魔物の神子 1
※本編「少女と、翼を持つ者たちの神様」で語られていた魔物の神子の話です。
神子というものは、総じてその一生を注目されて過ごすものである。
それは、神子という存在が神に愛され、その存在を知らしめる。
神子というのは、神に愛され、神に好かれている。
しかし人は人以外の者が、神子になるとは思っていない。人の神子は総じて、周りの人々から注目され、その存在を求められ、穏やかに一生を終えることは少ないと言えるだろう。
――ただ過去に存在していた魔物の神子は、人の神子とは違う。
魔物というのは、人とは異なる。ただ自分の生活出来るだけのものを狩り、食し、そして子孫を残していくために生きていく。中には知能を持ち、人と同じように悪だくみをするものもいるかもしれないが、基本はそういう存在である。
そしてその小さな栗鼠の魔物は、森の中で生まれた。
その魔物は魔物にしては小さく、人の子供が抱え込めるほどの大きさである。それ以上に大きくなることはない――その小さな魔物は、森の中で悠々と生きていた。
魔物として生きているその栗鼠は、難しいことはよく分からない。色んなことを思考するだけの知能は持ち合わせていなかった。
「きゅぃいい」
その小さな魔物が声をあげれば、多くの魔物が姿を現す。
本人も分かっていないことだが、その魔物は土の神に好かれている神子であった。土の中に住まう者に多くの影響を与えていたが、それだけではない。地を駆けるものにも少量だが影響を与えるような神である。
空を駆けている魔物や水中にいる魔物には捕食される可能性も考えられたが、栗鼠の神子はこの森の中で多くの魔物に守られて生活していたと言えるだろう。
やってきたヤギの姿の魔物が、栗鼠の神子を背に乗せてくれる。
ヤギの魔物の背に乗った栗鼠の魔物というのは、人が見ればまず目を張る光景だろう。それでもその光景はその神子にとってみれば当然の日常である。
この森の中で生まれ、育っている栗鼠の神子はとても穏やかに過ごしている。この土地が少し前まで魔力汚染によって人の手が加えられない土地になっていたのも原因だろう。今は魔物が生息できるほどにこの土地は回復している。逆に今は栗鼠の神子の登場により、この森の魔物達は生き生きとしているものである。
神子の住まう土地は、栄えていく。という人の世に伝わる言葉の通りに、土の神の愛する栗鼠の神子の住まうこの土地は、まさしく魔物の楽園と化していると言えるだろう。
肉食の魔物もいるため、当然魔物同士で争いはあるものの、栗鼠の神子がそれを望まないのも知っているので栗鼠の神子の見ていないところでそれは繰り広げられていた。
「きゅぃいいいい」
栗鼠の神子は嬉しそうに果実を頬ぶり、美味しいと口にする。それを見て周りの魔物たちも穏やかな表情を浮かべている。
とても平和に彼らは過ごしている。
「きゅいいいいいい」
神子は、わずかな力しか持ち合わせていない栗鼠とはいえ、神子である。
神に愛されて、特別な力を持っている神子に他ならない。
そういう神子だからこそ、この地に流れる穏やかな魔力も感じ取っていた。
この森全体に広がるような穏やかな魔力は、この地に微かに感じられる嫌な感じをする魔力を覆い隠していた。
栗鼠の神子は、その穏やかな魔力がこの森を守っているようだと、何だか気に入っていた。穏やかで優しい魔力の主に会いに行きたいとそんな風にも考えていた。
……栗鼠の魔物は神子である。しかし、神子というものは絶対的な存在ではないので、会いに行きたいからといって会いに行くべきではないだろう。
――もし栗鼠の魔物の身に万が一何かあってしまえば、栗鼠の神子を愛する存在達は怒り狂い大変なことになるだろう。栗鼠の神子がいるからこそ、この森の中は穏やかなのであって、栗鼠の神子が悲しみのまま亡くなってしまえば、折角回復しかけたこの土地もまた魔力過多の状況に陥ってしまうことは明白であった。
神は何処までも気まぐれで、神は何処までも自由である。
栗鼠の魔物を神子にした真意も分からなければ、栗鼠の魔物が望まぬ死を陥った時はどうなるかは分からない。
そんな恐ろしい未来が待っているかもしれないのである。しかし栗鼠の神子も含めて周りは魔物しかいないので、そういうことを全く分かっていない。
一歩間違えれば大惨事であるが、栗鼠の魔物が少し他と違っても何だか味方したいからと深く考えもせずに守ろうとするのは魔物の良い所だろうともいえる。これが人であるのならばもっとややこしいことになることは明白である。
さて、栗鼠の魔物はこの土地を優しく包んでいる魔力の主に会いに行くことにした。
周りの魔物たちにそのことを告げなかったのは、周りが栗鼠の魔物に対して何処までも過保護だったからだ。いつでもそばにいようとして守ろうとする。そのこと自体は心地よいが、栗鼠の魔物も時々は一人で冒険をしてみたかった。
そんなわけで、栗鼠の魔物は無謀にも一人で冒険に向かうことにしたのだ。