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ふぁみふぁみ!  作者:
13/20

No.13 水の樹海

「いっ……てぇ……」


後頭部がやけに痛む、ゆっくりと目を開くと、天井の一部が見えた。

ひっくり返ってしまったらしい。


「よっ……こいしょ……っと」


どうやら揺れは収まっているようだ。

俺は、勢いをつけて立ち上がる。


積み上がっていた本や道具が散乱し、家具が滅茶苦茶に倒れてるベランダを見渡す。


「マスターは……っと、居るな」


家が揺れた直後、晶球壁グローブフィールドを張ったお陰で、クラリッサは無事なようだ。昼飯のラスクを平和そうに食べている。

しかし、こいつは驚くって事を知らんのか……


クラリッサは、俺に見られているのに気が付いたのか、こちらと、手にしたラスクを交互に眺めると


「……あげないからね」


と言って、ラスクをしっかりと抱え込んだ。


「…………」


いらねーよ!


クラリッサから目を逸らすと、その視線の向こうにある本の山の中から、足が二本生えている。


ああ……そう言えばあいつが居たか……


気にかけても居なかった為、すっかり失念していたが、この部屋にはもう一人人間が居た。


「あーらら、こりゃ死んだかもな……」


足を見て、そう零す。


この部屋の本は、辞典や写真集などやたら重たい本ばかりが重なってたな。

その足の周りにひしめく本を見て、俺はそんな事を思い出していた。


「死んでないってさ」


足元で声がした。

見やると、リッツが本の表紙の上で、気持ちよさそうに丸まってる。


「死んでないか」


「うん、そう言ってるよ」


仕方ない、足を掴んで、本の山から引っ張り上げる。

勿論、中から出てきたのはリィズランである。


なるほど、確かにボロボロだが生きているようだ。


「…………けほっ……」


「よう、おはよう」


「…………あぁーくぅーまぁぁぁあ?」


俺の顔を見るなり、わなわなと震え出すリィズラン。

何故かは解らないが、俺に怒りを覚えているようだ。


「……なんだよ?」


俺に足を掴まれ、宙ぶらりんの姿勢のまま、リィズランがクラリッサを指差す。

クラリッサはラスクをもう食べ終えたのか、晶球壁の中で本を読んでいる。


「あれはどういう事よ!?」


「どういう事って……本を読んでいるな」


質問の意図が解らない。


「じゃなくて、あのシールド!あんな便利なもんあるならもっと早く出しなさいよ!」


「ああ」


要するに、リィズランは晶球壁を使われずに、自分だけが酷い目にあったのが許せないらしい。


「すまんな、マスター以外の事は割とどうでもいぐふぅ!」


返答の途中で、リィズランの肘が俺の脇腹に食い込んだ。

激痛が走る。


「…………つっ……!」


言葉にならない。

思わず脇腹を抱えてしゃがみこんでしまう。


「猛省しろっ!」


俺の手から逃れ、器用に地面に着地すると、リィズランはそこらへんに散らばった物を押しのけながら歩いていく。


……なんだあいつ……


「……そのうち慣れるよ」


いつの間にか、リッツが肩に止まっていた。

慰めるように、俺の頭を叩く。


……出来るなら、慣れたくない世界だった。









「……どこだここは……」


お互いの安全を確認した俺達は、とりあえず現在地を把握しようと言うことになり、窓から辺りを眺めてみた。

窓の外には、とても奇妙な光景が広がっている。


そこは、平原だった。

緑と言うよりは黄色に近い、柔らかな発色をした草が生えている。

なだからな丘が所々に見受けられる他は、目立った隆起は無く、平坦な地面が見渡す限り広がっている。


薄い霧が立ち込めているのか、平原の向こうは薄いピンク色の靄に包まれていて、何があるのかすら解らない。

どうやら、靄は空にも広がっているようだ。空もうっすらとピンク色に染まっている他は、雲も太陽も見えない。


そして、その風景の中で、最も普通じゃない奇妙な点、それは水だ。


一つ目は平原のそこかしこに、小さな川が流れている事だ。

川と川が繋がり、別れ、平原が川で区切られている。

ウロコのような地面が分かれている様は、小島がひしめき合っているようにさえ見えた。


