No.8 悪戯
「つまり、勧誘か」
俺が口を挟むと、リィズランは軽く頷いた。
「というか監視下に置きたいらしいよ。悪魔の存在ってただでさえ脅威だから。まあ、はなから人間にとって脅威になりそうな存在だったら、これが勧誘じゃなくて駆除になるんだけど」
そして、クラリッサをちらりと見やると、微笑みながら肩をすくめ
「あまりにも無害過ぎて、そんな心配要らなそうだしね」
と言った。
「監視に駆除……と来たか」
猛獣かなんかか俺らは。
「監視って言っても、大した事はしないわよ。ヴィランティアラ内で暮らして貰うとか、ヴィランティアラに入学して貰うとかその程度。最低限の規範に従って貰えれば、出入りも自由に出来るし」
「じゃあ、引っ越し?」
皿を洗い終わったクラリッサが、テーブルに座り直しながら聞いた。
「嫌か?」
「…………ん」
ややあって、クラリッサが頷く。
「まあ、そこら辺は私が決める事じゃないわ」
そう言ってリィズランは、テーブルを勢いよく立ち上がった。
そして、たんたんと足を踏み鳴らしながら、部屋の隅で未だに気絶しているネズミの方に駆けていく。
そしてそのまま……
思いっきり、ネズミを踏みつけた。
「にぎゃああああああっ!」
「おっきろー!」
「ぎゃあああああああ!」
起きてる、絶対起きてるってそれ。
「リッツ起きた?」
軽く30秒は踏んでいただろうか。リィズランはようやくネズミを解放した。
「う……うん……に、二度と覚めない眠りにつくとこだったけど……」
ネズミは、ピクピクと体を痙攣させながら、恨みがましくリィズランを睨んでいる。
「紹介するわ、フェランアイビーのリッツ。私の相棒よ」
リィズランは、全く気にする様子もなく、リッツの尻尾を摘み、ぷらぷらと吊り下げた。
「……相棒……」
「その相棒の姿に、疑問は無いのかお前……」
「無いわ」
言い切るな。
リッツの方は、もう諦めているのか、涙を逆さに流しながら、何やら悟ったような表情を浮かべている。
…………
……不憫過ぎる
「じゃあリッツ」
「うう……解ったよ」
「深遠たる闇の底の底に鎮まりしモノよ、我が呼びかけに応え組成せよ。フェランアイビーリッツ」
リィズランの詠唱に合わせて、リッツが口を床に向けて大きく開く。
「『開門』」
そしてリィズランのかけ声と共に、リッツの口の先から魔法陣が現れた。
「はい、通信機出してー!」
「わっ、わっ、ちょ、やめ、って、は、吐くっ、吐くって」
リィズランが、乱暴にリッツの体を振る、リッツは目を回しながら抗議するが、リィズランはまるで聞こえてないみたいに反応しない。
「あっ、あったけど……うっ、もう、だ、め……えぼっ」
限界を迎えたリッツの魔法陣から、何かが吐き出される。
魔法陣から吐き出された『それ』は床を跳ねて、リィズランの足元に転がった。
「これこれ」
リィズランはリッツをぽっほりだして、足元の何かを拾い上げた。
「……リィズの……お、鬼……」
ソファーに墜落したリッツが、何やら呟いてるが、リィズランはやはりノーリアクション。床にしゃがみこむと、先ほどの道具をいじり始めた。
……労いの言葉一つ無いとは、ここまで来るといっそ清々しいな……
「……大丈夫?」
クラリッサがソファーに駆け寄り、リッツに声をかける。
「う、うん……大……丈夫……って……ちょっ……止め、て……」
しかし、介抱するかと思いきや、何故かリッツをつつき始めるクラリッサ。
単にリッツに興味があっただけらしい。
コイツはコイツで身勝手な奴だ。
「いや、ちょっ……くすぐっ……止めっ……死ぬ、本気でっ、死ぬっ!」
正に踏んだり蹴ったりという奴だろうか。
言葉通り、本気で死んでしまわない事を祈るばかりである。
「準備出来たわよー!ちょっとあんたらこっち来なさーい!」
床で何かをいじっていたリィズランが、声を上げながら手招きしている。
クラリッサは、へとへとになったリッツを頭の上に乗せると、リィズランの方へと歩いていった。
それについて行く形で、俺もリィズランの方へと向かう。
リィズランの足下には、何か装置のようなものが仕掛けられていた。
見ると、装置の中央には転移陣が描かれているようだ。
『通信機』と言っていたが、その名の通り、交信装置の一種なのだろう。魔界にもこういう趣の装置はあるが、人間界のは、それより一回りは小さい。
「じゃあ今から、お師匠様と通信を取るわよ」
リィズランはそう言うと、装置の端にある押しボタンを押した。
すると、装置から光が伸びて、空中に像を結ぶ。
空中に浮かび上がったのは、部屋の中のようだった。
中央には、大きな黒塗りの机。
その奥は一面が窓になっていて、雄大な朝の景色が広がっている。
「どこだここ?」
「さっき話したお師匠様の部屋よ。何時もはお師匠が居るんだけど……困ったわね、お師匠様居ないみた……」
「ばあ!」
「ぎゃあ!」
突然、画面の端から、巨大な顔が現れる。
思わず俺は、画面からばっと飛び退いた。
リィズランは床に尻餅をついている。
反応が無いのはクラリッサだけだ。
画面の端から現れた人物は俺らの反応を楽しんでいるのか、ケラケラと笑いながら
「驚いた?驚いた?」
などと言ってくる。
良い歳こいた大人の格好してる癖に、ガキかコイツは!
「当たり前だ!」
「お、お師匠様〜!」
「……おどろいた」
三者三様の言葉が出る。
その言葉を聞いて、画面の女は満足げに笑んだ。
「いやぁ、やっぱ反応が新鮮なのってたまんないわぁ!」
……ムカつく。
今ここにこの女が居れば、間違いなく火炎弾の一つでも浴びせているところだ。
しかし虚像ではそれも出来ない。
「おい、このクソ女がお前の師匠か?」
「……うん」
リィズランは恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で肯定する。
「俺が言うのも何だが……上司は選んだ方が良いぞ」
「……うん……ちょっと後悔してるわ……」
未だに、画面の向こうでは、リィズランの『お師匠様』が、ケタケタと腹を抱えて笑っていたのだった。