No.17 やりたくないっ!
「うー、疲れたー!」
「ただいま、セシリア、リッツ、アルガン」
ここは、俺達が使い物にならなくしてしまった大講堂の隣にある、第一講堂の入り口。
そこで『入学式』という、新入生を迎え入れる行事を済ませて来たクラリッサとリィズランが、人の波の中に紛れて出て来た。
俺達が乱入したのはこの入学式の最中で、場所を移しての仕切り直しという事らしい。
入学式には、使い魔の類は参加出来ない為、俺とアルガンとリッツは、入り口で待つことになったのだ。
因みにアルガンは、今は普通の蛇くらいのサイズまで縮小している。マナで構成された魔法生物であるが故に、こういう事も簡単に出来る。
まあ、小さくなるのとは違い、大きくなるには大量の水を必要とするのが難点と言えば難点だが……
「全く、あのハゲ親父、大した事無い内容を延々と喋るんだから腹立つわー」
一体誰の事を言っているのか解らないが、リィズランは頬を膨らませながら立腹している。
よっぽどつまらない話を聞かれたらしい。
それにしても……
「お前も新入生だったんだな」
クラリッサだけでなく、どうやらリィズランも今回の新入生だったらしく、入学式には二人が参加した。
ヴィランティアラの校長の弟子というのに、入学もしていなかったというのはある意味驚きだ。
まあ、それだけリィズランの才能が買われているという事なのだろう。
「あれ? 言ってなかったっけ?」
そう言って、ケタケタと笑うリィズラン。
「言って無いよ、全く、リィズはそういう所いい加減なんだから……」
俺の肩のリッツがそう言うと、リィズランは不機嫌そうに眉をひそめた。
リィズランに睨みつけられ、リッツはそそくさと俺の服の中に隠れて行く。
勝手に人の体に隠れないで欲しいんだが……
「良かった」
クラリッサがそう言って、リィズランの手を握る。
「これで同級生だね」
「あ……え?あ……」
いきなり手を握られたリィズランが、しどろもどろになる。
「これからよろしくね」
「う……うん、よろしく!」
クラリッサが微笑むと、リィズランも釣られるように、にっこりと笑った。
二人の周りだけ、花が咲いたように明るくなる。
なんというか、見てるこっちが恥ずかしい絵面だな……
「リィズ、嬉しいだろうなぁ」
リッツが襟元から顔をのぞかせながら、そうこぼす。まるで娘を見守る親のような口振りだ。
「そんな、有り難がるもんか?」
「まあね、リィズは、同年代の知り合いも居なかったからさ」
そう言って、くくっと笑うリッツ。
「クラリッサが、リィズの友達第一号って訳」
「……なるほど」
クラリッサとリィズランは、二人で一枚のプリントのを見ながら、予定を確認している。
「……ま、マスターが満足そうならそれで良いさ」
「だね」
リッツも、まるで自分の事のように喜んでいるようだ。
…………友達ねぇ……?
いまいちピンと来ないが、俺にもこういう時があった……のかね?
「で、これからどうするの?」
まだ俺の服の中に収まっているリッツが、首だけを外に出して尋ねる。
「ええとね……ここに行って班の人と会え……だって」
一枚の紙切れが差し出される。
「班の人ねぇ……育成区画五区、青の塔13号室……」
そもそもヴィランティアラの仕組みが解らないのだから、班の人と言われてもピンと来ない。
差し出された紙にも、場所の指定がされているくらいで、これといった説明も無い。
『下記の場所に集合後、班長を決めて事務に報告』
と、簡潔極まりない一文が書いてあるだけで、他の大部分は青の塔と事務所への行き方と、簡単な地図が書いてあるくらいだ。
「青の塔はここから四つ下だね。まあ、行けば解るよ」
俺の服から這い出ながら、リッツが説明する。
俺の肩から抜け出したリッツは、大きく背伸びをすると、リィズランの肩に飛び移った。
「っと、どれどれ……ああ、リィズランも青の塔だね……13号室……これおんなじ班か」
「そうね、多分レックス辺りが気を利かしてくれたんじゃない?」
「あー、なーる。あの人相変わらずリィズに甘いなぁー」
リィズランの紙を覗き込むと、確かにリィズランも青の塔13号室に指定されている。
まあ、リィズランとリッツが居れば、ここの勝手が解らないという事も無いだろう。
「んじゃ、とっとと行きますか。もうマスターも行っちまったみたいだし」
いつの間にか、クラリッサはすたすたと歩き出している。
