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父の恋と愛

作者: 如月冬華

 僕は娘を愛している。 親なのだから、それが当たり前だと思ってるし、それが悪い事だとも思ってない。

 僕の一生をかけて、娘を守り抜くつもりだけど————————……実際は僕一人の押し問答、僕の決意に意味はない。


 ずっと傍にいると誓っても、結局僕も娘を置いて立ち去る運命だ。

 娘の本当の幸せを、間近で見続けられるわけじゃない。


 精一杯愛情を娘には、注いできた。

 幼い頃は嬉しそうだったのに、成長するにつれて嫌がられるようになってきた。

 抱き締めたり、頭を撫でたり、愛を囁きたいのに、娘はもう無言の否定しかしてくれない。


 子供は、親離れしていくものだ。

 こうなると知ってはいた————————知ってはいたが、こうも唐突に離れるとは知らなかった。

 現実は残酷だ……今の関係性は何時かは終わるのだと、それが明日かもしれないと理解させられた。


 僕はどうして、彼女の父親として生を受けたのだろう。

 父親ではなく他人であれば、今の僕と全く別人として生まれていたら、気兼ねなく愛してると言えて……ずっと君を傍で守るって、そう言えたのに残念だ。


 父である限り、娘より先に死ぬ。 それは変えられない事実だ。

 娘を生涯守り続けられる人は、僕じゃない。

 辛い事だが、娘が離れていくのは仕方のないことだ。

 だけど、はい、そうですかと簡単に離れられるものでもないだろう。


 容易く切れる程、親と子の関係性は脆くはない。 

 まだだ、まだ————————娘を守る役目は僕の物だ。


 学校で優秀な成績を収めたことを褒めてやりたくて、頭を撫でようとした。

 でも、触ろうとしたら手を弾かれてしまって、胸が痛んだ。


 これが子離れかと痛感したが、唐突に理解できるものでもない。 僕はまだそこまで気持ちに整理がついていたわけではないのだから。

 反射的に怒鳴りそうになったが、娘の顔を見ただけで、そんな怒りは霧散してしまった。

 どれだけ反抗的でも、拒絶されても愛しい娘に変わりはない。

 娘の僕への気持ちは変わってしまったかもしれないが、それはつまり僕の気持ちが変わってしまってることにはならない。


 頭を撫でる代わりに、何時の間にか娘の欲しいものを買うことになっていた。

 あまり娘を甘やかすのは駄目だが、まあ今回位はいいだろう。

 僕の娘を褒めてやりたい気持ちに、嘘はないのだから。


 それから、又少し時は進み、僕は人生で初めて娘と対立した。

 家を離れて暮らそうとする娘を引き留めて、喧嘩してしまった。

 柄にもなく怒鳴り散らしてしまって、自分に嫌気が差す。


 僕は、娘をどうしたいのだろうか。

 自分の部屋で罪悪感を抱えながら、自問自答してしまう。


 ————————……娘の幸せが一番、それしかない。


 それしかないんだ、娘が幸せになれる手助けをする、それが父親としての僕の役目だ。

 だから、働いてお金を稼いで、衣食住を整え、彼女のお願いを叶えてきた。


 だが、これから先は娘の人生で、娘が選ぶことで、僕がとやかく言えるものでもない。


 望んだ通りの進路を応援することが一番だ、親元でやれることには限度がある。

 自分で選択するからこそ、行動には意味が生まれる。

 分かってはいる。 先程の言動が、娘ではなく僕の幸せを優先させたものだと。

 娘と離れたくないと我が儘を言ってるだけの、みっともないエゴだと。


 分かってる————————……分かってはいるんだ。 だけど……


 娘がより良い未来に進むには、自分はどうすればいいのか。

 それを考える度に、思考が止まって答えを出そうとしない。 その先の答えを分かりたくないと目を逸らしている自分がいる。


 だけど、僕の部屋に来て涙ながらに言葉を重ねる僕の娘を見たときに。

 自分の意見と価値観を持って、僕を説得しようとする高潔な心を育んだ娘の姿を。

 僕は美しいとすら思った。


 僕の娘は、何時の間にか可愛い少女から、綺麗な女性に成長していたようだ。

 現実を見てなかったのは僕だけだった。 

 そして、一方的だと思っていた愛は、ちゃんと彼女にも伝わっていた。

 それが分かっただけでも、僕は嬉しい。 彼女は彼女だけの人生を歩み始めている。 


 それにしても。


 ……ああ、僕の娘は何て綺麗な人になっていたんだ。


 我が娘ながら、つくづく痛感させられた。 きっと妻に似たのだろう……。




 近所に住む隣人が、何故か僕に説教をしてくる。


 正しい親子の関係がどうとか、親子で恋愛してはいけないとか。


 何を言ってるのか全く分からない。


 まるで、僕とは見ているものが違うかのようだ。

 親が子を愛することの何がおかしい? 子の安全を願うのは間違いか?

