嬢。嫌がらせなのか知らないが、親が仕立て屋を呼ぶのを嫌がるので、自分で街に降りて買い物をする。親の魂胆がどうであれ、街に降りるのは嫌いじゃないし、息抜きにもなるからちょうどいいんだよね。
仕立て屋さんに向かう途中で買い食いだってしちゃう。新しくできたクレープ屋さん、美味しい。家じゃこういうの食べれないから、嬉しいなぁ。
行儀悪くクレープを食べながら街を歩けば、どこからどう見ても一般人。上機嫌に道を歩いている時・・・気になるものを見つけて、足を止めた。
「あれは・・・」
目的のお店のショーウィンドウ。色とりどりのドレスやスーツをガラス越しに眺めている人物に、とても見覚えがあった。
おそらくスルーするのが正解だ。あれが目的の店じゃなかったら、間違いなくスルーした。でもさすがにお店に入るドアの隣にいる同級生をスルーするのは、礼儀としてどうかと思う。
・・・仕方ない。
「こんにちは、フェルナンド殿」
急に声をかけたからだろう。フェルナンドがびくっと全身を震わせ、きょろきょろと周囲を見・・・
私を見つけて、ほっ、と息をついた。
「カロリーナ嬢か。こんにちは」
フェルナンドはゲームには登場するけれど、攻略キャラではない。顔と名前があるのでモブではないけれど、その存在感は限りなく薄い。忘れたころにちょこっとだけ出てくるような、そんなキャラだ。
とはいえ、彼は隣国の王子。間違っても、こんな場所で一人で出歩いていい人物ではないのだが・・・
「贈り物ですか?」
「う、うん、まぁ・・・」
とりあえず当たり障りのないことを聞いてみたら、ずいぶんと歯切れの悪い返答が返って来た。フェルナンドにしては珍しい。
まぁ、隣国の王子だしね。贈り相手はこの国の人じゃないなら、歯切れも悪くなるだろうか。
「中に入ってみては? 私もこのお店に用事があるので、入りにくいならご一緒しますが」
「え、君も?」
「はい。よくお世話になってます」
フェルナンドの返事も待たずにお店のドアを開く。カランカランとベルを鳴らしながら、私は店内へと足を踏み入れた。彼がついてくるかどうかはわからないけど、まぁ、ついてこなくても私に害はないからね。
店内は前に来た時とあまり変わらないようだった。店の右側で既製品の販売を、左側でオーダーメイドを受けているため、他のお店に比べたらごちゃごちゃしている。私はこのごちゃごちゃ感が好きだけど、好き嫌いは分かれるんだろうな。ラッキーなことに、今はお客は一人もいないみたいだ。
ちらりと後ろを振り返れば、フェルナンドもついてきたようだ。きょろきょろと視線を泳がせ、口がぱかりと開いている。珍しい。
「やぁ、カッタ。いらっしゃい」
ベルの音を聞きつけて、店長が奥から姿を見せる。彼が口にした名前に、フェルナンドがこてりと首を傾げた。
「カッタ?」
「通称です。本名を名乗るわけにはいきませんから」
これでも一応侯爵家の娘なのでね。店長は私が侯爵家だと知っているけど、ここはお店。誰が聞いていてもいいように、偽名で呼んでくれるのだ。
小声で説明すれば、すぐに理解して頷いてくれた。その姿を見て、店長が目を丸くする。
「珍しい。連れがいるのかい」
「ええ。こちらは・・・」
・・・自分が偽名を名乗ってるのに、王子を本名で紹介していいのか?
