No.20 朝の騒動
「ふぁぁ~……まだ寒いな……」
一夜明け、新しい日がやって来た。
窓の外に広がる薄明かりを眺めながら、俺は大きく欠伸をした。
「しかし、何で地下に昼夜があるんだろうな……」
この水の樹海は、地下に広がるだだっ広い空間……なのだが、周囲をピンク色の靄で囲まれ、昼は明るく、夜は暗い。しかも風も温度の変化もあるせいで、全然地下に居る気がしない。
まあ、生活バランスが崩れないのは有り難いのだが、冷静に考えれば考える程奇妙な話だ。
「まあ、いずれ調べてみるか」
そうこぼし、窓を閉める。換気はもう充分だろう。
階段を下り、リビングへと向かう。
今日は昨日の晩の騒ぎから逃れる為に早々に寝てしまったせいで、随分と早く起きてしまった。
今日は俺が朝食を作って主人を待つとしよう。何せ使い魔なのだから、早く起きた朝はこのくらいのことはすべきだ。
そんな事を考えながら、リビングの扉を開く。すると……
「あ、セシリアさん。おはようございます」
「…………なによ」
景とフィネが居た。
しかも、既に景が台所に立っている。
……
…………
!?
「何故居る!」
「何故……と言われましても……」
「昨日から居たじゃない」
「じゃあ何か! お前ら泊まったのか!?」
「まあ、そうね」
俺の質問に、事も無げに答えるフィネ。
……信じらんねえ…………
何で会っていきなり、他人の家に泊まれるんだよこいつら……
いや、会っていきなり、他人の家に押し掛ける時点で、そんな遠慮とは無縁か。
「すみません。帰り方が解らなかったので、わがままを言って泊めて貰いました」
「おかげで一晩中本が読めたわ。全く、天国ねここは」
「……まあ、マスターが許可したんなら良いさ……」
もう、こいつ等の行動にいちいち驚くだけ損……ん?
「ちょっと待て、『帰り方が解らなかった』? じゃあお前ら……」
そこまで言った所でリビングの扉が開き、俺のすぐ後ろに人が現れる。
「はーさっぱりした!」
シャツ一枚に短パンという部屋着丸出しの格好をした、青髪の少ね……
「きゃあああっ!」
「ふぐおっ!」
次の瞬間、顔に強烈な勢いの回し蹴りがたたき込まれる、ぐきゃっ!っと嫌な音を立てて首が回った。
『ああ、そういえば、女だったな……』
薄れていく意識の端で、俺はそんな事を思った……
◇◆◇◆◇
「ごめんなさーい! まさか男が居るなんて思わなくてさぁ! びっくりしてさぁ!」
「ああ、もういいって……」
俺の首筋に氷嚢を当てながら、騒がしく謝罪し続けるセア。
目が覚めると、俺はソファーに寝かされていた。横にはフィネが腰掛けていて、上ではセアが景が作った氷嚢を首筋に当てている。
…………
なんというか、正直落ち着かない状況だ。
魔界での、ちょっとしたトラウマが蘇ってくる。
「結局、全員泊まった訳か」
「まあ、そうね。男連中は、なんか夜遅くまで起きてたから、まだ寝てるみたいだけど」
相変わらず、本から目を離さずに、フィネが答えた。
「ま、そろそろ起きて来る頃じゃないですかね」
景が、新しい氷嚢をセアに渡しながらそう言うと、客間からどたどたと足音が近づいて来る。
「噂をすれば……ってやつね」
「はよーっす!」
「……ふぁ……おはよう」
扉を開き、ディルクとクレオスが入ってきた。ディルクの肩にはドワイトが止まっている。
「お前ら早……おおっふ!」
笑顔で右手を上げるディルクが、突然驚きの声を上げる。
そして、右手を上げたその格好のまま、クレオスを引き連れ、そろそろとリビングから退散する。
「邪魔したな。すまん」
リビングの外から、そんな遠慮がちな声が聞こえる。朝っぱらから何を最悪な想像をしとるんだこいつは……
「冗談は良いから、早く入って来なさい」
「お、おお」
フィネに促され、若干恥ずかしそうにディルクが再び入ってくる。
「ええと……セシリアさん、どうしたんですか?」
ディルクの背中から顔を覗かせながら、クレオスが尋ねた。ディルクの肩に止まっていたドワイトが飛び立ち、俺の背中に止まる。
そして、俺の背中の上で、ちょこちょこ歩き回ると、まるで全てを悟ったようにこう言い放った。
「他人同士が同じ場所に居れば、多少の悶着は避けられぬ」
「いや、訳解らねえ」
「我が主がセシリア殿に迷惑をかけた、という事だ」
「ごめんなさい……」
「いや、結局解んねえ」
「まあ、要するに事故って首痛めたんだよ」
「なる程……」
解ったような解ってないような複雑な表情のまま、ディルクが頷く。
「大丈夫ですか? 治療要ります?」
「ああ、頼む」
クレオスが軽く頷き、部屋から出て行く。杖を取りにいったのだろう。
それと入れ替わるように、上から足音が響く。
「何よ、うるさいわねぇ……」
「おはよー」
「うう、眠い……」
今度入って来たのは、クラリッサやリィズランだ。入るなり、リィズランが怪訝な表情を浮かべる。
「朝から何ハーレムってんのよあんた……どうでも良いけど、クラリッサには刺激強すぎじゃない?」
お前もかよ。
「はーれむって?」
「今のコイツみたいな状態の事よ」
こいつ……
「セシリアも大変ね」
あまり興味がなさそうに、フィネが呟く。
…………
なんだか、頭も痛くなってきた……
と、そのとき……
「うわああああ!」
客間から、叫び声が聞こえる。
「な、なんだ!?」
「クレオスの声ね」
…………
まだなんかあるのか……どうやら俺には、ため息を付く暇も無いらしい。
「僕調べてくるね、いくよドワイト」
「拝命した」
セアが立ち上がると、ドワイトが俺の背中からセアの背中に飛び移る。
「俺も行こうかな」
「じゃあ行こう」
ディルクも肩を回しながらそう言うと、何故かクラリッサも付いていくつもりらしく、真似をして肩を回す。
やれやれ……
「マスター、俺も付いていくぞ」
「うん」
マスターのお許しも出た事だし、行くとしますか。
首をさすりながら、俺は立ち上がった。