No.15 ヴィランティアラへ
「とうとう今日……あいつ等はどこにいるのかしら……」
金の糸で模様が縫い込まれた、白い法衣を身に纏ったエルヴィラが、溜め息をつきながら窓の外を見つめる。
窓の外では、層になったヴィランティアラの街並みや、周囲の景色が一望出来る。
山に匹敵する高さを誇るヴィランティアラの最上階から見る景色は、雄大そのものだった。
一番上層の管理区はすぐ近くに見えるのに、大地は霞んで見える程に遠い。
このある種幻想的な景色は、ヴィランティアラならではのものだ。
今日は年に一度の特別な日とあり、窓の外の景色も一際輝いて見えた。
しかし、それに反してエルヴィラの心は、光に当てられて伸びた影のように暗い。
クラリッサ達がヴィランティアラに来たという知らせが、未だに彼女の元に届かないからだ。
あの転送を行った日から既に二日が経ち、遂にヴィランティアラの入学式を迎えてしまった。
個人の都合で遅れてしまったならともかく、今回は自分に原因がある。
エルヴィラは、今までに無いくらい落ち込んでいた。
「はあ……やると言ったらやる女、一生の不覚……」
だるーんと、窓の縁にもたれるエルヴィラ。
それを端から見ていた男が抱え上げた。
「はいはい師匠、そんなみっともない姿、新入生の前で晒さないで下さいね」
「そんなこと言ったってさぁ~。レックス、もうあんたが校長やれば良いじゃない。私はもうだめだぁ~」
じたばたと、レックスと呼んだ男の腕の中で、力なく暴れるエルヴィラ。
しかしレックスは、ニコニコと微笑みを浮かべたまま、全く取り合おうとはしない。
「はいはい師匠、もうすぐ式が始まりますから、会場に向かいますよー」
「いーやーだーぁぁぁ」
レックスに引かれながら、校長室を後にするエルヴィラ。
ぱたんと、静かに扉が閉まり、校長室は朝の静けさに包まれていった。
◇◆◇◆◇
「なるほど、あれが……」
水の樹海の中心にある塔『水巻きの塔』が見えて来た。
リィズランの説明によると、水の樹海はヴィランティアラの最下層に位置しているらしい。
水の樹海は、ヴィランティアラ全体に水を供給する役目を果たす、言わば貯水池の役目を果たす区域で、周辺の大地から流れ込む水を清浄化させ、ヴィランティアラ全体に水を汲み上げるシステムが組み込まれている。
そのシステムの一つ、水がヴィランティアラに流れていく為の水道管の役目を果たしているのが、水巻きの塔らしい。
水巻きの塔の内部は、新鮮な空気を通して、水の腐敗を防ぐ為の空洞があり、そこを通ってヴィランティアラ上部を目指すというのが、リィズランの提案した作戦だ。
そして今俺達は、その作戦を実行すべく水巻きの塔を目指している、という訳だ。
「しっかし……」
俺は足元を眺めた。
あぐらをかいた足の下には、青い鱗が規則正しく並んでいる。
「よしよし」
クラリッサが、髭を撫でると、長い体が嬉しそうに震えた。
「まさかマスターがドラゴンを調伏しちまうとは……」
俺達は、前戦ったドラゴンの上に乗って空を飛んでいる。
一体クラリッサとドラゴンの間に何があったのか解らないが、完全にドラゴンはクラリッサを主として認識してしまったらしい。名前はアルガンというらしく、もはや完全にクラリッサの意のままだ。
「凄いよね、クラリッサ……」
俺の内心を察したのか、肩に飛び乗ったリッツが呟く。
「ああ、全く」
リッツと顔を見合わせ、お互いに溜め息をつく。
「リッツ、悪魔、そろそろ突っ込むわよ、しっかり捕まってなさい!」
後方から箒で追随しているリィズランが檄を飛ばす。
それに合わせるようにして、アルガンが下降しながら加速した。
「引我天結!」
リッツを手に掴み、クラリッサに向けて魔法を飛ばす。
光の線がクラリッサに張り付いたの確認し、思い切り引っ張る。
「ほへ?」
クラリッサの体が宙を浮かび、こちらへと引き寄せられた。
そのクラリッサの体を受け止め、懐にリッツを放り投げる。
「しっかり持ってろよ! 晶球壁!」
空いた右手で、アルガンの鬣を掴んだ。
次の瞬間、アルガンの体中に振動が走る。
勢い良く水巻きの塔にぶち当たり、壁の一部を破壊したのだ。
晶球壁の境界面を、瓦礫と水が踊った。
それがバラバラと四散し視界が開けると、既にそこは塔の内部だった。
内部は暗く、光源は全く無い。しかしアルガンが穴を開けたおかげで、何とか辺りの様子は伺える。
内部の構造は思いのほかシンプルで、筒状の空間が上下に伸びているだけだ。
不思議なことに、その塔の壁の内側を、水が重力に逆らい上へ上へと登っている。
「……もう何でもありだな」
呆れて物も言えない。
「あーくまぁぁぁっ!」
塔中に、リィズランの声が響き渡る。
「受け止めなさーい!」
見上げると、上からリィズランが落ちてくる。
「ちょっ!」
リィズランは真っ直ぐ、俺がクラリッサを抱えている左腕に落ちてきた。
衝撃と重みで、腕が千切れそうだった。
「ふっ! ぐおおおっ!」
俺の腕の中にいるクラリッサが、リィズランとリッツを更に抱きかかえている。
リッツはともかくとしても、いくら小柄といえ、二人合わせた重量はかなりのものだ。
「あー快適快適」
「だっこしたげる」
クラリッサの腕の中で、リィズランが丸くなる、クラリッサも、まるで自分の子供でも抱いているように、リィズランを抱きしめたまま動こうとしない。
畜生め!
