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第五十七話 苦しい時

 『扉』から一気に大量の魔霊が噴出した。

 濁流のような魔霊の塊はギレンセンの巨体を包み込んでから、夜空に向けて上昇していく。そこから帝都に広がろうというのだろうが、闘技場の周囲に張られた結界によって阻まれる。結果、闘技場上空に雲のように留まり続けることになる。


「これは……」

「『星』が完全に目覚めたな。ワシの勝ちだよディラン……」


 魔霊に包まれていたギレンセンは強く目を閉じ、何かに耐えるように俯いていた。その巨体が、ぶるぶると震え。


「見ろディラン! これが人の可能性……その一つだ!」


 ゴォォ!

 かっと見開かれたギレンセンの両眼から瘴気が噴出した。ギチギチと肉体が膨張し、肌も青黒く変色していく。


「ギレンセン……!」


 ディランが見詰める前で、老騎士の肉体は白銀の鎧と一体化し、人間から別の生き物へと変貌していった。


「ふぅぅ……これが、魔層化イヴィライズという、ものか……」


 ギラギラと青黒い輝きを放つ両眼を細め、ギレンセンは呟いた。魔術器アークである鎧は完全に彼に融合し、甲虫の外皮のようにその肉体を守っている。同じく魔術器アークである斧槍も三倍以上に巨大化し、触手のような管でギレンセンの右腕に接続されていた。


「一度だけ、言うぞディラン。お前の娘……あのユーリアも今のワシと同じだ。帝国の望む、『人が同じでなければならぬ』世界では生きられん! 娘のことを思うなら、ワシに力を貸せ!」

「……!?」


 ギレンセンは言葉と、右腕と一体化した斧槍の先を突きつける。老騎士の言葉は、ディランも心の底では感じていたことだ。何せユーリアは色々な意味で『特別過ぎ』だ。ぎり、と奥歯を噛みしめる。


「……ふっ」


 だが、すぐにディランは口元を緩めた。


「そこは、ギレンセン殿の言うとおりかも知れない・・・・・・。ユーリアは将来、帝国から弾圧されるかも知れない・・・・・・。だが!」

「……ぬっ」


 ディランの瞳は、ギレンセンの『魔』に満ちた目を射抜いた。


「『かも知れない・・・・・・』であの子から未来を奪ったりはしない! ユーリアの未来は、ユーリアが創る! 私が守るのは、あの子の現在いまだ!」

「ぐぬっ!」


 突きつけられた斧槍を掻い潜り、ディランはギレンセンの胸元を長剣で薙いだ。

 ガン! と打撃音が響く。もともと魔術で強化された上に、魔層化イヴィライズの影響でよりいっそう強固になった鎧は斬り裂かれはしなかったが、その衝撃でギレンセンの巨体がよろめいた。


「よかろう……勝負!」


 ギレンセンの巨大な斧槍が旋回した。




「んんぅ!」

「ふんぎぃぃぃ~!」

「くそがぁぁ!」

「……ぬぬぬ」


 死闘がはじまった舞台の上、貴賓室では四人の女性が別の戦いを繰り広げていた。

 『光』のイルゼ、『水』のリリアナ、『闇』のディーガナバル。


「うー……!」


 そして『全』……『万魔王アルメイダス』のユーリア。


 『詩人ムウの星』を停止させるため、それぞれの『座』に立ち、体内の魔力を放出し続けている。

 『星』の六つの宝石には、それぞれの属性の魔術師の命から吸い上げ儀式で強化した魔力が込められている。それを押さえ込むためにどれほどの魔力が必要なのか……ディーナですら見当も付かなかった。


「ちょ、無理っ。私ここまでに結構魔力使ってるしっ!」

「弱音吐くんじゃねー! おエライ魔術師さまなら踏ん張れや!」


 さっそく弱音を吐くリリアナをゾマーが叱咤する。が、これで怒られるのはリリアナも不憫というものだ。実際、ここまで彼女はかなりの魔力を消費してきている。


「イルゼさん、大丈夫?」

「は、はいっ! ユーリアさん、こそっ……」


 イルゼはもともと学生だ。等級こそ一級であり魔力量は十分だが、魔力を扱う技量はまだ未熟だった。貧血になったように青い顔をしている。

 そしてユーリアは。


「んんっ……私は……平気……だけどっ……」


 ユーリアは、『風』『地』と、『光』の宝石へ等しく大量の魔力を注いでいた。さすがに、顔中に汗を浮かべている。


「万魔王、ハンパないね……。でもやっぱ厳しい、か……」


 ディーガナバルは、最強の闇魔術師と呼ばれるだけありまだ余裕がある。しかし、この逆儀式に必要なのは『六つ』の属性の魔力なのだ。たとえ、魔力量そのものにばらつきがあったとしても……。


「くそ。年はとりたくないねっ」


 ディーナは小さく毒づいた。




 ゴォ!

