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第九話 初めての友達

 翌日。

 魔術師学院である。


「……基礎課程、中級過程、上級課程はそれぞれ一年間。上級課程を修めれば卒業できます。より上を目指したければ、魔工学課程、魔道課程という課程もあります。ここまでいけば、宮廷魔術師でもギルドの幹部でも……」


 魔術師学院を訪れたユーリアは、まず基本的な講習を受けた。

 魔術師十戒と呼ばれる心構えから始まって、学院の制度、講習の受け方やマナー、必要物品、単位の認定方法……。


「……基礎課程では精霊との契約が最終段階となります。これができなければ進級できませんので注意して……」


 最初に渡された分厚い冊子を見た瞬間、ユーリアは天を仰いでいる。頭の回転は早い方だ。記憶力も良い。ただ面倒なだけだ。睡魔に屈服しそうになる自分に《ちゃんと『学生』しなきゃ! お父さんががっかりするよ! これくらい『脳喰らい』の催眠攻撃に比べればよゆーよ!》と(脳内で)往復ビンタをかましていく。




 講習が終わると、筆頭教官ウードとの面談だった。今日も髭の手入れに怠りない。

 ターバン姿の中年魔術師は昨日の言葉とおり、『筆頭教官』としての威厳を持ってユーリアに対する。


「これが君の学生証だ。約束どおり、魔術適正は光の二級としてある」

「ありがとうございます。……ピカピカしてる」


 学生証は金属の小さなプレートだった。魔術師学院の生徒であることを証明するため、氏名とともに魔術適性も刻み込まれている。『属性:光。等級:二』鎖で首から下げられるようになっていた。

 ウードの説明によれば、魔術師学院の生徒は一種の特権階級であり、公共施設で優待されたり税も優遇されるのだという。


「それにも少々の魔術が組み込まれている。無くさないように」

「はい」


 最後に、ウードはユーリアに二人の学生を紹介した。


「やっほー! アイネ・グロングだよー! よっろしく!」

「拙者、ブルダン・ティーアと申す者」


 一人目は、ピンクブロンドのロングヘアも華やかな少女。年は十七ほどか。膝上のスカートにシャツ、ジャケットという女子の制服が、はち切れそうな抜群のスタイルである。

 二人目は眼鏡の少年。少女とは別の意味で制服(もちろん下はスラックスだ)がはち切れそう……平たく言えば、肥満体であった。

 二人とも『基礎課程生』であることを示す、赤いネクタイをしている。


「ユーリア君は課程の途中から参加する形になる。いろいろ助けてあげなさい」

「りょーかいです!」

「合点承知の助」

「よ、よろしくお願いします……」




 ウードと別れた三人は、学院の中庭を歩いていた。

 色とりどりの花や彫刻が上品に配置されている。ちょっとした貴族の屋敷など裸足で逃げ出す、手入れの行き届いた庭園だった。


 アイネはユーリアを振り向く。


「とりあえず、学生棟にいこっか。先に荷物置こうよ」

「は、はい」


 ユーリアは両手に大量の荷物を抱えていた。教科書など、学院から提供された学習用具である。


「む。気づかずに失礼。持ちましょうぞ」

「あ、すいません」


 ブルダンが手を差し出したので、ユーリアは遠慮がちに荷物の半分を渡した。別に重くも何とも無いのだが、『友達を作るように』という父の言葉が頭にあったのだ。


「あのう、どうしてお二人が私の……案内? をしてくれるんでしょうか」

「んー、まあウード教官に言われたからだけどさ」

「今年の基礎課程が始まってもう半年以上経っていますからな。途中からでは色々大変だという配慮かと」

「そ、そうなんですね。すいません。……あのう!」

「はい?」


 意を決して声を上げたユーリア。アイネとブルダンは何事かと立ち止まった。


「あの、もし良かったら、お友達になってくれませんか?」


 ユーリアは真剣だった。

 父親からの『命令』を果たしたい一心。というのもあるが。そもそも、彼女は自分に対する好悪の感情をある程度察知することができる。少々個性的だが、好意的な感情を向けてくれる二人と、もっと親しくなりたいという気持ちも強かった。


「お友達? ……そうねぇ」

「ユーリア殿。それでしたら、一つお聞きしたいことが」

「?」


 腕組みして思案顔のアイネ。ブルダンは眼鏡をずりあげながら、真面目な声で続けた。


「周りを見ていただきたい。この学院の学生は八割以上、貴族か聖職者の子弟なのです。これからユーリア殿が所属する基礎課程クラスの中で、平民は拙者とアイネ殿だけ」

「もしかして、虐められているの?」

「幸い、そういうことはありませぬ。しかし、やはり様々な面で格差は感じますな。しかし、ユーリア殿はクラスに二人目の特待生。しかもお父上は大戦の英雄だとか。その気になれば、『あちら側』に行けるはずなのです」

「う、うーん」


 ブルダンは淀みなくクラスの事情を説明した。肥満体に、眠そうな容貌からくるイメージとはだいぶ違う。


「つまりさ、これからの学院生活を楽しくおくりたいなら、うちらより貴族様たちと仲良くした方が良いんじゃないかってこと。……そのあたり、やっぱり教官じゃあ良く分からないんだよね」


 ウード先生も悪気はないのよ、とアイネは付け加えた。

 ユーリアは周囲を見回す。庭園を歩く学生たちはみな同じ制服であったが、物腰や言葉遣いなどは明らかに自分とは別世界の人間である。

 制服を着ていない自分に向けられる視線に、好奇と侮蔑が含まれるのにもやっと気付いた。


「あのね、お父さんがいってた」

「ん?」

「自分より他人のことを考えられるのは、良い人だって。私も、二人は良い人だと思う」

「そ、そんな褒められたもんじゃないけどにゃー」

「ど、同意」


 真っ直ぐなユーリアの目と言葉に、アイネは顔を赤くした。ブルダンも面食らっている。その二人に向けて、ユーリアは大きく頭を下げた。


「こういうので良いか分からないけど。やっぱり私とお友達になって! むしろ、なれ!」

「……」


 周囲からの冷たい視線も気にせず、ユーリアは頭を下げ続けた。アイネとブルダンは驚いて目を丸くしていたが……。


「ぷっ……あはははっ!」

「わぶっ」


 アイネが愉快そうに笑いながら、ユーリアを抱きしめた。


「友情とか信頼とか、自分から言い出す人間は信用できない……というのが拙者の持論でしたが。まあそんなものはポイですな。……おふっ」


 ブルダンが真面目な顔でブツブツいいながら、一塊のアイネとユーリアを抱きしめようとして、アイネのボディブローを食らっていた。


「ユーリアちゃん、なんて可愛いの!? てかさ、友達って『なって』『はい』とかそういうんじゃなくない?」

「友情とは気付いた時すでにそこにあるもの」

「あー、またなんか格好良いこと言いやがって! このこのー!」

「あばばば」


 アイネは続けてブルダンのふくよかな腹部に連打を浴びせはじめた。

 ユーリアは他愛ないやり取りに一瞬ぽかんと口を開けたが……。


「あはは! えいえいっ」

「おぼわぁっ!?」


 アイネに混じってブルダンにじゃれついていった。


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