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第五話 『問題児』たち

 翌日。


 人口二十万を数える巨大都市の治安を預かる組織は、大まかに三つある。

 最も権威と権力、実力を持つのは魔装騎士団。魔術器アークを持つ騎士や、魔術師で構成された精鋭部隊だ。皇帝の居城を中心として貴族や神官、富裕層が住む地区の治安維持を主な任務とする。次いで、帝都守護兵団。これは純粋な軍事力として、帝都の外に駐屯地を持つ。

 そして、帝都の中流から下層、貧民まで大多数の臣民が暮らす地区は『帝都衛兵隊』の管轄だった。


 広大な帝都の五割以上の区画を警備するだけあって、衛兵隊司令部はちょっとした城塞並の規模と防備を誇っていた。


 その司令部にディランは一人で訪れている。

 ボーネン男爵家は使用人に案内させると言ってくれたが、司令部の場所そのものは昔と同じと聞いたからだ。ユーリアは半ば泣きべそをかきながら、魔術師学院へ向かっている。


 知った顔はなかった。

 そこらに居た衛兵に男爵の推薦状を見せ、司令官の執務室へ案内してもらう。


「ディラン・マイクラントです。これからお世話になります」


 豪華なデスクの向こうでふんぞり返る、でっぷり太った司令官にディランは敬礼した。もともと騎士で、魔境都市では十年以上軍の部隊を率いていた。見事な敬礼である。


「うむ。私が衛兵隊司令官のエッセン子爵だ。……ふーむ……」


 司令官は、男爵の推薦状と目の前のディランを交互に眺めた。特に推薦状を読む時は、胡散臭そうに片眉を上げている。


「『大戦』の英雄、『武王』ねぇ……。確か、あの頃そういうのが居たような気もするなぁ……」

「懐かしいですな。いえ、本人を前に言うことでもありませんが」


 ぎりぎり四十路の司令官は、億劫そうに記憶を掘り返した。三十年前の大戦時、彼はまだ成人もしていない。特に戦史や武術に興味もない彼の記憶が曖昧なのも、まあ無理はないだろう。

 一方、司令官より少し年上に見える副司令は、『武王』の名に少し懐かしそうな顔をしていた。


「まあ良い。魔術器アークが使えて指揮官としての経験もあるなら、中隊長くらいは務まるだろう? ボーネン男爵の顔も立てねばだしな」

「はあ、それが……」

「ん?」

「実は私、魔術器アークが使えないのです。魔術適正が、闇の七級でして」

「はぁ!?」


 司令官は細い目を見開いた。

 魔術適正には、地水火風と光闇の合わせて六属性、特級から七級までの八階級がある。属性が闇というのはまあ、魔術器アークを使う上では問題ではない。

 しかし、七級。七級というのは要するに、全く魔力を放出することができないということだ。


 『誰でも使える』ことが魔術器アーク最大の利点ではある。が、六級までの人間なら必ず備えている『最低限の魔力』がなければどうしようもない。魔術器アークを使うためには、『魔術器アークに充填された魔力を起動するための魔力』が必要だからだ。

 たとえるなら、燃料があっても、火打ち石がなくて着火できないようなものである。


「七級って。そんな奴いるのぉ?」

「……極めて稀ですが。私も実在するとは思いませんでした」


 驚きで素に戻ったのか、子供のような口調で呟いた司令官に副司令官が答えた。


「ほんとに魔術器アークが使えないのか……。それじゃあ中隊長はやらせられないなぁ……」

「隊の規則に反しますからね」

「現場で働かせていただけるなら、一兵卒でも文句はありません」


 困ったように相談する司令官と副司令に、ディランはきっぱり言った。

 今更、過去の栄光に未練はない。市民の安全を守る職であれば、立場などは気にならなかった。《……いや、あんまり給料悪くてユーリアの学費を払えないのは困るが……》


「ディラン君」

「はっ」

「すまないが、今、小隊長の欠員は一枠しかないのだよ」

「新顔である私を小隊長に任じていただけるのでしたら、光栄であります」

「ううむ、それがねぇ……」


 司令官が言うには、現在隊長不在の小隊に所属している隊員は全員『問題児』なのだという。


「問題児、ですか……」

「うむ。第六〇一巡察小隊なのだが。命令無視は当たり前、市民に暴力を振るうわ、衛兵隊内でも揉め事ばかりという厄介者どもだ」

「ただし能力だけは高かったり、まあその……特殊事情もあってね。除隊させるの難しい……という微妙な連中なのだ」


 顎を撫で呟くディランに、司令官と副司令は代わる代わる説明した。その『問題児』たちには手を焼いているらしい。


「連中の嫌がらせで異動願いを出した隊長が何人もいてねぇ」

魔術器アークが使えない君では少し荷が重いだろう。……隊長ではないが、補給部隊の主任に空きがあるのでそちらはどうかね?」


 司令官と副司令の目には、たしかに同情の色もあった。それは承知しつつ、ディランはきっぱりと希望を告げる。


「いいえ。第六〇一小隊長、ぜひ私にやらせていただきたい」

「……うーむ、しかしねぇ……」


 ディランとしては魔術器アークが使えない自分が冷遇されるのは分かっていた。事務や雑用の部署に回されるよりも、直接都市内をまわり治安を守る部署に就きたいのも当然だった。

