序章 始まりの朝
四月。春の日差しが気持ちよく感じられる朝。俺は、小鳥たちの鳴き声が聞こえるなか、意識が覚醒した。
「はぁー・・・。よく寝た」
朝、目覚めてからの一言はたいてい世間一般同じような一言であろう。
扉のノックの音が聞こえたので、「どうぞ」と言った。
普通は「カチャッ」と開くドアが今日は異なる音がした。
「ドンーーーーー」と爆発音のような音がした。
ドアは勢いよく窓ガラスを突き破って、外に飛んでいった。正直に言えば、自分自身の体の心配よりも外に飛んでいったドアが誰にも当たっていないことを祈ってた。幸い、誰にもあたっておらず、ドアは木っ端微塵になっていた。
ドアがかつてあった場所から煙が出ており、そこには人影がうっすらと見えていた。徐々に煙が晴れていき、ドアを破壊した犯人との顔合わせだ。
「さっさと起きて、仕事しなさい」と、ドアを破壊した犯人は言った。
犯人の正体はというと・・・
「母さん、寝起きの人間に言う言葉じゃないよ」
そう、犯人は俺の母親であった。
母さんの表情はこめかみがビキビキと音を立ててるように、しわが出ていた。まだ、四十そこそこなのにもったいない。
「カズト、昨日の夜の発言覚えているのよね。もちろん、忘れたとは言わないよね」
その表情は目だけが笑っていなかった。そういうときの母さんはマジで危ない。返事次第で俺の命が危ない。
「今日から店を手伝うって、言いました」
実際、家は三階建てのレンガ造りで、一階でパン屋を営んでいる。二階、三階は居住スペースになっている。
「覚えているのに、なぜ、行動に移さないの」
俺の直感が危険を感じとった。今の母さんは誰にも止められない。唯一の例外とはいうと・・・
「あれ、父さんは。今日、休みじゃなかったけ」
「お父さんなら、今朝、出発したよ」
「え・」
怒っているときの母さんには父さんの話をふれば大抵の場合は父さんの話をし始める。話が終われば、話の前の出来事は忘れていることが多い。
母さんの関心の方向変えたはずなのに、俺自身もさっきの発言に驚いた。
「父さん、どこに行ったの」
「新しい遺跡が隣国で見つかったらしくて、今朝慌てて出発したよ。どこの国に行ったのかは分からないけど」
父さんの職業は考古学者。一年のほとんどが遺跡の発掘調査や研究をしている。
昨日、数ヶ月ぶりに、帰って来たばかりなのにまた行ってしまったのか。
「つーか、母さん何か俺に用があったんじゃないの?」
「そうだ、起こすついでに渡したいものがあるんだ」
「渡したいものって何?」
俺は、朝の寝起きにドアが吹き飛ばされ、父さんは何も言わずにいなくなるし、そんな時に渡したいものってなんだよ。少し八つ当たり気味に言ってしまった。
「お父さんからあなたにだって」
渡されたものを見てみると、鷹の印でとじられていた茶封筒だった。
「まさか、王室から」
王室の公文書には、必ず鷹の印でとじられている茶封筒に入っていることが多い。
「内容は朝食べながらでも確認して。その後でいいから仕事手伝って」
「分かった、ただ面倒ごとに巻き込まれた感じ」
トーンを落として言った。
「あんた、危ない真似はやめてね。また、あの時みたいに・・・・」
母さんの発言から重い空気が漂い、気まずい時間が一瞬だったのにそれ以上に感じた。
「大丈夫だよ。二度とあんな姿で帰ってこないから」
「朝、起こすときはドアは壊さないで。ついでに、着替えたいから早く部屋から出てほしい」
さっきの発言とは打って変わっての笑顔で言った。
「早く下りてきなよ。ドアは直しとくから」
母さんはその言葉を残して下へと下りていった。
なぜかこの日の朝はとても清々しく気持ちの良い朝だった。今の自分は知る由もなかった。この日が忘れられない一日になるとは。