「アルガン」
クラリッサが声をかけると、アルガンの体がしなる。
バネのように体を折り畳み、跳ねるように上へと飛び上がった。
「わー」
「速い速い。この分じゃ直ぐね」
「……保てよ俺の腕……」
「……頑張れセシリア」
アルガンが開けた穴からこぼれる光が届かなくなっていく。塔本来の闇の中を、アルガンは駆けていった。
◇◆◇◆◇
「裂空!」
「破断!」
タイミングを合わせ、俺とリィズランが魔法を放つ。
闇に亀裂が走り、光が零れた。
「さあ、いっけー!」
リィズランが、威勢良く雄叫びを上げた。
答えるようにアルガンが、一気に亀裂にぶち当たる。
一瞬の衝撃はあったものの、アルガンはスピードを落とすことなく、一気に天井をぶち破った。
「うおっ!」
暗い所から、急に明るい所に出たので目がくらんだ。
「わー」
腕の中で、クラリッサがキョロキョロと辺りを見回す。
「セシリア、凄いよ」
「ああ? どうした……って……」
クラリッサに服を引っ張られ、辺りを見渡す。
そこに広がっている光景に、俺は言葉を失った。
「…………何で地面が……」
地面を見下ろす、すぐ下には、レンガ造りの広場のような空間が広がっている。その中央にある噴水が大破していた。
という事は、あそこから俺達は出てきたのだろう。
そして、もう一度確かめるように、辺りを見渡す。
先へ先へ延びている地面、それが途中で切れていて、崖みたいになっている。
まあ、そこまでは普通。普通の崖だ。
問題はそこじゃない。その崖の向こうに広がっている風景が異常なのだ。
「なんで……なんで山の頂上が地面より下にあるんだ!?」
その先に広がっていたのは、海では無かった。
その先に広がっているのは、空だったのだ。
まるで、その地面だけが浮いているように、山と同じ高さにある。
霞む程遠くに、更に大地が見えた。
「はぁ……何言ってんのよ悪魔?」
まだクラリッサに抱きかかえられているリィズランが溜め息をつく。
「だから言ったじゃない。ヴィランティアラは塔なのよ。そしてここは、その最上層部、育成区画の第3区。今入学式があってる筈の大講堂はここから2つ上に行ったとこよ」
リィズランが上を差しながら説明する。
「ま……まさか!?」
慌てて上を見る。
「………嘘だろ?」
頭上に、まるで大岩のような土の塊が浮かんでいるのだ。
つまり……
「そ。ヴィランティアラは、浮いた地面が層の形になって、塔を象ってる……って訳よ。まあもっとも、この周りには結界があって、外からは本当にレンガ造りの塔に見えるんだけどね」
リィズランが鼻を高くしながら説明する。
「てことは……この下にも地面が……?」
「とーぜん。大小全部併せて、その数153層528大地! 地下まで合わせれば283階層793大地! この塔一つで国と言って差し支えない規模よ」
「……………………」
アホか……
開いた口が塞がらないとはこのことである。
こんな大掛かりな施設、俺の知る限りでは魔界のどこにも存在しない。
リィズランの言が本当ならば、天界にある神の城、虹の階にも匹敵する規模だ。まあ当然といえば当然と言えるだろう。
魔王城なんて、どこから見ても、ただひたすらにどす黒いのと、無意味だが少し変形が出来るのだけが自慢なのだ。
「さ、こんな所でぐずぐずしてる暇は無いわよ。クラリッサ!」
リィズランの言葉にクラリッサが頷き、アルガンのウロコを叩く。
アルガンが首を曲げてこちらの方を向いた。
「アルガン、2つ上までお願いね」
クラリッサの言葉に、アルガンが少し目を細める。
そして、ぐるりと回り、上の大地へと勢いよく飛び上がった。