思わず口籠った私に変わり、フェルナンドが自ら名乗ってくれた。
「エルです。カッタとは同じ学校に通っています」
「そうかい。よろしく」
エル? 初めて聞くけど、愛称なのかな。随分と可愛い響きだ。
「カッタ、ここは君の事情を知っているお店?」
「はい。オーダーメイドで作ってもらってますから」
既製品だとどうしてもどこかが崩れてしまう。どれだけ姿を真似ようとも、私は女性。男性の体格には絶対になれない。子供用なら合うけれど、それだとデザインも子供っぽくなってしまうしね。
私の説明を聞いて、フェルナンドがふむと唸ると。
「自白しよう。僕も君と同じだ」
だなんて。思っても見なかったことを、何事でもないように告げてきた。
「・・・へ?」
「いや、逆かな。僕、可愛いものが好きなんだよね」
なんと。ということは、もしや・・・
「贈るのではなく、自分で?」
「うん。だって僕、可愛いでしょ?」
おおおう・・・そうきたか。それでさっき言い淀んだのか。
フェルナンドは確かに可愛い。身長は私より少し高い程度だし、中性的な顔立ちをしている。綺麗やかっこいいと呼ばれるより、可愛いと形容されるほうが多いだろう。だからといって、まさか女装趣味があるとは思わなかった。
ここは私が男装していることを知っているお店なので、そういうことに偏見はない。もちろん私も。フェルナンドが攻略キャラじゃないのは女装趣味があるからだったのかなー、なんて呑気に納得したくらいだ。
「あはは。なるほど、そういう友達なのか。いいよ、好きに見てくれ。君の趣味に合ったなら、オーダーメイドも承ろう」
「やった! ありがとう!!」
店長の了承を得て、フェルナンドが嬉々として既製品の女性用のコーナーに向かっていく。うわー、あんな顔初めて見るわー。本当に好きなんだな。
「上客になりそう。ありがとう、カッタ」
「・・・どういたしまして」
そんなつもりは欠片もなかったけど・・・まぁ、フェルナンドがいいならいいか。
それよりも本題本題。
「頼んでいた服はできてます?」
「ああ、もちろん。試着してみてくれ。仕上げをしよう」
自由に動き始めた彼は放置して問題ないだろう。私は私の用事を済ませたい。
店長に促されて、試着室へと足を進める。時々聞こえるフェルナンドの嬉しそうな声に、こっそりと頬を緩ませながら。
あれ以来、店に行くとかなりの頻度でフェルナンドに会うようになった。どうやら店主と意気投合したらしく、ファッションについて語り合っているらしい。流石に一度、店に入るなり、
「僕って何着ても似合うー!!」
と、ドレスを着てご満悦のフェルナンドがいた時は驚いたけど。まぁ、確かに似合ってたけどさ。性別を知らない人が見ればただの女性の試着にしか見えないのが、なんというか・・・すごかった。本当に。思わず、
「うっわ、美少女」
と言ってしまったくらいには。口に出して失言だと焦ったけど、フェルナンドは満更でもなさそうだったから助かった。よくお似合いですとも、ええ。
店では良く会うとはいえ、学校内ではお互いに会話らしい会話はしない。顔を合わせれば挨拶はするけど、それくらい。私は学園でも男装だけど、フェルナンドは普通に過ごしているからね。こちらから話しかける理由もないし、何も変わらない日常を送っている。
殿下は相変わらずヒロインに夢中だし、ヒロインは他の攻略キャラとも仲がいいし、私は令嬢たちにきゃあきゃあ騒がれる毎日だ。
そう、日々は刻一刻と過ぎていく。ヒロインは着実に攻略を進めているのだろう。最近では場所もわきまえずにいちゃつくようになってきた。このままでは逆ハールート一直線だ。
逆ハールートの場合でも、私の破滅は変わらない。ゲーム内のような嫌がらせはしていないとはいえ、カルロ殿下の婚約者であることは変わっていない。このままでは邪魔だという理由で、私は断罪されるだろう。
とはいえ、おとなしく殺されるつもりはないけれど。罪人以外を裁く権利は、王族にだってないのだから。
「考え事かい?」
「まぁね」
いつものお店。いつものフェルナンド。ぴしっとした正装に身を包んでいる私と違い、彼はふわふわのドレスに身を包んでいる。
「似合う?」
「うん、可愛い。私は?」
「かっこいいよ。いつも通り」
このやり取りもすっかり慣れてきた。フェルナンドにとって「可愛い」は誉め言葉だと確認してから、私は可愛いと頻繁に口に出すようになった。もちろん、ちゃんと可愛いと思っているから言っているし、フェルナンドにも通じていると思う。
私に応えるように、彼も「かっこいい」と私を称することが多くなってきているのだから。
「よかった」
とはいえ、彼はお世辞をいう性格ではない。その彼のお墨付きをもらえたなら、卒業式に着るのはこれで決まりだな。動きやすいし、何かあっても逃げやすそうだ。
鏡の前でくるっとターン。うん、おかしいところは何もない。
「卒業式でもドレスは着ないんだね」
