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第四十三話 皇女の脱走

 魔装騎士団本部から、イルゼ皇女『保護』の任務を受けた部隊が出発した。

 第一大隊長セオドールを筆頭に、魔装騎士十名、魔術師三名。単純な火力・戦力という面でいえば、オーガ数十体に匹敵する。


 そんな騎士たちの中に、ユーリは居た。


「ユーリア殿、よ、よろしくお願いする」

「皇女殿下も、学友に側にいてもらった方が心強いというものでしょうなあ。ははは……」


 魔術師学院の制服を着た少女に、騎士たちは非常に丁寧に接するようになっていた。全ての魔装騎士が畏怖いふするギレンセンに、試合とはいえ勝利したのだから当然か。


「ふん。くれぐれも、邪魔だけはしないように」

「……うん」

「なんだね、その態度は」


 セオドールだけは相変わらず敵意むき出しだったが。ユーリアも、最早相手するのが面倒くさいと、生返事だ。

 それをフォローしようというのか、白いローブの女魔術師がユーリアに話しかける。


「ま、まあまあ。あんたも分かってるわよね? 皇女殿下と大人しくしてるでしょ?」

「イルゼさんを守るだけだから」


 魔術師学院の特別ゲストとしてセオドールとともにやってきた、『氷雪の乙女』ことリリアナである。あの特別授業の際にユーリアの『魔撃』を見せつけられた記憶が強いのだろう、へっぴり腰だった。

 もっともユーリアの方はうなずきながらも、《この人誰だっけ……》と内心首を傾げていたのだが。




 帝都は広い。

 魔装騎士団とユーリアは半刻ほど歩き、ようやくイルゼ皇女の屋敷に到着した。だが、それだけの間に、彼らも二度も怪異に遭遇している。

 一度は、頭上を巨大な影が飛びすぎたこと(見上げたときには何もなかった)。二度目は、一人の騎士が道端の彫像に殴り倒されたことだ(彫像は破壊したが、何の変哲もない石の破片しか残らなかった)。

 さすがに、平和慣れした帝都の住人も、口々に魔装騎士たちに不安を訴えてきていた。それらを振り払いながらここまでやってきたのである。


「た、確かに帝都が異常だっ」

「これもイルゼ皇女の仕業なのですか?」

「エルフの呪い……?」


 火力だけは百人前だが、本物の超自然現象には免疫のない騎士たちはすでに浮足立っていた。


「帝都は魔術師ギルドが設置した巨大な結界で守られているはず。それでも、この・・有様なのね……」


 騎士たちよりはもう少しマシなのはリリアナをはじめとする魔術師だったが、それでも顔色は悪い。




「これは、セオドール殿。……お役目ご苦労様です」


 皇女の屋敷の玄関で出迎えたのは、第二大隊所属の騎士、バオムとその部下たちだった。『イルゼ皇女を魔装騎士団本部に保護する』という目的はすでに伝令で伝えている。バオムたちの目つきがあまりよろしくないのは、そのためだろう。


