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第五十六話 それぞれの選択

 ディランが通路を抜け舞台にたどり着いたのは、イルゼたちがウードと対面したのとほぼ同時だった。


 円形の観客席と同じ円形の舞台の間には、広い空き地が挟まれている。

 その空き地から、ディランは舞台上の『扉』と、巨大な人影を見た。闘技場の上空には数十の黒い影――魔霊が飛び交っている。


「ギレンセン殿!」

「……ディラン。久しいな」


 長剣を片手に、ゆっくり舞台に近づきながらディランは人影、ギレンセンに声をかける。


「シュレイドは……死んだか」

「はい。紙一重かみひとえの勝負でした」

「……」


 ディランの答えは、武人としてシュレイドに贈る最高の賛辞だった。それを感じたギレンセンは、数秒目を閉じる。それで、シュレイドに関する話は終わりだった。


「第一大隊の連中はどうしました? 貴方がおびき出したんでしょう?」

「全員、そこ・・に叩き込んだ。儀式に必要だったでな」


 今度は、ギレンセンの答えにディランが目を閉じた。そこ、とは明らかに異界へ通じた『扉』の内部だったのだ。


「貴方には、聞きたい。いや聞かねばならない。――何故? こんなことを?」


 舞台に上がったディランは問いかけた。ほとんど表情は変わらないが、声にはどこか悲痛な響きがあった。『大戦』時、武術の腕以外はただの少年であったディランとシュレイドを庇護ひごし、一人前の軍人に鍛え上げたのが、目の前の老騎士なのだ。


「ふむ……」


 ギレンセンは正面からディランを見た。

 魔装騎士の白銀の鎧がガチャリと鳴る。手には斧槍ハルバート


「帝国への恨み、ですか?」

「それは、第二大隊の若者たちの理由だな。彼らはみな貴族だが、親兄弟から切り捨てられた者たちばかりだった」

「彼らの恨みを引き受けたと?」

「ワシにもワシの理由がある。ワシはな――『人』の未来を守りたい」

「? ……もう少し詳しく」


 儀式の完成までに残された時間が分からない。ディランは焦りながらも、先を聞いた。


「かつて人が竜を倒そうとした時、人は己を鍛え竜を越えた。だが、帝国のシステムは人は変わらぬまま、技術で竜を倒すというものだ」

「その方が犠牲は少ないでしょうに。社会とはそういうものです」

「このまま、技術だけに頼った社会が進んだ時……人は人でいられなくなるだろう。技術と、それを支え発展させるシステムそのもの・・・・・・・・が人を支配するようになる」


 ギレンセンは憂鬱な顔でため息をはいた。


「それは、許せることではない。ディラン。今ここで、帝国を潰さねばならんのだ」

「……」


 ディランは顔をしかめた。ギレンセンの予想は、『己を鍛えて竜を越えた』人間である自分が、帝都に移住して以来うっすら感じていたことだったのだ。

 しかし。


「ギレンセン殿の空想で、帝都の人々を死なせるわけにはいきません。帝国政府の方針が気に食わなければ、政治的にやればよろしいでしょう」

「ふ……」


 まったくもって正論であった。ギレンセンの厳つい顔に、少しの苦笑が浮かぶ。


「ワシがもう十年若ければそうしたかも知れぬ。いや……『人を極めれば技術など要らぬ』ことを示すためにはやはり、これ・・が必要だ」

「ギレンセン殿の理屈が正しいとしても、帝都の人々を見殺しにはできません。それに私は、衛兵です。その義務を放棄することもできない」

「だろうな。お前は、優しい子だった」


 ディランの返事にギレンセンはまた少し頬を緩めた。無論、すぐにギチリと――仮面のように無表情になる。


「やむを得んか。この老人を止められるものならば、止めてみよ」


 ギレンセンは斧槍をゆるやかに旋回させ、構えた。今度は、斧頭を頭上に。


「……親父」


 ディランは口の中で小さく呟き、長剣を上段に。


 ドォ!

