第七話 万魔王ではなく、万魔王女で
「文句なく、合格ですな。適正は全種属性、全種特級。我々はそのような天才を『万魔王』と呼びます」
「ありがとうございます」
応接室に戻ったユーリアと筆頭教官。筆頭教官は静かに合格を告げた。流石に、その声が少し震えてはいたが。
一方のユーリアは平然としたものだった。全属性と言われてもまったくピンときていない。
実を言えば、ユーリアは既にほとんど独学で初歩の魔術を習得していたのだ。もし、これを魔術師ギルドの誰かに告げたなら、それはそれで別の騒動になっただろう。
――知らない、とは恐ろしいことだ。
「貴方ほどの天才であれば、当学院は待生待遇でお迎えしたいと思っています。……教官会議にかけてから正式決定になりますが、反対するものはいないでしょう」
「特待生? それはもしかして、学費が無料だったりしますか?」
「もちろんです。教科書類も無料で進呈しますし、その他にも様々な特典がありますよ」
「良かった! ありがとうございます!」
ユーリアは大変喜んで、ぴょこんと頭を下げた。魔術師ギルドに足を踏み入れて以来、初めて見せた笑顔だった。天才と呼ばれることよりも、学費がかからないことで父親の負担が減ることが何よりも嬉しかったのだ。
「学生寮の最上級室に入ることもできますよ」
「お断りします!」
「?」
『寮暮らし』。その提案をユーリアは、筆頭教官の穏やかな笑みが引きつるほどの勢いで拒絶した。
「ただでさえ、お父さんといられる時間が減るのに、冗談じゃありません!」
「そ、そうですか。……そういえば、男爵殿の紹介状にありましたが、貴方のお父上はかの八武王の一人でいらしたとか?」
「!? そうです! 八武王のディランです!」
何気ない一言で、ユーリアは目を輝かせた。表情の変化が激しすぎる。
「武王の英雄譚は私も良く知っていますとも。それどころか、お父上が魔神将の首をとって帝都に凱旋したときにも、正門でお迎えしたこともありますよ。もちろんお父上はご存知ないでしょうが」
「本当ですか!? 詳しく! その時のお父さんの格好良さについて、詳しく教えてください!」
「……まあまあ」
一瞬で最上級の笑みを浮かべたユーリアは、身を乗り出して話をねだる。
普通ならその勢いと美貌に流されるだろうが、そこは魔術師学院の重鎮。苦笑を浮かべながら、そっとユーリアを押しとどめた。
「そういったお話は、後ほどゆっくりとしましょう」
「うー……はぁい……」
落ち着き払った筆頭教官の態度に、ユーリは正気を取りも出した。今度は羞恥で顔を赤くして頷く。
「では。入学についての細かい説明は後ほど係の者にさせましょう。今は、私から一つだけ重要な話があります」
「はい。なんでしょうか?」
「貴方が、万魔王であることは当面伏せておいた方がよろしいでしょう。何しろギルドの歴史上でも滅多にないことです。余計なトラブルに巻き込まれる可能性がある」
「そうなんです? 別に良いですよ」
ユーリアはきょとりと目を瞬かせた。しかし、素直に頷く。自慢をしたくて学院に入るわけではない。
「貴方が学院で十分な実績と信用を得たころに公表すれば、問題ないでしょう」
「分かりました」
「全て隠すことはできませんからね。表向き、貴方の適性は光の二級としておきます。……それでも、かなりの学生や教官がショックを受けるでしょうがね」
「はい。……あの」
筆頭教官は「もちろん、係官たちにも口止めはしてあります」と付け加える。
ユーリアはまた素直に頷いた。が、発言を求めるように軽く手を挙げた。
「何でしょうか?」
「万魔王って止めませんか? 可愛く万魔王女とかにしません?」
「……くくっ」
「?」
世界最高の魔術師になるかも知れない少女からの、意表をついた提案に、黒髭の魔術師は噴き出した。
「失礼。ええ、分かりました。貴方は秘密の万魔王女。よろしくお願いしますね。私はウード・シュライ。明日からは教官と生徒として対応しますので、そのおつもりで」
入学手続きを終えたユーリアが学院を去ってから。
筆頭教官ウードは、興奮冷めやらぬ適正検査係官たちを自室に集めていた。
「筆頭、これは本当に凄いことですよ!」
「ユーリア嬢が成長すれば、魔術は飛躍的に発展するに違いありません!」
もちろん、適性が凄まじいというだけでは、学術的な研究能力は保証されない。しかし、単なるサンプルとしてだけ考えても、ユーリアの全属性適正は破格だった。
「それなのだが……」
と、ウードは係官たちにユーリアとの取り決めを説明する。
「そんな……せっかくの万魔王を……」
「万魔王女だ。彼女の機嫌を損ねないよう、注意したまえ」
「は、はあ」
「いや、言ってる場合ですか? こんなことを隠してもし学院にバレたら……」
「落ち着け」
騒然となる係官を、ウードは両手を挙げて宥めた。
「永遠に秘密にするわけではない。しかるべき時がくれば、院長にも報告する。それまでは、君たちも口を閉ざしておいてくれ。良いかね? 私が見たところ、彼女は魔術師として成功しようとはまったく思っていない」
「……」
係官たちは顔を見合わせる。仮にも魔術師としては、信じられない言葉だった。だが、六体の精霊に囲まれて、普通なら歓喜の叫びの一つも上げて当然の場面で彼女は――「そろそろ帰りたいんですけど、まだ終わりませんか?」と言ったのだ。
「教官はともかく、この学院の生徒には貴族の子弟も多い。プライドの高い彼らが、彼女にいらぬちょっかいをかけたらどうなるか……試してみたいのかね?」
「……」
生徒同士の喧嘩、ただそれで済むなら構わない。だが、貴族の子弟が傷を負ったり、(こちらがより最悪だが)万魔王女が機嫌を損ねて学院を出ていったりしたら……。
「我々は未来の魔術界に償い切れない罪を犯すことになる。理解できたかね?」
「……はい」
「分かってくれればよろしい。私たちの王女を、静かに見守ろうじゃないか」
綺麗に整えた顎髭をさすりながら、ウードは口元を歪めた。