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第五十一話 血風、抜けて

 五層建ての闘技場。

 その外層に沿って円を描く通路で、ディランは剣を振るっていた。

 相手は、最新魔術器アークで武装した騎士たち数百人。それも、厳しい訓練を積んだ本物の魔術器アーク使いたちだ。


 その姿は魔術器アークの明かりに照らされ、闘技場を取り囲む衛兵たちには、まるで影絵劇のように見えた。


「すげぇ、すげぇ、すげえっ!」

「ひぇぇっ」

「……あれが武王、なのか……」


 歓声をあげる衛兵たちの中でも、最も熱心に声援を送るのはゾマーだった。リューリンクとヴィダルも、驚愕しながらどこか誇らしげである。


「どうだよ、うちの隊長はよぉ! めっちゃ強ぇだろが!」

「お、おうっ……魔術器アーク使わなくてもあんなことできるんだな……」

「あーあー、姐さん、すっかり隊長に参っちまって……」


 別の隊の衛兵の首根っこを掴み、また一人魔装騎士を叩き切ったディランを指差してゾマーは叫んだ。がくがく揺さぶられる衛兵も、呆然としている。




「いや、ほんと。凄いね。同じ人間とは思えないよ……」

「司令、しっかりしてください。ディランが二階を制圧したら、正門を突破しなければ」


 太った司令官も、驚きと恐れが入り混じった顔でディランの激闘を見つめていた。それに冷静な指摘をする副司令も、顔色は青い。


「そ、そ、そうだねっ。彼一人にやらせるわけにはいかないよねっ」

「それもありますが……」

「ん?」


 副司令は帝国政府に個人的な人脈があった。そのつてで、いくらか政府の方針を聞いたところでは……。


「あのような人間が十人もいたら、簡単に帝都を殲滅できるでしょうな。……帝国が武術より魔術・魔工学を推奨する気持ちがやっと分かりました」




 闘技場から衛兵たちの様子をうかがう余裕は、さすがにディランにもなかった。なにしろ、忙しい。


「ふっ」

「ぎゃっ!?」


 正面の魔装騎士が振り下ろした風魔剣エアリッパーを、半身で踏み込みながらギリギリで躱し、同時に彼の喉を剣先で貫く。


「おのれっ、うわっ!?」

「ぐげっ」


 喉から血を噴き出す騎士の腰を掴んで、背後の騎士の列に投げつけ。思わず仲間の身体を受け止めた二名の首を、一振りで斬り裂く。


「ぬがぁぁぁっ!」


 ドゴッ!

 一際大柄な騎士が、同じく巨大な戦槌メイスを振り下ろす。岩砕棍ロックバスターと呼ばれる魔術器アークは、飛び退いたディランの背後、石製のテラスを粉々に粉砕した。


 飛び散る無数の石の破片に、周囲の騎士は顔を覆う。

 だが、戦闘モードになったディランの視界を『ゆっくり宙に広がっていく』石の破片は、格好の道具だった。

 掌を前に突き出し、人差し指を親指で押さえる――いわゆる『デコピン』の構えをとり。宙を飛ぶ破片を連続で弾く。


「しっ」

 ビビッ!


「がっ!?」

「ぎぁっ」

「何だっ!?」


 指で弾かれた破片は凶器となって、正確に騎士たちの目や喉を貫き重傷を与えていった。


「おのれぇっ!」


 何が起きたか、理解はできていない。だがディランが『何かをして』仲間たちの顔面を血まみれにしたと感じた巨漢の騎士は、怒りに任せて岩砕棍ロックバスターを振り回す。


「……ここだったか?」

「うおっ!?」


 ディランは]地に張り付くような姿勢で戦槌をやり過ごすと、巨漢の膝裏(鎧では覆えない弱点だ)に、ずぶりと親指を突き立てる。


「ぎっ!? ががっ!?」


 巨漢の全身を凄まじい激痛が襲う。ディランは膝裏に突きこんだ指先を捻り、巨漢の筋肉に一定の方向性を与えた。


「うわあぁぁぁっ」

「ぐえっ」

「ぎゃふっ」


 巨漢は激痛に操られ、意思に反して味方の騎士たちを岩砕棍ロックバスターで薙ぎ払う。文字通り岩を砕く破壊力に、騎士たちの上半身はばらばらに飛び散り、血の霧を撒き散らした。


