魔物の神子 3
「きゅいいいい?」
魔物の神子は、ドウロェアンに体を預けて眠っていた。目を覚ました時、見慣れない風景だったため、此処はどこだろうと首をかしげる。
「目を覚ましたのか」
「きゅい!!」
ドウロェアンの声を聞いて、魔物の神子は此処が山頂だと気づく。
――魔力の主を求めて此処までやってきたのだ、というのを思い出した魔物の神子は嬉しそうに鳴き声をあげる。
神子であるからなのか、その魔物には緊張感というものが全くない。
その魔物は、危機に陥ったことはない。それだけその魔物は幸せそうにここで過ごしている。その魔物は自分よりも巨大な魔物であるドウロェアンを見ても、一切恐怖することはない。
「きゅいきゅい」
かわいらしい声をあげる栗鼠の魔物は、今が何時かとか、そういうことも一切考えて考えていない。
そんな魔物に対してドウロェアンは何とも言えない表情を浮かべている。
ドウロェアンは長い時を生きてきた竜である。そしてこの土地に栗鼠の魔物が現れるよりもずっと前からここにいる。そういう存在だからこそ、神子の事も分かっている。
この知能を持たない神子に対して、どのように働きかけるべきか、どのように接するべきか、ドウロェアンには分からない。
知能を持たないということは、この魔物の神子がどういう行いをして、不快な思いになるかが分からない。
神子の思いや神子の経験したこと。それが周りに影響をどんどん与えていくものだ。だからこそ――、ドウロェアンは正直この魔物の神子に関わることはあまりしたくなかった。
ドウロェアンは知能のある魔物であり、人と同じように物事を考える。だからこそ、こういう魔物の神子は接しにくい。関わり、何かしら行動に間違いがあれば折角こうして繁栄してきた森がまた荒廃していくのはやめておきたいと思ったのだ。
とはいえ、このまま此処までやってきた魔物の神子を悪いようにしようとは思っていない。
「おい、そろそろ下に降りた方がいいんじゃないか」
「きゅい?」
魔物の神子は、ドウロェアンの問いかけに、不思議そうに首をかしげる。
今頃、いつも神子の周りにいる魔物達は神子が居ないと騒ぎになっているわけだが、そういうことを魔物の神子は理解しない。
あくまでも栗鼠の魔物は、自分がやりたいように、自由気ままに動く事だけを望んでいる。
周りの事を気にしない栗鼠の魔物は、自分が楽しく過ごせればそれでいいのだ。
「下で魔物達が騒いでいるのではないか。お前を心配している」
「きゅい!!」
ドウロェアンに言われて、ようやく麓にいる魔物たちのことを思い出したらしい。
その栗鼠の魔物は、この森で過ごす魔物達が好きだ。
馬の魔物はのせてくれる。
モグラの魔物は土の中に埋まっているものをくれる。
犬の魔物は温めてくれる。
栗鼠の魔物は、この場所で魔物たちと過ごす日々が好きだった。皆が自分のことを好いてくれていて、穏やかな日々が、楽しかった。
――栗鼠の魔物は急に寂しさを感じる。
皆に会いたい。
皆は何処だろう。
自分から山頂までやってきたのに、急にそんなことを考えるのはやはり気まぐれな魔物故だろうか。
そこで慌てるのはドウロェアンだ。神子に悲しまれては正直面倒である。
ドウロェアンは慌てて口を開く。
「――では会いに行くか」
「きゅい!!」
ドウロェアンの言葉に栗鼠の魔物は嬉しそうに鳴いた。とはいえ、栗鼠の魔物の足で向かえば、時間がかかる。
なので、ドウロェアンは栗鼠の魔物を手でつかむ。栗鼠の魔物は驚いたものの、悪意がないのが分かったからか、声をあげることはない。
――そしてドウロェアンは、栗鼠の魔物を掴んだまま飛び上がった。
翼を広げ、魔法を使い、空を舞う。
――栗鼠の魔物は、空から見下ろす風景というのを初めて見て楽しそうに声をあげる。
栗鼠の魔物ような小さな魔物が、ドウロェアンのような巨大な魔物に捕まれば死しか待っていないわけだが――そのあたりは流石神子であると言えよう。
ドウロェアンはそのまま山の麓へと降りていく。
大きな音をたてて、ドウロェアンは降りる。
ドウロェアンの接近に驚いてすっかり周りにはいない。
「きゅいい!!」
地面に降ろされた栗鼠の魔物は、楽しそうだ。
空を飛べたのが嬉しかったようで、感謝の気持ちをかけて、ドウロェアンにまとわりつく。
「もういけ」
「きゅい?」
一緒に行かないの? とでもいうような声である。
しかしドウロェアンはそういっても、栗鼠の魔物は「えー」とでもいう風に不満そうだ。
もっとドウロェアンと過ごしたいのか、関わりたいのか――そんな栗鼠の魔物はじっとドウロェアンを見る。
その小さなつぶらな瞳に、何だか不思議な力を感じるのは、やはりその魔物が神子だからだろうか。
「……俺に会いたいならまたくればいい」
「きゅい!!」
結局その視線に勝てずに告げたドウロェアンの言葉に、栗鼠の魔物は嬉しそうに鳴き声をあげるのであった。




