第一部最終話 ほのぼの親子と友人たちの休日
ディランが衛兵としての勤務に復帰したのは、その二日後だった。
さっそく、第六〇一小隊の部下を率いて巡回に出発する。
「へっへっへっ。隊長がくたばってる間に、結構特訓したんだぜ? 後で勝負しろよ!」
「そうか、それは楽しみだな」
赤毛の女衛兵ゾマーは、愛用の連結棍棒を片手にご機嫌だった。
「おっ、あんなところに不審な野郎がいるぜ!? 取り調べしようぜ、取り調べ!」
「見ろよ、あの雑貨屋は盗品を扱ってるに違いないぜ!」
などと、一行の先頭を歩き、あちこち怪しい何かを発見してはディランを引っ張っていこうとする。《まるで元気の有り余った大型犬を散歩してるみたいだ……》と、ディランは思ったが、それを口にしないだけの分別はあった。
「姐さん、すっかりご機嫌っすねぇー」
「……また隊長の特訓か……」
リューリンクは呆れ、ヴィダルはぼやいた。しかし二人ともどこか嬉しそうだ。ディランと出会った頃の荒んだ空気は、もうない。
「おーい、おっさん!」
通りで、大きな荷車を引いていたのは、あのチンピラ……若者たちだった。まだまだ、粗野で未熟だが、仕事は続けている。
「よう。この前は、良く働いてくれたそうだな。助かったぞ」
「うぇ? へ、へへへ……。まあ、あんな妙なことがあったんじゃ、マジにもなるぜ」
彼らは、あの魔層化事件の最中、衛兵や冒険者に協力して、異変の情報を集めてくれていた。あの日、司令室の地図に書き込まれた情報のいくらかは、彼らの手柄だった。
「あっ、おじさーん! ちぃーっす!」
「ディラン殿!」
魔装騎士団に代わって貴族地区も巡回するようになっていた。そのため、魔術師学院の学生と出会うこともある。ピンクブロンドのスタイル抜群の女子生徒と、丸い肥満体の男子生徒が駆け寄ってきた。
「ふっふーん! 今日はユーリアとイルゼ、当番で遅くなるよぉ? おじさん、寂しいでしょ? 私がお家にいってあげよっか?」
「なっ!? 何してやがんだこのエロガキ!?」
アイネが実に自然な動きでディランの腕に抱きつく。苦笑したディランが何か言う前に、ゾマーががなり立てた。
「やーん、こーわいーっ。おじさん、助けてぇー」
「むがぁー! 隊長から離れやがれ! 逮捕すんぞ!」
「ア、アイネ殿っ。ユーリア殿とイルゼ殿に怒られますぞっ」
ゾマーの剣幕に怯えた(ふりをする)アイネは、豊かな胸にディランの腕を挟むようにしてより強く抱きついた。それはブルダンが、ふうふう言いながら引き剥がそうとする。
「アイネさん、ブルダン君。イルゼ殿下……いやイルゼへの呼び方が変わったな」
「へ? え、まあ」
「イルゼ殿のたっての頼みですからな」
照れくさそうな顔の二人を見て、ディランは微笑んだ。
「ユーリアとも、イルゼとも、これからも仲良くしてやってくれ」
「もちよ!」
「合点承知」
「……いや、隊長こそ殿下のこと呼び捨てかよ!?」
さらに数日後。
ディランの非番と魔術師学院の休日が重なってので、マイクラント家とその友人たちは帝都郊外にピクニックにきていた。
『レゼルヴィア恩賜公園』。
先々代の皇帝の時代に建設されたという、美しい庭園や美術館、休憩所に食事処、公衆浴場まで兼ね備えた施設である。
秋の気配が濃い、爽やかな青空の下、ディランと四人の少年少女は緑の丘を散策している。
ユーリアとイルゼが先頭、少し下がってアイネ、遅れて続くディランとブルダン。
「こうしてみると、帝都ってすっっごく広いのね!」
「そうね……あそこがお城で……お家は見えないですね」
ユーリアはいつもの黒いズボンにショートコート、マフラー。イルゼは純白のワンピースにショールという姿だった。
アデラ海の青と、ハイラス平原の緑に挟まれた巨大な都市を見下ろし、二人ははしゃぐ。そうして見ると、髪色こそ銀と金で違うが、仲の良い姉妹のようだ。
「ブルダンおそーい」
「し、少々お待ちを」
活動的ではあるが、露出度もなかなかのチェニック姿のアイネ。両手を腰にあて、ディランと並んで歩くブルダンを叱咤する。
「ブルダン君、少し持とうか」
「い、いえ。ディラン殿は病み上がり。だ、男子としてこの程度は」
野暮ったいローブの少年は、背に大荷物を背負っていた。大汗をかいているが、楽しそうだ。
