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第八話 新しい家

 その日の夜。


 ディランとユーリアは、ボーネン男爵が用意してくれた住居でくつろいでいた。中流市民用区画に建つ、標準的な二階建ての家だ。周囲の建物同様、石造りのしっかりした作りで、隙間風も通さず、清潔で快適だった。

 厨房に火を入れるには時間がなかったので、ディランが帰り際に市場で買い込んだパンとワインが夕食である。


 テーブルに置いたランプの明かりの中、父娘の食事がはじまった。これからしばらくは、時間を見て照明器具や生活用具を用意しなければならないだろう。


「はぐ……このパン美味しいね!」

「そうだな。さすが帝都だ」


 細長いパンを裂いて、濃い味のソースで炒めた牛肉と野菜を挟んだ『ブロート』と呼ばれる軽食である。ディランが帝都にいた頃には見なかったが、市民に人気のメニューらしい。

 魔境都市にも似たような食べ物はあった。だが帝都の屋台で買ったブロートは、口休めのピクルスが挟んであったり、ソースの味を数種類から選べたりと工夫がされていた。こんなことにも、文化程度の差を実感する。


「それでね、お父さん。私、全部の属性があるんだって」

「ぜ、全属性……? 凄いな」


 ユーリアがさらりと口にした報告に、ディランは目を見開いた。確かに、幼い頃から初歩の魔術を使えた娘だ。尋常な才能ではないだろうと思っていたが……。


「凄い?」

「ああ、凄いとも! 私の知ってる最高の魔術師でも、三重属性ドライヤだったからな。ユーリアは天才かもしれない」

「んふふふー。そりゃあそうよ! だってお父さんの娘だもん!」


 ユーリアはこれ以上ないほど機嫌良く笑った。それから、「ん」と言いながら頭を父に向ける。


「……やれやれ。天才でも甘えん坊か」

「天才じゃないもん。お父さんの方が強いもん」


 この上なく嬉しそうに苦笑する、という複雑なことをしながらディランは娘の頭を優しく撫でまわす。ユーリアも猫みたいに銀の目を細めながら、唇を尖らせた。


 実際問題この父娘。もしも現時点で戦ったならば、父親が勝つだろう。だが。《正直、明日には抜かれていても不思議じゃないな。全属性とか凄すぎる……》

 思わぬ娘の才能に、ディランは嬉しさ半分、寂しさ半分という気分だった。ただし、もう少し別の気持ちも湧いてくる。


「才能があるのは良いが、そこまで飛び抜けて凄いというのも、かえって少し心配だな……。先生は何か言っていなかったのか?」


 ディラン自身、三十年前には武術という分野において最高の天才と言われたことがある。特異な才能を持つことの恩恵も、問題も十分に知っていた。


「うん。えっと、ウード先生はしばらく秘密にしようって」

「ほう? なるほど。なかなか思慮深い人物……のようだな」


 魔術師ギルドの一員としてそれで良いのか? という気もしないではなかった。だがディランとしては、娘に余計な問題を抱えさせたくはない。《そのうち一度、その先生と会ってみる必要があるだろうな》



「それでね、ウード先生はお父さんのこと知ってるって! 良い人だよね!」

「そ、そうか。……そういえばな、ユーリア」

「何?」


 ディランはユーリアの両手を取り、ゆっくりと話はじめる。


「これからお前には、学院でいろいろなことを学んでもらいたい。魔術や教養だけじゃなく、友達との付き合い方とかな」

「友達? ……うん」

「そのためには、魔境都市でのときみたいに何でも力で解決してはいけない。なるべく、みんなに親切に、優しく。話し合いを大事にな」

「う……うん」

「もしどうしても困ったときは、父さんや先生、友達に相談するんだ。良いな?」

「お父さんがそうしろっていうなら……そうする」


 ユーリアは不思議そうな顔をしていたが、こくりと頷く。ディランは、良し良しとその頭を撫でてやった。




 食事の後片付けをして、隣家から分けてもらったお湯で身体を拭ったら、後は寝るだけだった。

 寝室は二階の奥。ベッドは当然二つ置かれていた。清潔なシーツもセットされている。

 一般庶民の集合住宅なら、床のマットで雑魚寝がせいぜいだろう。スラムや農村ならば土間にわらを敷いただけで一家が寝るのだ。それに比較すれば十分贅沢な環境である。

 だが。


「ベッドを二つの使うのは非合理的だと思います!」

「せっかく二つあるのに一つしか使わない方がよっぽど非合理だろう……」


 寝間着に着替えた父娘は議論を始めていた。


「今はまだ良いけど、冬になったら? 一つのベッドに一緒に寝た方が温かいよ! 燃料が節約できます!」

「……まだ秋にもなってないぞ。むしろ一緒に寝たら暑いだろ」

「むー……」


 ユーリアは白い頬をぷくっと膨らませた。魔境都市で暮らしていたころは、別々のベッドに寝ていたのだ(十歳になってからの話だが)。ただし、帝都までの二ヶ月近い旅の間、交代で見張りをしながら野宿してきたために……《も、もう耐えられない……》と、ユーリアの甘え癖が暴走してしまったのである。


「いいかユーリア。お前ももう子供じゃあないんだ。一人で寝れないなんて……」

「わーかーりーまーしーたー! ベッドは一人一つでいーです!」

「そ、そうか」


 少し拍子抜けした顔のディラン。それを放置して、つかつかと壁際のベッドに近づくユーリア。


「……えいっ!」


 ベッドの縁を掴んだユーリアは気合一発。ベッドを持ち上げてぶん回し、逆側に置かれたディランのベッドの真横にどかっと落とす。


「ちょ……」

「はい! これでも一人一つのベッドですー」


 二つ仲良く並んだベッドにユーリアはさっさと潜り込んでシーツを引っ被る。もちろん、もう一方、ディランのベッドにぎりぎり寄った位置で。


「お前な、これは屁理屈というもので……」

「あーあー聞こえない聞こえなーい。意地悪なお父さんの言うことはきーこーえーまーせーんー」

「……」


 なおも小言で抵抗しようとするディラン。だがユーリアはシーツで顔を隠し、徹底抗戦の構えだった。


「まあ、お前も長旅に文句も言わずついてきてくれたし。新しい家に引っ越した最初の夜だしな。……仕方ない」


 ぶつくさと。自分に言い訳するように呟きながら、ディランは娘の隣のベッドに上がった。


 その父の手に、シーツの中を這ってきた娘の手がそっと触れる。

 恐るべき力を秘めた――愛しくて可愛らしい手を、父は力強く握る。

 顔を横に向けると、シーツの隙間から娘の青い瞳がじっと父を見つめていた。


「おやすみ、ユーリア」

「おやすみなさい、お父さん」


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