新入生の人垣の中に、どんどん分け入っていく。
「ああ、もう、地図も持たずに何やってんのよあの子!」
慌ててリィズランが小走りで追いかける。
「……やれやれ……」
面倒だが、はぐれる訳にもいかない。
俺も溜め息をつきながら、小走りで2人の後を追いかけた。
◇◆◇◆◇
「青の塔13号……ここか」
数十分後、俺達は青の塔の四階にある、13号室の前に立っていた。
幸い、青の塔は簡単に見つかった。
青の塔の周囲には、似たような形の塔が並んでいて、それぞれ赤、緑、藍、黄、ピンクに色分けされている。
それが区画の中央にあるのだから、否応なく目立つ。
「で、ここにお前らの班のメンバーが居る訳だな?」
「まあ、来てれば……だけどね」
柄にも無く緊張してるのか、リィズランの声が上擦っている。
「じゃ、入ろ」
クラリッサが、部屋のドアに手をかける。
「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備」
「おじゃましまーす」
リィズランが慌てて止めるが、聞こえている筈のクラリッサの手は止まらない。
リィズランの意向を無視し、勝手に扉を開いた。
「……お、来たな」
部屋の中から声が聞こえる。
「うん、来たよ」
クラリッサの後ろから、部屋を覗き込む。リィズランもクラリッサの後ろにしがみつきながら、部屋の中に首を突っ込んだ。
円卓が置かれた部屋の中には、4人の人間が居た。
一人は、黒い梟を肩に止めた、青い髪の少年だ。鎧を身に纏い、大きな剣を背中に背負っている。
攻撃的な見た目に反して、やけに肌が白く、整った顔つきだ。
二人目は黒いボサボサ頭の青年。
身に纏っている服も黒く、どこか掴みどころの無い雰囲気を醸し出していた。彼は、部屋の隅であぐらをかきながらニコニコしていた。
三人目は黒髪の少女だ。窓際にもたれかかりながら、本を読んでいる。一向にこちらを気にする気配がない、しかし、気が付いてないという訳ではなく、意識的に無視しているのだろう。
少女の後ろには、白く和装に銀髪の女が立っている。恐らくは少女の使い魔なのだろう、赤い目が光っているのが、彼女が人間では無いことを物語っていた。
彼女は主人と違い、こちらに気が付くと礼儀正しく頭を下げて来た。釣られるように、クラリッサとリィズランも頭を下げる。
最後の四人目は、薄い茶髪の少年だ。
大きな杖を背負い、ローブを身に纏っている、典型的な魔法使いという出で立ちだ。
一人だけ円卓に座り、背筋を伸ばしている。緊張しているのか、がっちがちに固まっていた。
「よし、これで六人全員揃ったな」
部屋の隅に居た青年が立ち上がり、円卓に腰掛ける。
「なにしてんだ? 来いよ」
そして、青年がトントンと指先で机を小突くと、それに答えるように集まる。
全員が円卓に腰掛けると、青年は腕を組んで話し始める。
「さて……で、何を話すんだっけ?」
「だれを班長にするか」
青年の疑問に、青髪の少年が答えた。
「ああ、班長決めか……班長っつーのは、要するに、ここにいる全員のまとめ役って事だろ?」
「そうね、班の活動の指揮と管理、教師との連絡役なんかを担当する役職よ」
「そうか、はぁ……」
リィズランの言葉に、小さな溜め息をつきながら、青年は頭を掻く。
「最初に言っとくが……」
「何?」
リッツが先を促す。
青年は頭に当てていた手を机の上に置き、周囲を睨む。
「俺はやらんぞ」
格好付けながら言うことじゃ無いだろそれ……
「私もごめんだわ」
「私だってやりたくないわ」
「……僕も遠慮したいかなぁ……なんて」
「嫌」
「やる気無いや」
彼に続くように、他の5人も好き勝手に言い始める。
「めんどくさっ!」
俺とリッツの声が重なる。
揃いも揃って協調性0かこいつら!
「絶対にやらんぞ!」
「そんな事言われてもね」
「私だってお断りよ」
「こうなってくると絶対やるもんかって気になるわ!」
「こんな人達のまとめ役とか絶対に無理だ……」
「今日の晩御飯はカレーにしようかな……」
お互い退く気は全く無いらしい。クラリッサに至っては心ここに在らずだ。
…………
本当にめんどくさっ!
険悪な空気に耐えられなくなったのか、リッツが俺の肩に避難してくる。
「…………うん」
「…………ああ」
「……はあぁぁぁ……」
俺とリッツは、お互いに顔を見合わせ、深い深い溜め息をついたのだった。