赤い靴1
学校には魔女が作ったとされる靴が保管されている。
今や魔術なんてまがい物の扱いであるが、豊穣の願いを込めて作られたと言われているようだ。
ガラスの箱に見えるようにしまわれてある様は、何となく私に似ている。と少女は笑う。
皆から蔑まれた目で見られる為にあるように見えて仕方がなかった。
気が済んだらしい。ガチャリと鍵が開く音がした。
少女は少し時間を置いて部屋を出る。余計な怪我は負いたくはなかった。
廊下を歩き、保健室を目指す。それだけで少女の足取りは軽やかになった。
「せーんせ」
「おや」
軋むドアを開け、少女は可愛らしく笑う。飴色に染まる木の机に向かっていた男は顔を上げ、振り向いた。
「もう下校の時間だよ。ハンナ」
「神様に祈っていました」
「嘘だね」
ハンナの全身を見て、先生と呼ばれた男は笑う。ハンナの足は裸足であった。
「嘘です。それにしても不思議ですよね。朝、屋内履きを見たら無くなっていて、外を探したら畑の肥やしに埋まっていたんですよ。ひとりでに歩く靴。これは魔法ですかね」
「違うと思うね」
すっとぼけたハンナの言葉に、先生は眉を八の字にしながら笑う。
「ちゃんと、担任の先生に言うべきだと思うよ」
「えー、それで解決したら苦労しませんて。私が可愛すぎるんですかね」
「そうかもしれないね」
気の無い返答にハンナは唇を尖らせる。
その可愛らしい顔立ちと、無意識に振る舞う行動、言動が同年代の少女らにとって苛立ちを覚えさせるものであり、更に校内一若い青年である養護教諭にもこのような振る舞いをする為、いじめというものの標的になるのは重々承知であった。
こうでもしなければ、ハンナは誰にも可愛がられないと言うことを理解した上でのものでもある。
「それでは私は帰ります」
「ああ、気を付けて帰るんだよ」
机上の書類に取り掛かろうと、背を向け手をひらひらと振る先生の姿にハンナは再び唇を尖らせた。
家に帰れば昨晩両親が酒を飲み言い争った形跡がそのままで、仕事にでも行ったのだろう。割れた酒瓶が散っているのを爪先立ちで避けながら自室へと入る。
着替えを済まし、二人が笑顔でお礼を言ってくれる姿を想像しながら、ハンナは掃除を始めた。
「こんなに健気な私でいれば、いつか先生が迎えに来てくれますね!」
麻袋にガラス片を収めれば、部屋は生活感が漂うがはるかにマシな景色になる。
「いやあ、やりました。偉いぞハンナ」
一人だけの空間にむなしく自賛の声がする。
空が暮れ、夕餉を作っていると両親が帰って来た。昨晩の記憶なんてどこかへ行ったかのように二人は仲良くハンナの頭を叩き、飯はまだか、役に立たない、など言っている。
「二人とも、出来たよ」
既に後ろの食卓では酒盛りが始まっていた。
「そんなのどうでも良いから酒を買ってこい」
コインを投げ付けられ、ハンナは両目を閉じる。
「どんくさいなお前は」
「えへへ」
床に転がるコインを集め、家を出る。
すっかり常連である酒屋に入れば、色んな酒を混ぜたものを瓶に詰め、ハンナに渡してくれる。
「ハンナちゃん。ジュースやるよ。誰も飲まないからな、ここで飲んでけ」
「ありがとうございます」
ハンナの家の事情を知っているからか、酒屋のマスターは親切に接してくれている。
グラスに注いだ柑橘類のジュースをハンナに渡すと、他のお客さんの方へと行ってしまった。
「ごちそうさまでした」
「また明日な」
「はあい」
グラスとコインをカウンターに置き、ハンナは酒屋を後にする。