せいぎのみかた
短期連載にしてこっちから書き上げます。
二つあると気になって仕方ない。
朝とは清々しいものだ。
心配していた夜尿もなく部屋に戻る俺だったが、部屋では嗅ぎ慣れたアンモニア臭がしていた。
「…………。」
布団の中で啜り泣く声が聞こえる。恐らくはかすみだろう。
夜尿を心配していた人間が夜尿してしまうというのも滑稽な話ではあるが、まだまだ五歳児。夜尿しても恥にはなるまい。
「かすみ。下着と着替えはどこに置いている?」
「……」
かすみから返事は無い。
適当にタンスを漁り、下着と替えの服を出す。次にタオルだ。
「俺は外にいる。着替えが終わったら出てくるといい。」
尿とて子供のものであればそうそう汚らしいものではない。御母堂に頼みなんとか叱らないよう言っておくか。
「しんちゃんは本当偉いわね。」
御母堂は俺の頭を撫でた。…うむ。面映ゆいが御母堂よ、せめて首筋の赤い斑点は消しておけ。それでは昨日ご主人と睦みあったのがバレバレだ。
朝食まで御馳走になり家路に着く。ほんの隣の部屋だが、服を着替えたかすみが俺を送ってくれた。
鍵を開け家に入ると、かすみもついて来て…扉を閉めるとかすみはバツの悪そうな顔をして俺を上目遣いに見る。
「…ところてん、ありがとう。」
赤くなり俯くかすみの頭を撫で
「気にするな。」
と気遣った。子供なりに羞恥はあるしそれを殊更揶揄うのも大人気ない。
「あたし、おっきくなったらところてんのお嫁さんになってやるからな。」
子供の定型文を言いながらかすみは幼い約束をしてきた。
「そうか。楽しみにしておこう。」
果たしてあと何年覚えている事やら。
人の心は移ろうものだし、また子供は狭い世界を生きている。今ここにある世界こそ自分の全てであるからこそ幼い約束を言う事が出来るのだ。
「幼稚園から帰ってきたら遊ぼうぜー!」
かすみは赤い顔をしながら手を振る。
その幼い笑顔に苦笑しつつも俺は手を振り家へと戻る。
家では…母がドレスそのままに寝ていた。
化粧を落としていないようで化粧と安い香水、そして酒の匂いがする。
灰皿に目を向けるとこの女のものではない煙草の吸殻があり、昨晩ここで何があったかを大凡察し不憫なものだ、と母を憐れんだ。
煙草に火を付けるのは容易くても、この身では煙草などうまく感じるわけがないし、何より身体が求めていない。
身体に悪いものをやっていたのだな、と自嘲しながら前にいた世界を思った。
「…………。」
そういえばいたな、幼馴染というものも家族というものも。
領主の側女として子供を産み、その子供と俺は共に戦い…子供は初陣で命を散らした。
作戦は無謀なものであったし、一敗地に立たされたのは無能な領主のせいであったが、責任者は必要だった。
…幼馴染の子供は真の勇者だった。心からそう思う。
剣は切っ先から根本までボロボロとなり鎧もまた傷がない場所を探すのが難しい位にズタズタ。
それでも戦い抜き、最期は自らの身体を木にくくりつけ絶命していた。
戦闘の後、遺体を引き受けに行った時。
敵軍は遺体まで列をなし槍を捧げ…勇者に対し礼を取る。
いかに彼が敵軍の心に残る奮闘をしたかの表れである。
「もしも彼が同じ陣にいたら我らは最良の友となっただろう。
そうならなかったのが無念だ。」
敵将はそう言い、幼馴染の子供の身体に真っ白な布をかぶせた。
そして、帰った俺を待っていたのはーー
変わり果てた家族の姿だった。
父母が。兄が。兄嫁が。姪が。甥が。
物を言わぬ死体と成り果てていた。
絶望に茫然とした俺に領主とその側女は鼻の下のケツの穴で屁をしていたと思うが、俺は何も覚えていない。
捕らえられ殺されるのを待つのみとなった俺を救ったのは…幼馴染の子供…その弟だった。
「領主の後継者となる恩赦」
と言っていたような気がする。
ーどちらにせよ最早何の関係も無いし殺すなら殺してくれー
そう返したと思うが、事実はみっともない命乞いだったのかも知れない。
釈放され山に籠り生活をし…どの位時間が経ったのかも分からないし領主がどうなったかも分からないし、第一に興味が無い。
「どちらにせよ俺は生きているってよりは、ただ死んでないだけなんだよなぁ。
生きるってのには何らかの目的が必要なんだが…俺にはもう何もない。
その筈なのに、たった一日ここで生活しただけで毒されちまってる。
…案外現金で俗物だな、俺は。」
しかしこの部屋には本当に何もないな。教養を深める為の書物でもあれば時間潰しになるんだが。
てれび、などというくだらないものを見るのも退屈だし全く面白くも何もない。
早くかすみが幼稚園とやらから帰らないか、と思いながら俺は惰眠を貪る事に決め、母の横で目を閉じた。
ーー
『将軍!…ああ、おいたわしや!』
『我々が必ずやお助け致します!』
誰だ、こいつらは。そして目の前で襲い掛かる奴等は何なんだ?