「必要ないからね。エルはそれ着ないの?」
「必要ないからね」
同じ言葉を返されて、思わず吹き出してしまう。まぁ、立場が違うからね。着れないのは理解してるし、フェルナンドも理解してくれているはずだ。
着たいものを着る私は、彼の目にはどう映ってるんだろう。聞いたこともないし、聞こうとも思わない。こうやって気軽に話せているのだから悪いようには思われていないだろうけど・・・本心を聞くには、ちょっと勇気が出ない。
それに、彼に気を割く余裕もない。卒業式はもう間近に迫っている。服装だけではなく、生き残るためにはいろいろな準備が必要だ。とりあえず、服のポケットに入れられそうな武器の調達からかな。
服の細部を確認しながらも、頭の中では卒業式をどう乗り切るかばかり考えていた私は、フェルナンドがじーっと見ていることも気付けなかった。
ついにやってきた卒業当日。卒業式はパーティー形式で行われる。婚約者がいる相手はエスコートをする伝統があるが、当然私は一人。今まであの殿下にエスコートされたことなんて一度もないので、気にもならないけどさ。
カルロ殿下がエスコートしてきたのは、当然のようにヒロインだった。周りがざわついたのも気にせず、ヒロインの傍でご満悦そうだ。
かくいう私は御令嬢たちに囲まれてますが、まぁこれはいつも通りの光景だ。
そんな中、婚約破棄イベントが始まった。
「カロリーナ・モッタ! 今この時を持って、お前との婚約を破棄する!!」
声高らかに宣言する姿は、ゲームで見たものと変わらない。本当に始めやがったな、バカ王子め。
さすがにこの宣言は無視できないので、周りの令嬢たちに断って殿下の前に出る。階段の踊り場にいる殿下を見上げる形になるのがなんとも癪だ。
でも、
「お好きにどうぞ」
「・・・・・・は?」
殿下のその間抜け顔が全員に見やすいのはいいことだと思う。
私の返答が理解できなかったのだろう。殿下は一瞬だけ呆けた顔をしたが、すぐに頭を振った。
「婚約を破棄するといったんだ。意味がわかっているのか?」
「もちろん。元々望んだわけでもない婚約です。殿下から破棄してもらえるならありがたいですね」
「!?」
えー、なんで困惑してるんだ、この王子。私が殿下に興味がないことなんて、周知の事実だろうに。なんのための男装だと思ってるんだ、こいつ。
「言いたいことはそれだけですか? では私はこ・・・」
「ま、待て! まだある! お前はエレオノラを苛めていただろう!」
私の言葉を遮って叫ばれた言葉に、まともに顔をしかめてしまった。やっぱりそれやるんだ。
殿下の愛を得ようと必死だったゲーム内のカロリーナはともかく、私はヒロインを苛めていない。というか、苛める理由がない。まったくの無実だ。
ちらりとヒロインを見れば、うっすらと瞳が濡れているように見える。うーん・・・私は苛めてないのに苛めたと申告する、ってことは、あの子も前世の記憶を持ってるのかもしれないな。
まぁ、私には関係ないことだけど。
「苛め? 私が? 何故?」
「エレオノラが美しく、私に愛されていることを僻んだのだろう。みっともないことだ」
はは、僻む? ばかばかしい。
男装の私が何をどう僻むというんだ。この王子には私の姿は見えてないのか?
ああ、本当に・・・救いようがない。
「身に覚えがありませんね。殿下を愛してなどいない私が、何故彼女を僻む必要が?」
あまりにも馬鹿らしいから無視したいけれど、死亡フラグが立つだけだ。渋々と反論したら、
「彼女がいれば、お前に王妃の座はないからに決まっている! 男のフリをしているくせに浅ましい!」
「はぁ・・・」
いや、ほんと何言ってんだこいつ。何言ってんだこいつ。
私も呆れているけれど、周りも呆れているのがわかる。私たちが名ばかりの婚約者だったのはみんな知っているし、私が王妃になんてなりたくないのも知っているだろう。殿下の気を引くつもりなら、最初から男装なんてしていない。
そう。この場で殿下や、その後ろにいる攻略キャラたち以外は、殿下の言葉に真実味がないとわかっている。彼らだけが、現実を見えていないのだ。
さてどうするか。いろいろと準備はしたけれど、どうせならばもう少し泳がせて馬鹿っぷりを露呈させた方が、弟君が王座に就きやすくなるだろうか。
そんなことを考えていた時だ。ふと、目の前に影ができたことに気が付いた。
「黙って聞いていれば、貴方はずいぶんと彼女の事が嫌いなようだ」
「・・・え、フェルナンド殿・・・?」
まさかの展開に、一瞬何がおきたのかわからなかった。フェルナンドは一度だけ振り返ってにこりと笑うと、私を背中に庇うようにして殿下との間に立っている。
「他国の者が、我が国の事情に口を挟まないでもらいたい」
「生憎、彼女とは二人だけの秘密を共有している仲でね。もう君の婚約者ではないのなら、僕がもらっても問題ないね?」
「は?」
・・・は?
