No.11 軽傷、出血多し
「ふっ、ぐふっ……不覚……」
あー……不覚というか……
蒟蒻より弱い事では他の追随を許さない筈だった剣、刃戒剣ウィナケアは、なぜかクラリッサが扱うと驚異的な威力を発揮した。
ウィナケアの刃は、カイムの上半身を斜めに切り裂き、大きな傷を作っている。
位置が良かったのか、命に関わるダメージは負っておらず、骨も臓器も無事のようだが、出血が意外と多く、なんというか……
エグい。
「……柔らかくならない」
カイムを斬りつけた張本人であるクラリッサは、ウィナケアを振り回しながら、不満げに呟いている。
動じてないのか解ってないのか、恐ろしい程のマイペースっぷりである。
「おい、大丈夫か……?」
カイムに近づき、様子を窺う。カイムは、傷口に手を当てて、魔力を送り込んでいた。
魔力が肉体を構築し、物凄い勢いで体が治っていく、いつ見ても痒そうな光景で好きになれない。
「ああ、大丈夫だ……」
全然大丈夫そうには見えないが、傷は確かに塞がっている。
まあ、仮にも天使なのだから、この位で死ぬ筈もない。心配するだけ野暮か。
「し、しかし貴様ら……人が説明している途中で、何を勝手に振り回しているんだ……」
「いや、なんつーか……正直悪かった」
「……まあ良い……」
ようやく全ての傷を消し終え、カイムの手が胴から離れる。しかし、まだ立ち上がるのは難しいらしく、首だけをクラリッサの方に向けて話しかけた。
「本屋」
カイムの言葉に、何を思ったのかウィナケアをガジガジと噛んでいたクラリッサが反応する。
「ん?あ、カイムさん大丈夫?」
「ああ、幸い大した怪我じゃない」
血の海で横たわりながらよく言う……
まあもっとも、この状況で呑気に『大丈夫?』なんて声をかけるクラリッサもクラリッサである。
「ところで本屋……その剣をセシリアに渡してくれ……」
カイムの指示通り、クラリッサはウィナケアを鞘に収め、こちらに手渡してくる。
「セシリア、今日からその剣を使ってくれ」
漸く落ち着いて来たのか、上半身を起こしながら、カイムが話す。
と同時に、カイムの天声が、俺頭に響いた。
《いいか、今後ウィナケア以外を武器として使うな。魔導媒体も同様だ。それを使っている限り、物理攻撃でも魔法攻撃でも、相手の命を奪う事は無いだろう》
薄々感づいてはいたが、これがカイムの言う条件か。
確か、持ち主の気の持ちようで威力が変わる剣だったか。まあ確かに、これを使えば、殺したくても蟻一匹殺せないだろう。
しかし正直言って、あまりに不便過ぎる。協会を出たら、いっそ捨ててしまお……
《そうだ。常に監視しておくから、下手な事は考えるなよ。お前の魂は覚えたからな、世界中どこに居ようとお前の様子は探る事が出来る》
…………
こちらの思考を読んだのか、カイムが天声で釘を刺してくる。
……なんか今、著しいプライバシーの侵害を宣言された気がするが、聞かなかった事にしよう。
ていうか、今なら不意打ちでカイムを殺せる気がするんだがどうなんだろうか。
《お前、今良からぬ事を企んでいるだろう?》
また見透かされた。
《言っておくが、ここでお前が戦っても勝ち目は無いことぐらい解っているだろう?手負いだが、まだこちらが有利な状況である事には変わりないぞ》
《……仕方ない。これを使ってけば良いんだな?》
こうなったら、条件を飲むしかない。
俺は頷いて
「ああ、有り難く貰っておこう」
と答えた。
《うむ、使い方に関しては、おいおい天声で指示してやろう。ウィナケアにも、私に天声を送る機能がある、活用すると良い》
《そりゃ有り難い》
正直、天使とテレパシーで繋がる機能なんて要らないのだが、まあ今後はこの蒟蒻ブレードを使っていかなければならない以上、必要になる事もあるだろう。
出来ればその機会は、一生来て欲しくないが。
「じゃあ、私帰るね」
いつの間にかドアを開けて、もう半分外に出ているような状況で、クラリッサが手を振っている。
「……ああもう、あいつは」
俺をこんな聖気の充満した所に置いてくつもりか。
正直勘弁してくれ。
「じゃあな」
俺が手を上げると、カイムも小さく頷いて答える。
そして俺は、いよいよ聖気に耐えれなくなり、急いでクラリッサの後を追ったのだった。
◇◆◇◆◇
【オマケ】
「あ、お帰……りぃ!?」
「もう、あんたらどこ行ってたの……よ……」
「……………」
「……………」
「ただいま」
「ん?どうしたお前ら」
「どうしたもこうしたも……」
「何よその返り血……」
「ああ…………」
「うん…………」
「…………」
「…………」
「………………………………………」