 瘴気をまとった斧槍が、縦横無尽にディランに襲いかかった。剣や槍に比べれば竿状武器ポールウェポンは『遅い』、という一般論など次元の彼方だ。


「くあっ!」

「っ!?」


 頭上から迫ってきていたはずの斧槍が、瞬時に足元から腹を狙って駆け上がっていく。ぎりぎり受け止めた長剣が、ギレンセンの手首の一捻りで斧槍の鉤爪に絡め取られ、宙に舞った。


「はっ!」

「ぐおっ」


 頭上に跳ね上がった長剣を、ディランは視線だけで追った。それを見たギレンセンは、先読みで斧槍を頭の高さで横薙ぎする。

 が、それはディランの誘導フェイク。素手のままギレンセンの懐へ飛び込み、腹へ横蹴りを叩き込んだ。


「っと。硬いっ」


 衝撃で数歩下がったギレンセンを尻目に、落ちてきた長剣をキャッチしたディラン。だが、足に伝わる感触に顔をしかめる。


「腕をあげたなディラン。だがワシもまだまだ負けんぞ!」


 ギレンセンはどこか楽しそうに言った。斧槍がまとう瘴気が濃くなり、刃自体を数倍に巨大化させる。


「ぬうんっ!」


 両手で斧槍の中央を掴み、高速で回転させる。恐るべき切れ味と破壊力を秘めた漆黒の円盤がディランを襲った。


「……うおっ!」


 さすがに魔術器アークでもないただの剣で受けられる攻撃ではない。本能と経験から警告を受けたディランは横に後ろに、転がりながら回避する。


 ザグッ!

 斧槍の残像が触れただけで、舞台の石畳はチーズのようにえぐり取られ消滅していく。


「ちえやっ!」

「おうっ」


 横薙ぎに襲った漆黒の円盤をディランは、ぐん! と前方に低く低く沈み込みながら避けた。後ろ足で地を蹴り、ギレンセンの脇を飛び抜けながら、異形の鎧に守られた腹部に長剣を触れさせる。

 並の斬撃では傷もつかない。ディランは一瞬だけ、鎧の表面で長剣を停止させ……そこから一気に『引き斬った』。


 ブシュゥ!

 ギレンセンの腹部に横の線がとおり、そっから鮮血が噴き出した。

 刃に特殊な震動を加えることで、鋼鉄も斬り裂く秘剣『きしり斬り』。


「無駄なのだ、ディラン。ワシにもう人の技は効かん」


 しかし肉体と同化した鎧を深く斬り裂かれたギレンセンは、むしろ気の毒そうに言った。その言葉を証明するように、傷口はあっというまに塞がっていく。


「そしてワシの技ももう、人のものではない」


 ギレンセンの鎧。その胸元に彫り込まれた竜の目が、ギラリと輝いた。


 ゴオッ!

 炎と閃光、衝撃波が竜の目から放射される。


「うおぉっ!?」


 広範囲攻撃は、剣士が最も苦手とする攻撃手段の一つだ。ディランも大きく横に転がって避けるしかない。それでも。


「そこっ!」

「……ぐっ」


 避けた先に、黒く肥大化した斧槍が振り下ろされる。何とか長剣で横に受け流すが、圧倒的な力にふっ飛ばされ、ディランは地に伏した。その右腕は深く斬り裂かれている。





「こいつぁヤバイ」


 ディランの胸元の護符で彼の状況を知ったディーガナバルが、顔を歪めて呟いた。


「お父さん!? 助けにいかなくちゃ!」

「止めな! あんたの仕事はここで『星』を止めることだ!」

「うぅっ」


 直感か、ディーナの表情からか父の危機を感じたユーリアを、闇魔術師は鋭く止めた。普通の状況なら、他人の言葉でユーリアが止まることなど有り得ないが。

 今この場では、イルゼも顔を蒼白にして耐えている。それが、ユーリアをぎりぎり引き止めていた。


 枯れた井戸にひたすら水を注ぐような作業だ。さすがのディーナも顔色を悪くした瞬間。


「やっほー! 美少女ヒロインアイネちゃん! 華麗に参上だよ!」

「遅参しましたっ」


 ディーナが出現した影――司令室と貴賓室を結んだ通路――から、二つの影が飛び出した。

 アイネとブルダンは、躊躇なくそれぞれ『風』と『地』の座につき、魔力を放出しはじめた。


「アイネ! ブルダン! 危ないよ!」

「お二人とも……危険です、下がってください!」


 ユーリアとイルゼは、それぞれの言葉で少年と少女に警告する。が。


「もー寂しいこというなって! 友達じゃん!」

「……苦しい時に助け合わないなら、それはただの知人でしょうな」


 アイネもブルダンも魔術師の素質があるというだけの一般人だ。

 ディーナから、この作業の重要性とともに、危険についても聞いている。二人の顔は、恐怖と緊張で引き継いっていた。

 だが、それでも彼らは来たのだ。


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