しかし、川の幅はとても狭い。

太いものでも歩幅程もなく、雨水を流す為に掘った溝のようにしか見えなかった。


2つ目は、その川に、空から直接水が流れている事だ。


良く見ると、空から川に向かって真っ直ぐ降りる、糸のようなものがあちらこちらに見える。

一番近くのそれを見ると、どうやらそれは水の流れである事が解った。


つまり、天から直接川に向かって、滝のように水が流れているようなのだ。


「おいおいおいおい……」


もはや、現実なのかどうかさえ、疑ってしまいたくなる光景だ。

しかし、頬をつねってみても、普通に痛いだけである。


窓から外に飛び出して、近くの川へと近づいてみた。

川の水はとても綺麗で澄み切っていて、魚も居ない、まるで、水が流れる為だけに存在しているようだ。


手を入れてみても問題なし、掬って飲んでみても、普通の水だ。


「この水美味しい」


いつの間にか、隣でクラリッサが水を飲んでいる。

クラリッサは水の味が気に入ったらしく、水を飲んだり掬って眺めたりしている。

まあ、その気持ちは解らなくない。確かに俺も、ここに流れている水の味は美味しいと感じた。


「今日鍋にしようか?」


もう晩飯の話かよ。


「好きにしろよ」


「うん」


クラリッサは、そう言うと川に目を移す。


「ここって……」


背後から声がする。

後ろを振り向くと、リィズランが神妙な顔をして腕組みしていた。

何か思う事があるらしく、辺りをゆっくりと観察している。


「どうした?心当たりでもあるのか」


俺の問いかけに、リィズランは一層顔を難しくしながら答えた。


「私も来たことは無いからはっきりした事は言えないけど……多分ここは水の樹海ね」


「水の樹海?」


リィズランが頷く。


「ええ、ヴィランティアラの塔の地下深く。そこに広がる『大地』よ」


「大地?」


クラリッサが、首を傾げる。


「地下に?こんな空間が?」


それに繋がるように、俺も疑問の声を上げる。


地下にこんな地上とそっくりな空間があるとはどうしても考えづらいものがあった。

靄に包まれているとは言え、平原は延々と続いているように見えたし、空もあるように見える。

何より、この明るさと、新鮮で駆け抜けるような風の流れが、地下という空間には全く不似合いなのだ。


しかし……

この空間を上から下に流れるあの水は、確かにここが地下なら十分にあり得る。

つまり、地上から地下に流れ込んでいる水が、ここに真っ直ぐ落ちて来ているのだろう。


「つまり、なんだかんだでちゃんとヴィランティアラに転送したって事か……」


「居住区じゃないから、多分転送自体は失敗だと思うんだけど。もう、流石と言うより他無いわ……」


リィズランが、複雑な表情を浮かべながら溜め息をついた

失敗したとはいえ、あのへべれけの状態でも、ちゃっかりヴィランティアラに送ってる辺り、人間離れしている。


例えるなら、寝起きで食事をしながら、綱渡りをしているような荒業である。

運が実力か、どちらにしてもそう有り得るものじゃない。


「で、そのエルヴィラは何か言ってた?」


俺達が周辺の探索をしていた間、リィズランはエルヴィラからの指示を仰いでいた筈である。

ここがどこであれ、もう一度転送出来れば問題は無いからだ。


しかし、リィズランが右手を上げると、そこには半壊し、小さく煙を上げる通信機が握られていた。


「どうやら、さっきの衝撃で壊れちゃったみたいね。だから、なんとかして私達だけで上に行く必要が……」


そこまで言ったリィズランの顔が途端に固まり、血の気が引いていく。

その目線は、俺の後ろの空を向いているようだった。


「ねえ、セシリア」


川縁に腰掛け、足を川に泳がせてクラリッサが、俺のズボンを引っ張っている。


「おっきな蛇が居る」


猛烈に嫌な予感に苛まれながら、ゆっくりと後ろを振り向く。

体中の骨が、錆びた鉄同士がこすれ合うように、ギギギと鳴っているような気がした。


それは、俺のすぐ後ろに居た。


赤い鬣に金の瞳、海のような青緑色のウロコが眩しい、宙を舞う巨大な大蛇。



ブルードラゴン



獰猛な水域の守護神が、俺を見下ろしていた。

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