なんだって?
思わぬ言葉に、思考回路が停止する。私だけじゃない。殿下も何が起きたのかわかってないようで、指差した状態のまま固まっている。
事態が飲み込めず固まった私の前で、フェルナンドがくるりと振り返る。
「ねぇ、いいだろ? 僕と一緒においでよ」
「いやいやいや。何言ってるのかわかってる?」
「わかってる。求婚してるのさ」
「求婚」
「そう、求婚。プロポーズ」
え、本気で言ってる? 本気?
こんな展開、もちろんゲームの中にはない。前世の記憶もちだろうヒロインだって、何が起きているのかわからずに固まっている。私だって、何も理解できない。理解できないのに。
「ま、返事なんて聞く気ないけど」
「わっ!?」
フェルナンドが私の手を取り、すたすたと歩きだしてしまった。いやいや、ちょっと待て。
「エル、待って。一回冷静になったほうがいい」
「君もね。僕の愛称を口にした時点で、言い逃れなんてできないよ」
「!!」
あ! そうか、エルって偽名じゃなくて愛称!? フェルナンドでエル!? やられた!!
フェルナンドの言葉を聞いて、会場中が一気に騒がしくなった。ああ、やめろ。やめてくれ。私はそういうつもりでいったんじゃない。ただ偽名に慣れ親しんでしまったから、とっさに出ただけだったのに・・・!
「まさかあのお二人がそういう関係だったとは」
「いつから? 全然そうは見えませんでしたわ」
「でもとってもお似合いです!」
「確かに!」
確かにじゃなーい! いたるところから聞こえてくる会話が、顔から火を吐きそうなくらい恥ずかしいんだけど!!
「早く出よう。君のその顔、あんまり他人に見せたくない」
「・・・もう好きにして・・・」
「そうする」
頭を抑えた私を、フェルナンドが嬉しそうにエスコートしてその場を去る。後ろから聞こえてくるざわめきを聞きながら、私の頭はずっと混乱しっぱなしだ。
あれ、もしかして処刑ルートは回避できたのでは?
そう気が付いたのも、フェルナンドにあれこれと今後の話をされ、署名させられ、自分の屋敷に帰った後だった。
その後。フェルナンドと一緒に隣国へと移った私は、めでたく彼と結婚した。スピード婚だ。両親を納得させるために学んだアレコレが、この国に来て実を結んだ結果ともいえる。
ゲームが終わり、国も出て結婚までしたことで、男装をする必要もなくなったわけだけど・・・
「僕のお姫様は今日もかっこいいな」
「私の王子様もいつも通り可愛いよ」
今日も今日とて、私たちはお互いの服装を褒め合っていた。
私室ではお互いに好きな服装でいよう、と決めたのは、嫁いだその日の事。今更女性ものの服を着るのは抵抗がある私に対する、フェルナンドからの提案だった。まぁ、彼自身が好きな服を着たい、というのも理由だろけど。
でも、いいことは他にもあって。
「今日の晩餐会はこれ着てよ。何人か貴族も招く、って言ってたから」
「了解。じゃあ、エルはこれね。びしっと決めて」
私のセンスが偏っているので、私が公式の場で着る服はフェルナンドが決めることになっている。代わりに、フェルナンドが着る服は私が決める。メイドさんたちの出る幕もない。
そんなことをしているから、私たちは今ではすっかり国民公認の仲良し夫婦だ。
「人生、何が起きるかわからないものだなぁ」
ゲームの世界に転生した時は、生き残ることばかり考えていたけど。それが今や、隣の国の王子の妻なのだから、人生何があるかわからない。
私のつぶやきにフェルナンドはけらけらと笑い、
「だから楽しいんでしょ」
「うん、そうだね」
それは同意。フェルナンドに釣られるように笑顔を浮かべれば、彼の笑顔も深いものになっていく。
私の大好きな笑顔。この笑顔とともに生きていけることが、私はとても幸せだ。
考えていること伝わったのだろう。フェルナンドが近づいてきたと思えば、頬に唇を落とされる。仕返しとばかりに私も同じものを返しながら、愛し愛されている幸せを噛み締めた。