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ふぁみふぁみ!  作者:
10/20

No.10 蒟蒻より弱い……

エルヴィラ曰わく


「家を移すのに準備が必要だから、1日頂戴」


との事で、出発は明日以降、という事になった。


リィズランは、『なんで私がこんな事やらなきゃならないのよ!』と愚痴をこぼしながらも、家の周りや壁に転移陣を描き、時空安定機や空間軸指定鋲などを設置する作業に追われている。

凄いのがリッツの能力で、リィズランが『開門』させると、本当に何でも出て来る。

『コイツ一匹で家が建つわよ』というリィズランの言葉も、あながち嘘では無いかもしれない。


俺はクラリッサに言いつけられて、あちこちから植物をかき集めてきたりしていたのだが、夕日が差し込む頃合いになると何もする事がなくなり、リビングで本を読んで過ごしていた。

本当に、探せば本がどこにでもある家で、読み物には事欠かない。まあもっとも、半数以上が俺の知らない言葉で書かれていた訳だが……


ちなみに、クラリッサは昼過ぎから書斎にこもって出て来ない。俺が召喚された、あの部屋である。

物音一つ聞こえないが、一体何をやっているのか……







「出来た」


夕食が終わり、寛いでいると、リビングにクラリッサが現れた。

手には、赤く分厚い本が一冊抱えられている。


「なんだそりゃ?」


「辞典」


受け取って開いて見ると、確かに辞典である。


「で、この辞典がどうしたのか?」


「私が作ったの」


「はあ?」


もう一度辞典を開いてみる。確かに、紙の作りやインクが妙に真新しい。

今ここで書いた出来映えである。


「凄いな……」


「カイムさんに頼まれてたの。元からある辞典を写しただけだけど」


「いや、それでも凄いだろ」


これには素直に感心する。

ただでさえ結構な技術を要する写本を、辞典クラスまで仕上げてしまうのだから驚きだ。


本来ならば、一人でするような作業量では無い。


「で、これを届けるから付いて来て」


「ああ、解った」


主人の命令である、断る理由は無い。

俺は、辞典を脇に抱えると、外へと歩くクラリッサに着いていった。



◇◆◇◆◇



「って……協会かよ……」


「ん?」


クラリッサに連れられて夜道を歩き、連れられた先は、小さいながらも純度の高い聖気に満ちた協会の前だった。


俺だって腐っても悪魔である、こんな聖気に当てられたら気分が悪くなるし、協会の人間にこの角を見られるのは具合が悪い。


「カイムってのは、協会に居るのか?」


「うん。前までここには誰も居なかったけど、気付いたら住んでたの」


勝手に協会に住んでるのか……

にしては妙に聖気がキツいのが気になるが、協会関係者じゃないだけマシだろうか……


「行こ」


クラリッサは、こっちの葛藤などお構いなしに、協会の扉を開きながら手招きしている。

まあ、ハナからこちらに選ぶ権利なんて無いということか……


仕方ない。俺は諦めて、協会に足を踏み入れた。


「カイムさん、居るー?」


返事も待たず、ずけずけと中に入っていくクラリッサ。俺も黙って、後に従った。


つーか聖気きっつ……晩飯リバースしそう……


「本屋か。それと……」


奥の扉が開き、中から人影が現れる。

黒い服を身に纏った、金髪の長い髪をした細身の男だ。

こいつが件のカイムという奴だろうか、全身から不自然な程の聖気を放っている。


聖職者でも、ここまでの聖気を纏えるものだろうか。正直、冗談抜きで気分が……


「ふむ……」


男は、クラリッサと俺を交互に見つめると、何かを納得したように頷き、軽く会釈をした。


「こんばんは、カイムさん」


クラリッサも応じるように頭を下げる。

やはり、この男がカイムらしい。


「うむ、で、本屋よ。何用だい?」


「頼まれてた本が出来たから持ってきたの」


カイムの質問に、俺の脇にある辞典を指差しながら、クラリッサが答える。


「……随分と早かったね。で、そこの男は?」


カイムの目線が、こちらへと向く。若干の警戒をはらんだ、探るような目つきだ。


「セシリア、私の家族」


「家族?本屋は孤児と伺っているが?」


「うん、昨日から家族になったの」


「…………………」


クラリッサの素っ頓狂な返答に、明らかにカイムが困惑する。

ああ、やっぱり変なんだな、コイツ……


そんな事を考えていると、頭の中に声が聞こえて来た。


《セシリアとやら、どうなっている?》


……………


辺りを見渡して見ても、人影は見当たらない。

と、なると、この声の主は……


《察しの通り、私だ》


カイムだった。


「なっ!おまっ天……」


《黙れ!消すぞ!》


《わ、解った……》