『将軍の冤罪を晴らす事も叶わず…!無念…!無念ぞ…!」
『者共、将軍を…将軍を頼んだぞ!』
黙れ。
『将軍様万歳!』
頼むから黙れ。
『俺は貴様らに屈した訳ではない!この命、将軍様に捧げたのだ!』
うるさい。早く逃げろ。
『将軍様…我らは将軍様だけの部下にございます…』
逃げてくれ。頼むから。
捕らえられた男が俺の前で跪かされ、剣を首に当てられる。
『言い残す言葉は無いか?』
クソッタレの領主が嫌味ったらしく男に問う…。
『くたばれ豚野郎が。将軍様万歳!』
斬られた男の首…。
もうやめろ…もうやめてくれ…!
もうこれ以上俺の大切なものを奪わないでくれ!
ーーん!
ーーーてん!
「ところてん!大丈夫か?」
…目を覚ますとそこにいたのはかすみだった。
かすみは俺の頭を撫でながら「怖い夢でも見たんだろ?」と笑う。
「ママがいつもこうするんだけどよ。こうしたら落ち着くぜ?」
かすみは俺を抱きしめ、頭を撫でる。
…酷い絵ヅラだ、と我ながら思う。
いい大人が幼児に抱きしめられて頭を撫でられているのだ。
元の姿のままならばそれこそ笑えない喜劇だ。
だが…今なら泣いてもいいのだろうか。
子供のように。
「おーよしよし、泣くな泣くな。」
…声を上げて泣いたのは何十年ぶりなのだろうか…。
無垢な笑顔を向けられたのも。
流れる涙と共に次々と記憶が蘇る。
犠牲になった部下達。
領主の命に従い泣きながら刃を向けてきた男達。
領主が、幼馴染が将来を嘱望されていた息子を亡くし狂ってしまった事も。
俺に同じ痛みを与えようとし、それに終始するあまり挙句領を奪われかけクーデターが起きて息子に領主の座を奪われた事も。
次期領主が俺を釈放する時に
「恩赦…というには適当ではない。冤罪だった…というにはあまりに血が流れ過ぎた。
ここまで待たせた愚昧な私を許せとは言わないし、父を許せとも言えない。
…申し訳ない事をした。兄の最期を汚した事も、将軍の人生を壊した事も。」
と、深々と頭を下げた事も。
泣き疲れて寝るまでかすみはずっと俺を抱き、頭を撫でてくれていた。
時折母が背中をさすり…。
…俺は誓った。
元の世界に戻れないとしても、この世界で手に入れた大切なこのふたつだけは俺の命に代えても守ってみせる、と…。
ーー
あさおきたらぼくはこわいおじちゃんたちにかこまれていた。
「将軍!おいたわしや…幼児にまで記憶が退行しておられるとは…!」
こわいおじちゃんはなきながらぼくをみる。ママやおねえちゃんは、とおまきにおじちゃんたちをみている。
ぼくはおじちゃんたちのあたまをなでた。
いつもママがぼくがないているときにそうしてくれるから。
「なかないで。」
えがおでおじちゃんたちのあたまをなでたら、おじちゃんたちはよけいにないた。
「将軍様ぁ…!我らは一生将軍様の麾下でございます…!」
しょうぐん?
ぼくはしょうぐんよりも●めんらいだーみたいなヒーローがいいな。
あくをやっつけるせいぎのヒーロー。
そっちのほうがかっこいいよね。
このあと…ぼくはへんなことにまきこまれた。
くーでたーがおきてわるものがえらいひとをつかまえたらしい。
ぼくはそのえらいひとをたすけるせいぎのヒーローになってほしい、といわれて…
ママ、おねえちゃんたち、おじちゃんたちとまちにいくことになった。
「…かめ●らいだーもびっくりだ。」
「何だそりゃ?」
いしのも●ぷろにおこられなければいいな、とめたなことをかんがえながら、ぼくはばしゃにのりこんだ。