「殿下、疲れませんか?」
先頭の二人に追いついたディランは、地味なジャケット姿。途中で合流したアイネは、ブルダンの背中を押してやっていた。
振り向いたユーリアとイルゼは、同じように眉をぴくりと上げる。
「おじさま? 公式の場以外では殿下はおやめくださいと」
「お父さん、私は心配してくれないの!?」
口々に自分を非難する二人の少女に、ディランは頭をかいて。
「すまんすまん。……ユーリアが疲れるくらいなら、イルゼはとっくに倒れてるだろ」
と、正論を言った。背後のアイネとブルダンも、ウンウンとうなずく。
「もーお父さん! イルゼばっかり過保護だ! 私も構え!」
ユーリアはディランの右腕に抱きついた。別に怒ってはいない。楽しそうだ。
「そうですよ、おじさま。いくら基礎体力が違うといっても、私の方がお姉さんなんですから」
イルゼはにこやかに言いながら、ディランの左腕の袖を摘んだ。割りと力がこもっている。
「えっ。違うよ! 私の方がお姉さんでしょ!?」
「それはおかしいわ。私は十六歳。ユーリアは十五歳ですよね?」
二人はディランの胸元あたりで睨み合った。
その背後で、アイネがこっそり「ヤバ、あたし最年長かよ」と呟いている。ちなみに十七歳。ブルダンは十六歳だ。
「私の方がお父さんの娘歴が長いもん! 私がお姉さん!」
「わ、私はおじさまの娘ではないけですど……まあ、限りなく娘に近いものということで……しかし、いずれそれとは違う存在に……まあそれは将来の話として。やはり、年齢順で私が姉の立場ですよ」
「……」
正直なところ、ディランには何故イルゼがここまで自分に懐くのか分からない。だが、実の父である皇帝のあの歪んだ愛しぶりや、かつて自分も経験した貴族社会の冷たさを考えれば、出来る限りのことはしてやりたいという気になっている。
それに、あのユーリアがこんなにも『普通の女の子』のようにはしゃいでいるのだ。
ディランは言い争う二人の向こう、帝都を見つめながら感慨にふけっていた。
「わかったよ! お父さんに決めてもらおう!」
「望むところです!」
「ん?」
ぐいぐいと両腕を引っ張られ、ディランは二人に視線を戻した。青い目と金の目が、じっ、と見上げている。
「私とイルゼ、どっちがお姉さん?」
「おじさま、どちらですか?」
《何でそんな話になるんだ……。この『重さ』はユーリア一人の時の倍じゃ済まないぞ……》内心、冷や汗を流しながらディランは少し考え……。
「そうだな……まあ、強いて言えば、相手の気持ちを尊重できる方がお姉さんらしいと思うぞ」
「えー……」
「ご、ごもっともです」
《やれやれ……。武王なんぞより、父親の方がよほど難しい》
自分の適当な誤魔化しに、頬を膨らませたり口ごもるユーリアとイルゼ。しかし、この『重さ』こそが、自分の背負うべき大事なものなのだ。
「そろそろお腹が空いただろう? ブルダン君の荷物の中には、シュトーノ爺さん特製のひき肉のパイが入ってるぞ。蜂蜜入りのアップルパイも」
「え! 凄い! 食べよう!」
「美味しそうですね……」
「あっちに丁度良い感じの木陰があるよー」
「では、絨毯を敷きますぞ」
ディランの言葉に、ユーリアとイルゼは即座に和解して袖を引く。
『武王』ディランは、いま『父親』である自分を噛み締めながら二人の娘に引っ張られていった。
予想より大分文字数と時間がかかりましたが、これにて『元武王のおっさんと、万魔王の娘』第一部完結でございます。
お付き合いまことにありがとうございました。
ここまでお読みいただいて、「まあ暇つぶしには良かったかな」「面白かった、お疲れさん」「もっと読みたいぞ」などと思っていただけたのなら、とても光栄です。
もしよろしければ、感想、評価をいただければとても嬉しく、エネルギーにさせていただきます。
第二部については、うっすらぼんやりとした構想しかない状況なので、開始まで少しお時間を頂きたく。
もし感想などでリクエストいただいて、「これは書けそうだな」というネタがあれば閑話的なものが書けるかも知れません(書けないかも知れませんが……)。
ともあれ、ひとまずはこれで失礼いたします。
御愛読と応援、本当にありがとうございました。