 ディランの希望を聞いて、二人の上官はひそひそと囁き合う。


「……じゃ、そういうことで」

「は」


 やがて、相談がまとまったようで司令官と副司令が姿勢を正した。ディランは緊張の面持ちで言葉を待つ。


「ディラン君。君を衛兵隊少尉とし、第六〇一巡察小隊長に任命する」

「拝命いたします!」


†6


 司令部内の下級衛兵用食堂。

 驚くほど長いテーブルが何列も並び、衛兵たちが思い思いに食事を腹に詰め込んでいた。平和で豊かな帝都を象徴して、スープには大きな肉が浮かび、パンは白い。


 『大戦』時のような殺気など露ほどもない。笑顔や明るい話し声で満ちた活気のある食堂……だが、その一角にだけ暗雲が立ち込めていた。


「あー? 誰だよ?」

「どもっす!」

「……」


 テーブルの端を占拠した衛兵たちは、目の前のディランに胡散臭そうな目を向ける。

 司令官の執務室から退出したディランは衛兵の装備と制服を受け取り、着替えていた。鎖帷子に、濃い青色のコート。武器は自前があると辞退している。


《なるほど、これは確かに問題児だな……》

 ディランが小隊長を務めることになった第六〇一小隊の人員は現在三名。


「おっさんが隊長だぁ? 男爵様の知り合いかなにか知らねーが、調子のんじゃねーぞ?」


 露骨な敵意をぶつけてくるのは、赤毛の女衛兵。事前に確認した資料では、名前はゾマー。独断専行と命令無視の常習犯。連結棍棒フレイルの腕前は隊内でもトップレベル。さらに、高い魔術適正を持ち、精霊との契約までしていた。何故魔術師になっていないのか不思議だが、それがなければ、とっくに隊から放り出されているだろう。


「まあまあ姐さん! 仲良くやりましょうよ! よろしくお願いしまっす!」


 へらへらと笑いながら、気安く頭を下げるのは小柄な青年。リューリンク。短剣使い。尾行や捜索など、細々した技術に長けている。彼の問題点は、都市のあちこちから賄賂を受け取っていることだった。


「……」


 火竜槍を抱えたまま、ちらりとだけディランを見てすぐにそっぽを向いた青年は、ヴィダル。資料によれば、ある貴族の妾腹の子であり、厄介払いで衛兵隊へ押し込まれたらしい。火竜槍は隊の備品ではなく、彼の私物であった。噂では他にも魔術器アークを所持しているとか。


「……ディラン・マイクラント少尉だ。改めてよろしく頼む」


 彼ら三人の様子を順に見ていったディランは、静かな声で言った。


「……そろそろ定時巡回の時間なので、さっそく出発したいのだがその前に……」

「?」


 新任隊長が何か気に障ることでも言おうものなら、断固として嫌がらせをしてやる。そう決意していた三人は、静かなディランの言葉に思わず耳を傾けた。だがその静けさは、ただの前兆だったのだ。


「気をぉつけぃ!!!!」

「ひっっ!?」


 背筋を伸ばしたディランが大音声で号令した。

 ただの大声ではない。広い食堂内を震わせる重く鋭い声だ。衛兵全員が、ビリビリと背筋が痺れる感覚を味わっている。

 ディランは地獄の最前線を斬り抜け、魔獣妖魔が跳梁跋扈する魔境都市で精鋭を率いてきた男だ。その気迫の前では、平和な帝都の『問題児』など、木の枝を振り回す幼児に過ぎない。


 六〇一小隊三名のみならず、食堂にいた全員がバネ仕掛けの玩具のように飛び上がり、直立不動の姿勢をとるのも当然だった。


「服装の乱れは規律の乱れ! ……などと、堅苦しいことは言わん。だが!」

「な、何だよ……」


 女性にしては長身でスタイルも良いゾマーは、口をへの字に結び不機嫌そうに自分を見る新任隊長を、精一杯の気合を込めて睨み返す。


「若い娘が胸を丸出しにするなど、言語道断! 今すぐ服装を正せ!」

「なっ!? あ、は、はいぃっ」


 確かに。ゾマーは鎖帷子の留め金も外し、コートの前も広げて大きな胸の谷間を強調するファッションだった。落雷のような命令に頭の中が真っ白になったゾマーは、反射的にその言葉に従ってしまう。


「うう……きつ……」

「サイズが合っていなければ、後で調達官に申請しておく。では、出発するぞ」




 新任隊長に率いられた六〇一小隊が立ち去ると、食堂内の衛兵たちはほっとため息をついた。


「な、何だったんだあのおっさんは……」

「こないだまで、魔境都市の軍にいたらしいぜ?」「マジかよ……」

「なんか武王? とか聞いたけど」「知らねー……」

「でも、魔術器アークも使えないって」

「ほんとかよ。そんな雑魚が、あの六〇一小隊をびびらせたのか?」



 一方、ディランに連れられ巡察に出た三人も、不満たらたらであった。中でもゾマーは顔を真赤にして怒りに震えている。


「あのクソ親父……あたしに恥をかかせやがって! 絶対に追い出してやる……!」


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