No.9 自称、やると言ったらやる女
「ていうかさ……」
俺達を驚かしたのがそこまで面白かったのか、数分間も転げ回っていたリィズランの師匠、エルヴィラが何かに気付いたらしく、地面の上で変な恰好をしたまま止まった。
「あんた……」
エルヴィラの指が、俺を指す。
「何だよ」
「セシリアじゃない?」
………………
はぁ?
「……知り合い?」
「え、知り合い!?」
クラリッサとリィズランが、ほぼ同時に食いつく。
「いや、こんな変な恰好で制止出来る人間に知り合いは居ない筈だが……」
「いやぁ!大きくなったわねぇ!私が知ってる君はほんのこの位だったから、見違えたわよ!」
そう言って、人差し指と親指を近づけて『C』の形を作る。どうやらエルヴィラの記憶の中での俺は、塩ひとつまみ分のサイズしか無いらしい。
「そりゃ見違えたろうな……」
俺はどこの芋虫だ。
「小さい」
「小さい!」
「ガキ2人は黙ってろ!」
「まあ、これは流石に冗談だけど、前見た時は小さい子供だったからねぇ。見違えたってのは本当だよ」
懐かしげに、目を細めるエルヴィラ。
しかし、そう言われても本当に覚えが無い。
「あ、私はエルヴィラ、エルヴィラ=ビショップよ。あの頃からあんま見た目は変わって無いと思うけど、本当に覚えて無いわけ?」
「覚えて無いな。ていうか知らん」
「まあ、セシリアに覚えが無いのも当然かね。会った時間はほんの数分間だったし」
「にしてはそっちは良く覚えてたな」
「そりゃあねぇ」
ニヤニヤと笑うエルヴィラ。
自分の知らない記憶を持ってる奴というのは、なんとも気持ちが悪いものだ。
自分の知らない自分を知られてるというのはとても居心地が宜しく無いが、かといって、聞き出そうとも思えない。非常に複雑だ。
しかも、さっきから興味津々といった感じで目を光らせてるクラリッサとリィズランの視線が痛い。
「まあ、それは良いとしてだ。リィズランから聞いたんだが、俺の主がお前の所にいかなきゃならないらしいな。そこの所はどうなんだ?」
居たたまれなくなった俺は、半ば無理やりに話題の変更を図った。
クラリッサを指差しながら、エルヴィラに質問する。
「あー、そっちの話題ね。リィズラン、セシリアに危険は無かった?」
「あったらもう私はこの世に居ないと思いますけど!」
若干、怒りのこもった口調でリィズランが答える。しかし、エルヴィラは涼しい顔である、『だよね〜』などと笑いながら、クラリッサへと向き直る。
「で、そこの子がセシリアの主人ね」
「主人?」
エルヴィラの質問に、首を傾げるクラリッサ。
クラリッサに任せると話が進みそうにないな……
「ああ、コイツがマスターだ」
代わりに俺が答えた。
クラリッサは首を傾げたまま、固まっている。
「名前は?」
「クラリッサ」
名前を聞かれ、今度はクラリッサが手を上げながら答える。
「……よし、じゃあクラリッサ」
いつの間にか机に腰掛けているエルヴィラが、机から一枚の紙を取り出し、卓上の機械にかける。
すると、俺達の足元にある機械から、同じような紙が一枚吐き出された。
「これは……」
手に取ると、『ヴィランティアラ入学申請書』とそこには書かれている。
「それに必要事項を記入してこちらに送ってくれれば、試験無しでヴィランティアラの入学生として迎え入れるわ」
「いや、俺達は入るなんて一言も言ってないんだが。マスターはこの家から離れたくないらしいしな」
俺がそう言うと、クラリッサもこくこくと首を縦に振る。
「いや、もう私が決めたわ!嫌だと言っても絶対入れるわ!」
んな勝手な。
「ここはどうなるの?」
「うーん……まあ、必要ならたまにスタッフに掃除させとくわ。七年間でヴィランティアラを卒業したら、後はそこでの生活を許可したげましょ」
クラリッサの質問に、エルヴィラは若干考え込んでいたが、しっかりとした口調で答えた。
「……セシリア、七年だって……」
「ああ」
「保つかな?」
「さあな」
クラリッサの懸念は、七年間魂が保つかということだと直ぐに解った。
しかし、魂の残量は契約した悪魔にも解らない。しかも、今後願いが増えないとも限らない以上、迂闊な事も言えない。
「だから、考えるだけ無駄よ。私はやると言ったらやる女だし、やらせるといったら天地がひっくり返ろうがやらせる女よ!」
「威張るな」
「まあ、お師匠様はやると言ったら本当にやるわよ。この前なんか昼を夜にしたし」
「半日待ってか?」
「そんなとんちじゃないわよ」
「……じゃあ……」
リィズランの話を聞いて、クラリッサがそろそろと手を上げる。
「何?」
「家をそのヴィランティアラに移したり……出来る?」
なる程、ヴィランティアラに家が移せれば問題は解決するかもしれない。
しかし、そんな事実際に……
「出来るわ!」
「嘘ぉ!?」
出来ました。
「じゃあ入学する」
「……するのか?」
「する」
入学する事になりました。