 二人の間に殺意が凝縮し始めた瞬間、客席の方から轟音が響いた。

 防壁で囲まれた貴賓席から極彩色の光の柱が立ち上っている。『扉』から大量の魔霊が溢れ出し、その前にいたギレンセンの身体を包み込む。





 貴賓室。


 ズズンッ……ズズンッ……。

 巨大な霊的存在が『こちら側』へ接近してくる気配は、どんどん強くなっていた。


 イルゼは青ざめて光の柱の基点となった『星』を見詰める。


「何だろ、これ。へんな感じ」

「……あっ」


 この期に及んで、恐怖も不安も感じさせないユーリアの呑気な声に皇女ははっとした。


「ウード教官は光と闇の属性持ちだったのです。これで、全ての宝石に全属性の魔力が……」

「こここれ、どうしりゃ良いんですか!?」

「是非もありません。破壊します!」


 イルゼは決然と黄金の目を吊り上げ、最大の攻撃手段『炎葬焦熱鏡フレアミラー』を『星』とそれが安置された台座に向けた。本来なら、鏡に映し出された対象を、恒星を思わせる高圧高熱のエネルギーが焼き尽くすはずだったが。


「!? 鏡が発動しません」

「『神器アーティファクト』同士の防御機構ですよっ。やばいやばいっ」

「く……!」


 リリアナの解説に『鏡』を諦めた皇女は、『光輝の指輪グレアリング』の光線を発射する。だが、鋼鉄を容易く焼き切る光線は『星』を包む極彩色の光の柱の前に全て霧散していった。


「……えい!」


 ユーリアが無造作に小剣で光の柱を薙ぎ斬ろうとしたが、小剣の刃が消滅してしまう。


「あれ?」

「これは……」

「も、もう無理ぃ」


 闘技場内には魔霊が溢れ荒れ狂い、謎の巨大な霊的存在も接近し続けていた。イルゼとリリアナもパニックにならないでいるので精一杯だ。


「うろたえるな小娘ども!」

「へっ?」


 そこに、闇魔術師ディーガナバルの声が轟いた。いや、今度は声だけではない。


「『恐ろしいモノ』は『星』の輝きを目指してやってくる! 今のうちに『星』を停止する逆儀式を行うよ!」

「痛ぇっ! 何すんだばばあ!」


 貴賓席の片隅の影から現れ、まくしたてるのは露出度の高いローブの美女、ディーガナバルその人だった。闇魔術による空間転移。驚くべき技量である。

 しかもどういう訳か、術者以外の人間――衛兵のゾマーを引きずっていた。


「デ、ディーガナバル師!? 逆儀式って、どうすれば」

「『星』は六属性の魔術師の魔力を宝石に充填させて発動させる。だから、逆に六属性の魔力で宝石から『星』への魔力供給を遮断する!」


 早口で説明しながら、首根っこを掴んだゾマーを床の魔法陣の『火』の座に立たせる。


「あんたはそこ! 私が合図したらとにかく魔力をガーっと出せ!」

「な、何なんだよ一体……」


 ゾマーは何が何だか分からず混乱していた。闘技場の正門を突破し、中庭で魔装騎士と戦っていたところから、いきなり闇魔術でここまで連れてこられたのでは、無理もない。

 衛兵司令部でディーナの正体を知ったところなので、逆らうわけにもいかなかった。


「ほら、殿下とあんたはこっち!」


 ディーナはイルゼとリリアナを引っ張っていく。『星』の置かれた台座を囲む魔法陣、その六つの頂点のうち『光』の座にイルゼ、『水』の座にはリリアナを立たせた。


「ディラン娘! あんたは全属性なんだろ? だからそこに立ちな!」

「う、うん」


 ディーナの剣幕に押され、ユーリアは『星』の側に立った。ディーナ自身はもちろん、『闇』の座。


「お、お待ちくださいディーガナバル師! 『風』と『地』が足りませんが……」

「そこは気合で何とかする! もしくは、全属性持ちのディラン娘が頑張れ!」

「えー……」




 闇魔術師ディーガナバルが空間を跳躍した影の通路は、衛兵司令室に実はまだ残っていた。

 その入口である影の塊を、アイネとブルダンはじっと見つめている。


「……ど、どうしよう」

「むう」


 ディランに渡した護符を中継して闘技場の出来事を把握していたディーナは、二人を残して貴賓室へ移動していた。

 その時、言い残していたのだ。


『どういう奇跡なのか、悪魔の嫌がらせかわからんけど、。あんたたち二人は残る『風』『地』の属性持ちだ。私は立場上、民間人に強制はできねーけど……この後、ディラン娘とイルゼ殿下が生き残れるかどうか、帝都が滅びるかどうかは、あんたたちにかかってる』


 と。


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