ここで戦っても俺に勝ち目は無い、俺は黙って、カイムのテレパシーに応じた。


目の前に居るカイムという人物は、信じがたい事であるが、正真正銘の天使のようだ。

天使を初めとする天界の連中は、天声というテレパシー能力を持っている。

そのテレパシー能力が使えると言うことは、少なくともカイムは、天使か神か、天界の連中だと言うことである。


《で、悪魔よ。どういう事だ》


何故か、カイムは天使という身分を隠したいらしく、俺とのテレパシーでの対話がお望みらしい。

いきなり襲いかかられたら困るのはこちらだ、こういう展開はありがたい。かくして、天使と悪魔の密談が始まった。


《どういう事も何も、こういう事だよ》


《見たところ相当の力を持った悪魔のようだが、何故こんな状況に陥ってるのだ。本当に本屋の家族をしているだけなのか?》


《ああ、俺も信じられんがな》


《本屋は悪魔の力を悪用しようとしてないのだな》


《するように見えるか?》


《見えんな》


《だろ?》


《……悪魔。取引だ》


《取引……黒いなお前。本当に天使か?》


《黙れ。私も天使という身分を隠す身だ。ここで事を構えるのは私も避けたいのだ》


《そりゃ、俺だってこんな事で死にたくは無いが……》


《よし、良いな。これから私が提示する条件を受け入れろ。そうすればこの場は見逃してやる》


《何だよ?条件って》


《今に解る》


というやり取りを、俺とカイムは数秒の間に交わした。


天使とは思えない程強引な奴である。

いや、いきなり襲いかかって来ないだけ物わかりが良いのだろうか。


いずれにしても、条件というのを受け入れるしかない。


「セシリアといったな」


白々しく、カイムが話しかけて来る。

その手には、いつの間に用意したのか、白い布の塊が握られている。


「これをやろう」


白い布を剥ぐと、中から現れたのは、鞘に収まった、一振りの剣だった。


「わー」


クラリッサが、脇から興味深そうに覗き込む。


「抜いてみて」


言われるがまま、鞘から刀身を抜き放つ。


「これは……」


一言で言えば、奇妙な形の剣である。

刀身は短く、刃渡りは40cmも無い。短剣にしては大きめだが、剣というには少しばかり小振り過ぎる。

更に特徴的なのは、その形である。


四角いのだ。


切っ先と呼ばれる、先の尖った部分が完全に切り取られ、刃全体が均一の太さの、長方形の形になっている。

刀身に刻まれた模様もどこか特色的で、刃の下半分は普通の剣と大差ないのに対し、上半分は剣の腹に四本、縦の溝が彫られている。


「……なんだこりゃ?」


果たしてこれを剣と呼んで良いものか、果てしなく疑問である。


「刃戒剣ウィナケア、と名付けた。正直言ってノリで作った失敗作の部類なのだが……」


「ちょっと待て、ノリ?失敗作?」


「そうだ。ちょっとそれで、私を切ってみろ」


そう言いながら、自身の胸をトントンと小突くカイム。


「良いの?セシリア、やろ」


何故か、クラリッサが目を輝かせている。


「まあ良いか……」


切れと言うなら切ってやるさ。


剣を構え、一閃。ウィナケアの刃は、カイムの体に当たり……



くんにゃり



と、思いっきりカイムの体の上を滑って通り過ぎた。そして、プルプルと震えながら、何事も無かったように元の形に戻る。


「どうだ?」


「『どうだ?』じゃねーよ!何だ?何だこれ!?蒟蒻かなんかか?」


あり得ねー!

あんなにくんにゃり曲がったら、何も切れねえだろ!


「凄い凄い」


クラリッサは、一人楽しそうである。

手品かなんかを見せられたみたいに、はしゃいでいる。


「ふふふ、これは持ち主の心情に反応する剣でな、持ち主の心が邪であるならば、この剣は驚く程弱くなり、持ち主の心が正しければ、この剣は驚く程強くなる」


カイムは上機嫌で何かを説明している。


「ね、ね、私も」


「ああ、やってみるか」


クラリッサが俺の服を引っ張ってねだってくるので、俺はウィナケアをクラリッサに渡す。

クラリッサは剣を引き抜き、こんこんと刀身を叩いたりしていた。


「いや、しかしこの調整が極端過ぎてな。弱い時が本当に弱い。それこそ蒟蒻なんか比較にならない程柔らかくなってしまってな、私としても使いどころに困っていた所なのだが、お前のような脅威に対する抑止力としては丁度良いと思っ……」


「たー」


ノリノリで講釈を垂れるカイムに、クラリッサがウィナケアを振り下ろす。


すると、ウィナケアはカイムの体に吸い込まれる様に入り


さっくりと


切れた


「あ」


「切れた」


「う、うおおおおおおおおおおおお!」


夜の街に、カイムの絶叫がこだました。

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