「うむ。皇女……イルゼ殿下はどちらか?」

「お一人で、寝室に引きこもられております。今朝方、執事や使用人たち全員にいとまをお与えになって……」

「……おいたわしい」


 バオムの背後に並ぶ騎士の口から、皇女を憐れむつぶやきが漏れた。このあたりは、イルゼの人徳といえるかも知れない。


「ははは! すでにこうなることを予想されていたのかもな。バオム、お前たち第二大隊はもういい。本部へ撤収したまえ。……いま、帝都は混乱している。忙しいぞ!」

「……はっ」


 バオムたち第二大隊の騎士たちは、うしろ髪を引かれるような顔で屋敷を立ち去っていった。彼が報告したように、すでに使用人たちは引き払っているのだろう。


 ――シン――。と沈黙が屋敷に満ちた。


「さ、さあ! 皇女をお迎えにいくぞ! まったく、バオムめ。案内くらいすれば良いものを」

「了解っ」


 少し不安気にセオドールが指示を出す。騎士も魔術師も彼に続いて皇女の寝室を探そうとした時。


「あっ。セ、セオドール殿っ! ユーリア、殿がいません!」

「あれ? リリアナ殿もいないっ」

「何ぃ!?」




 ユーリアは屋敷の裏手にやってきていた。肩で息をするリリアナも一緒だった。


「何でくるの?」

「あ、あんたが急に走り出すからっ。思わず追いかけてきちゃっただけよっ」

「まあ良いけど」


 ユーリアは屋敷の側にたつ大樹の根本までくると、上を見上げる。こうなっては無視して戻るわけにもいかず、リリアナも隣に立つ。と。


「わっわっ……きゃああっ」


 大樹の上から、黄金の髪の少女が落ちてきていた。当たり前のような顔をしたユーリアが抱きとめる。


「ほいっ」

「きゃぁぁ……えっ? あっ、ユーリア、さんっ!?」

「イ、イルゼ殿下ぁっ!? な、何やってるんですか!?」




「……すみません……」


 ユーリアの腕から下りたイルゼ皇女は二人に深く頭を下げた。

 見舞いの時にみた寝間着ではなく、魔術師学院の制服に革靴。背中にかばんを背負っている。完全に外出するスタイルだ。


 バオムから、セオドールが『保護』にやってくると聞いたイルゼは、彼らの意図を完全に見抜いていたのだ。もし騎士団本部まで連行されれば、『魔術師殺し』や魔層化現象の犯人にされると。


「それで逃げ出したんだ」


 『やるじゃん』という顔でユーリアは言った。リリアナは非常に気まずそうな顔をしている。ただし、イルゼも、あまり決意に満ちたという顔ではない。

 実のところ、皇女にしてみればそれは全くの濡れ衣ではないからだ。だが、それでも彼女は、やるべきことがあると思っていた。


「は、はい。ただし……ただ逃げるだけではありません」

「うん?」


 イルゼは黄金の目に、迷いと罪悪感と一握りの決意を込めてユーリアを見た。ユーリアは小首を傾げる。イルゼの目に、ユーリアのその表情は、この世の全てのしがらみと無縁の純粋なものに見えた。

 その純粋さが、イルゼの心の中の何かを崩した。


「ユーリアさんっ!」

「はい?」


 皇女はユーリアの手を両手で握った。


「恥を承知で……皇女としてあるまじきことを、ただの同級生である貴方にお願いします。どうか、私を守って、魔術師学院まで一緒にきてくださいっ」

「いいよ」

「このようなことをお願いできる立場ではないことは、分かっているのです。特に、貴方・・に頼むことがどんなに罪深いことかっ。でも聞いてください……え?」

「いいよ。だってもともと、イルゼさんを守りにきたんだし」


 呆然と見つめるイルゼに、ユーリアは当たり前のことのように言った。


「でもどうして、魔術師学院に行きたいの? 出席日数危ないの?」

「いえそうではなく」


 イルゼは背中の鞄を下ろすと、高価な布の包を取り出した。慎重に布を広げれば、そこにあったのは。

 皇女の掌の二倍ほどの大きさ。六芒星の六つの頂点に六つの宝石を飾った護符。


「これは、『詩人ムウの星』といいます。私が母から受け継いだ、古代エルフの神器アーティファクト


 『星』の四つの頂点、地水火風を象徴する四つの宝石は、爛々らんらんと輝いていた。『光』を象徴するダイヤモンドにも、うっすら明かりが灯っている。


「此度の事件の原因は私……そしてこの『星』です。私は、この『星』の使い方をある人から聞いていたのですが、それが大きな間違いだったのです。私は、その人に会わねばなりません」

「誰?」

「……ウード・シュライ殿です」


 ユーリアの当然の質問。イルゼは一瞬だけ迷い、魔術師学院筆頭教官の名を挙げた。それからさらに一呼吸迷ってから、付け加える。


「ウード殿も、エルフの血を引いているのです」


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