 言葉を重ねても、隣人は理解を示さない。

 穢れている、不純だ、親子の枠をこえようとしてる異常者だと罵られた。


 称賛ならわかるが、何故僕は非難されるんだ?

 親子の間柄で、家から旅立つ娘を抱き締めて、口づけをして、愛を囁くのはおかしいことなのか?

 何があっても味方だ、嫌なことがあれば戻ってこい、そうした言葉をどうして否定するのだろう。


 娘に愛を伝えてはいけないなんて、親子の関係とはどうしてこうも煩わしいのか。

 違う関係性がよかったと、常々考えてしまう。


 ただ、何も考えずに娘の幸せだけを思って、愛を囁ける世界になってほしい。

 何度も願ったが、今の世間の風当たりは冷たいままだ。

 過保護だとか、子離れできていないとか、娘と妻を重ねて見ているとか。

 どうしてもっと純粋な気持ちで、子供の幸せを願ってやらないのか、不思議だ。


 時間が進むごとに、別れが近付いていく。

 僕が手を引いて、連れていける世界はもう少ししかない。

 僕が教えられることも、僕にできることも、残りわずかだ。 年々身体の調子も悪くなってきた。


 もっと長くと、どれだけ引き延ばそうとしても僕の行き先には娘はいない。


 彼女が進める道は、僕とは違う道だ。 横並びで歩いても、一度できた溝は縮まることは無い。

 手を繋いだままいられるのは、時間の問題だ。


 そんな無慈悲な現実に、胸が苦しくなってくる。


 娘が男を連れてきて、本格的に別れを自覚するようになってきた。

 でもそれが、僕はもういらないとでも言われてるように感じて、拒絶してしまった。

 娘はやらんなんて、自分勝手な言葉を投げていた。

 僕は生涯娘を守れるわけじゃない。 それは昔からずっと分かってる。


 娘が選んだ男だ、彼こそ娘を生涯守ってくれる運命の相手なのだと。

 娘より長生きできない僕ではなく、彼こそが娘を生涯守り幸せにするであろう男であると、理解はできる。


 理解はできるが————————簡単に娘を渡すわけにもいかない。 


 今まで、ずっと僕が守り続けてきた宝物を、娘が許してるからと安易に手渡すなんて、無責任なことはしたくない。

 だから、心を鬼にして彼には辛く当たった。 これを乗り越えられないと、この先娘を守り抜けないと、彼に、そして僕自身に強く言い聞かせた。


 結局何度も諦めずに僕の前に来る彼の熱意に押され、交際を許可した。

 娘には呆れられたが、これから先の人生で彼が幸せを掴む為に手加減などできるはずもなかった。


 だが、まだ許可しただけだ。 任せるわけではない。 

 それから先は、時間をかけて彼のことを、そして2人の気持ちを理解していった。

 食事や旅行を共にして、彼の人柄も理解して、娘を預けるに足る男であると認めはした。

 だが、未だに2人の仲睦まじい姿を目にするだけで、辛くなる。

 僕には見せなくなってしまった甘えた姿に、嫌な気分になる。


 娘が完全に僕の前からいなくなって、1人だけ残されたような孤独を感じてしまった。


 僕はいらなくなったのかい?


 そんなことを娘に聞きたい欲求が生まれるが、もしいらないと言われたら、立ち直れる気がしないので、聞くことができない……。


 だが、僕がいるいらないは別として、娘が彼と共にいる時間が増えれば増える程、魅力的で綺麗で、素敵な女性へと成長していったことは紛れもない事実。


 だから、これはきっと————————そうゆうことなのだろう。

 もう、彼を……いや、息子を、僕の代わりに娘を守ってくれる存在だと、信じるしかない。


 信じて、託すしか、僕に選べる道は残ってはいない。


 後悔もある、未練もある、何なら嫉妬すらもある。

 娘を生涯守る存在は、僕ではいけなかったのかと、今でも考える事がないわけではない。


 まあ、だがもし神や運命等というものが存在しているなら、今の状況は決して悪いものではない。

 本当に息子が娘を永遠に守れる保証も、破れない誓いがあるわけでもないが。


 今僕の横で腕を組みながら、嬉しそうに微笑み、同じ道を歩いている娘の姿は……。


 ————————今までで一番綺麗だ……。


 そうとしか言い表せなかった。


 もし仮に、娘の成長に僕の、いや父の想いが関わっているのなら

 きっと————————僕の恋と愛は、間違って等いない。


 だから、自信を持って送り出そう。

 息子と歩める幸福(過酷)な道へ、娘だけが歩める孤独な(生存できる)道へ。

 僕の愛娘は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……。


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