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第四十九話 救うべき者

 アイネとブルダンの報告は衝撃的だった。

 しかも、それを突き止めたイルゼ皇女は、リリアナを連れて既に闘技場へ向かっているという。

 ゾマーとアイネの暴言が特に赦されたのは、その知らせがあまりにも重大だったこともある。

 誰よりも早くディランが二人に雷を落とし、皇帝自身が苦笑して許したことでようやく司令室には落ち着きが戻った。


「しかし、まさかだねぇー」

「……」


 司令官のふんわりした感慨は、しかしこの場にもっと相応しかったかも知れない。


『まさか、イルゼ皇女が『星』を使い魔物を呼び出していたとは』

『まさか、魔術師学院筆頭教官のウードが皇女を騙し、『星』を使うよう仕向けたとは』

『まさか、魔装騎士であり武王でもあったシュレイドが魔物とともに皇女をさらいにくるとは』


 どれも司令室の全員の一致した『まさか』である。


「……と、とにかく。儀式を行う『十界の扉』が闘技場にあるのなら、そこへ踏み込みましょう」

「そ、そうだねっ! 各隊長を招集して出動しよう。何としても、イルゼ殿下をお救いせねば」


 副司令のまっとうな意見に、司令官は大きく頷いた。


「いや、待ち給え。イルゼのことはどうでも良い」

「は?」


 そこへ皇帝が待ったをかけた。ディーナの魔術による虚像であるからなのかどうか、その表情は冷徹なままだった。


「し、しかし殿下は……」

「聞けば、此度こたびのことの発端はどうやらあれ・・らしい。しかも、皇族という立場でありながら一人で解決しようと闘技場へ向うとは」


 皇帝は額を押さえ、大きなため息をついて続ける。


「エッセン子爵。それに、特にディランには言っておく。最優先は事態の解決。『星』を破壊することだ。その上で、どうやら首謀者か、それに近いらしい筆頭教官シュライ、副団長ギレンセン、騎士シュレイドを捕縛ないし処刑せよ。……イルゼについては構うな。もしも邪魔になるようなら見捨ててよろしい」

「は、はぁ……」


 エッセン子爵。すなわち司令官は、あまりに冷たい皇帝の言葉に青ざめた。ちらり、とディランへ視線を向ける。

 ディランは口元をひん曲げて少し考え、口を開いた。


「恐れながら。……ギレンセン殿については、首謀者呼ばわりは早いのでは?」

「シュレイドのやることを彼が知らんわけがあるまい。さらに、この期に及んで部下ごと失踪している。……もっと言えば、彼は以前から反帝国思想ありということで、政府の監視下にあったのだ」

「……」


 皇帝の推論は大雑把ではあったが、その分反論が難しい。その上、以前からギレンセンには疑わしいところがあったという。『軍神』と呼ばれ、若いころの自分たちにとって親代わりとすら言えた人物が、敵になる。さすがに、殺伐とした魔境都市を生き抜いてきたディランにとっても辛い。


「では、イルゼ殿下は。皇族の方を見捨てるわけにはいきますまい」

「皇族だからこそだ。今回の事件の発端という責任もある上、この独断専行。それを救うために貴重な時間や戦力を裂くなど、愚の骨頂だろう」

「……」


 皇帝の口調は変わらず冷徹だった。もしも内心ではイルゼを救いたいと思っていたとしても、四十年近く皇帝の座にあって君臨してきた男の胸の内を、虚像越しに知ることは誰にもできないだろう。

 ディランも筋目すじめを重んじる男だ。実の親であり最高権力者である皇帝にこうも言われては、黙り込むしかない。


 そこへ。


「お、お、恐れながら、陛下っ!」

「き、君ぃ!」

「……良い」


 丸い塊が飛び出してきて、窓際の皇帝の虚像の前で平伏した。ブルダンである。司令官が即座にとがめようと声をあげるが、何故か皇帝は片手をあげてそれを制した。


「イ、イルゼ殿下はっ! 皇族であればこそ、責任を感じて御自ら事件解決のため行動されているのでありますっ! け、決して邪な心があったわけではござりませんっ! どうか、寛大なお心でもって、殿下をお救いくださいっ!」

「……」

「ブルダン君……」


 肥満体の、温厚そうな少年の必死の叫び。司令官もディランも、複雑な顔で見守ることしかできなかった。


「ブルダンっ、この馬鹿っ」


 平伏するブルダンの横に、今度はピンクの影が寄り添うように膝をついた。


「あ、あたしもお願いします、陛下! イルゼ様ってば、めっちゃ良い方なんです! 最初はちょっととっつきにくいかなぁーって思ってたんすけど、とにかく……すげぇ良い人なんです! そ、それに……」


 アイネとブルダンは顔を見合わせ、同時に叫んだ。


「ユーリア(殿)も、助けてあげてください!」




「ふうむ」


 静まりかえった司令室。皇帝はまた大きなため息をついた。口元がほんの僅かにほころんでいることに気付いたのは、すぐ横にいるディーナだけだ。しかし。


「……諸君の友情は、父として嬉しく思う。だがね」

「陛下。恐れながら」


 ディランは不敬を承知で皇帝の言葉を遮っていた。

 アイネとブルダンの熱い気持ちに動かされた……だけでなく、ディラン自身も皇帝を説得する言い方を考えていたのだ。


「イルゼ殿下を特別扱いしない。そのご命令は、小隊長として拝命はいめいいたします。我らは、陛下からお預かりした職権を忠実に果たすのみでありますから……すなわち」


 こいつは何を言うのか? という周囲の視線を受けながらディランは続けた。


「反帝国分子の起こした怪事件を全力で解決するとともに、巻き込まれた人々は誰であれ・・・・守る。それが、帝都衛兵隊の任務であります。そうですな、司令官?」

「へっ……え、あ、えーと……」


 突然のディランのふり・・に、エッセン子爵こと司令官はぽかんと口を開けた。きょろきょろと周囲を見回すが、誰も助けようとしない。

 やがて司令官はごくりと生唾を飲み、皇帝を見る。


「マ、マイクラント少尉の言うとおりで、ありますっ! 衛兵隊は帝都市民全てを守るため、しゅ、出動いたしますっ!」

「……そうか。…………よしなにな」


 皇帝は、今度こそ苦笑を見せて頷いた。


「よ、よし。各隊長を招集! 動ける兵は全部下に集合させろ! 魔術器アークも全部引っ張りだすよぉ!」

「はいっ!」


 興奮して少し裏返った司令官の号令に、この場の下っ端であるゾマーたち三人が敬礼し、司令室を飛び出していった。


「腕利きの冒険者たちも、集めときますから」

「私はここで待機するよ。何かあったらヤバイからね」


 ゼーロンとディーナも自分の行動を申告する。


「……あ、あの、おじさん?」

「ディラン殿?」

「ん?」


 一世一代の皇帝への直訴だ。学生二人はげっそりしながらも、こっそりディランの袖を引いた。


「おじさん、ユーリアももちろん助けてくれるんでしょ!?」

「じ、実際ユーリア殿が一番危険であるかも……」

「ああ。……心配してくれてありがとう。でもな」


 真剣極まりない娘の友人二人に心から感謝しながらも、ディランは頬をかく。


「あの子に限って、危険とかそういうの、ないから。むしろ、やりすぎて闘技場を破壊してないかが心配だよ」


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