「あ、あ、あああ……げふっ」


 一回転して周囲の味方を薙ぎ払った巨漢の横に立ち上がったディランは。静かにその心臓を貫き、とどめを刺す。


「う、うわぁぁっ!」

「くそおぉぉ!」


 あまりにも凄惨で、圧倒的な力の差。

 なまじ、ギレンセンによる地獄のような訓練をくぐり抜けてきただけに、騎士たちにはそれが理解できていた。

 そして、それでも。彼らが感じたのは闘志と――憧れだった。


「第二大隊バザム中尉、参るっ!」

「同じくマイラーサ少尉、一手ご教授!」

「応っ」


 風の魔力を借り加速した剣が迫る。ディランは踏み込んでその柄を蹴り飛ばす。蹴り足は空中で稲妻のように向きを変え、バザム中尉の頭蓋を粉砕する。

 マイラーサ少尉が捨て身で接近し至近距離から放った火竜槍の熱線は長剣の腹で受け流し・・・・、横にいた騎士の胸板に直撃させた。


「……こいつら……馬鹿野郎ども……」


 魔術器アークこそ使っている近代的な戦士たちだが。その目に、昔の自分と同じ純粋な闘争の歓びを認めたディランは、苦く呟いた。





 ディランが屍山血河しざんけつがを築いているころ。

 闘技場の内部。かつて、皇帝が観劇をした貴賓席である。


「……では、自分も出撃しますっ!」

「うむ……武運を」


 ディランの突入を報告した伝令の騎士が、一礼して立ち去った。

 それを見送ったのは、巌のような巨体の老騎士。『軍神』ギレンセン・ザナ。そして。


「時間稼ぎ、か。あとどれくらい待てば良い?」

「……半刻。いえ、四半刻で結構ですよ」


 苦々しい顔で質問を発したのは、『武王』シュレイド。

 それに答えたのが、黒髪に黒ローブの魔術師、ウード・シュライ。トレードマークだったターバンは外し、エルフの血筋を表す尖った耳を露わにしていた。


 貴賓室は、ちょっとしたパーティを開けるほどの広さがある。

 いま、豪華な家具類は片付けられ、床に魔法陣が描かれていた。魔法陣の中央の台座に置かれたのは……『詩人ムウの星』。


「少なくても、その男が十分闇の魔力を提供してくれるまでは、邪魔をされたくないですな」

「う……ぁ……」


 ウードは涼しい顔でいった。

 『その男』。魔装騎士団第一大隊長セオドールは、台座の下に血まみれで倒れていた。魔力を感知する魔術師がいれば、彼の首筋の傷から闇の魔力が『星』に吸い上げられていることが分かっただろう。


 セオドールの魔力を吸い上げていく『星』には、六属性を象徴する六つの宝石が飾られている。

 そのうち、『地水火風』を象徴する四つの宝石は、眩く輝いていた。『光』を象徴するダイヤモンドは、うっすらとした発光。そして、『闇』を象徴する黒瑪瑙ブラックオニキスは、チカチカと明滅していた。


「待っている間に、『彼ら』がイルゼ殿下を連れてきてくれれば一番良いのですが」

「もし間に合わなければ……」

「その時は、仕方ありません。別に、私はどちらでも良いんです」

「……そうか」


 どこかいたましげなシュレイドの質問に『どちらでも良い』と答えたウードの表情は、百戦錬磨の剣士すらゾっとさせるほど虚無的だった。


「なら、俺も行ってくるか」

「良いのか?」


 シュレイドは大剣を左手・・で肩に担ぐ。見れば、彼の右腕は肘から先を消失していた。


「ああ。どうなるにせよ、ディランとは決着けりをつけておきたい」

「……武運を。もし、先にくようなことがあれば――シシアとレオンによろしくな」


 ギレンセンは静かにシュレイドを見送った。




「そら、もういっちょ!」

「まだまだぁっ! 気合入れろぉ!」


 闘技場の二階層に、全ての魔装騎士が詰めていたわけではないだろう。

 それでも、ディランが次から次へ片っ端から斬りまくった結果、彼らは混乱し組織的な戦闘ができなくなっていた。

 その隙きをついて司令官は衛兵たちに突撃を指示する。

 いま、衛兵たちは巨大な丸太に鉄のカバーを被せた破城槌で、封鎖された闘技場の正門を破壊しようとしていた。


「……ここはもういいか」


 その様子を二階から確認したディランは、闘技場内部へ駆け出す。結局、一筋の傷すら受けていない。


 一階まで階段を駆け下り、闘技場の舞台へ向う通路を進む。普段は、多くの観客が利用するだけあって通路は広々としていた。《ちょっと前に、ユーリアやアイネさんたちと観劇に来たときにもここを通ったな……》

 ちなみに舞台を目指すのに特に理由はなく、勘だ。


 その通路の途中、一人の騎士が行く手を遮った。


「……よぉ」

「ああ」


 お互い、ちょっと散歩中に出会ったような挨拶を交わす。

 ディラン・マイクラントとシュレイド・トレーネ。

 かつて『武王』と呼ばれた二人は、まったく同時に『にやり』と笑った。


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