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第四十一話 軍神ギレンセン

 ディランがイルゼ皇女の屋敷へ急ぐ場面から、時は少しさかのぼる。

 朝方だ。


 貴族地区の一等地。

 魔装騎士団本部。皇族の豪邸を思わせる豪華絢爛な屋敷であり、防壁や防御塔も備えた要塞でもあった。


 その最重要地区、司令本部室に三人の騎士が集まっていた。

 騎士団長モーリス・マルバラ。副騎士団長、第一大隊長セオドール・マルバラ。同じく副騎士団長、第二大隊長ギレンセン・ザナ。

 帝国の最新技術と軍事力を象徴する三人の騎士の表情は硬かった。


 中央の大テーブルに広げられた報告書がその原因である。


「昨夜十件だった異変の報告が、今朝になったら百二十件だと? 一体何が起きている」


 騎士団長モーリスは頭を抱えた。

 息子であるセオドールとよく似た美形中年であり、有力貴族家の当主である。魔術器アーク使いや剣の腕よりも政治的駆け引きの妙手みょうしゅだ。


 そのモーリスにとって、『使用人が化物に襲われた』だの『購入したばかりの絵画に描かれた人物が逃げ出した』だの、『屋敷の正門から出たら見知らぬ国だった』という被害(?)報告は理解の範疇を越えていた。


魔層化まそうかは、辺境にだけ起こる怪奇現象ではないのか……」

「こ、これはやはり、あのイルゼ皇女が発端ではないですかね。エルフの邪悪なまじないでもしたんでしょう」


 もっともらしい顔で分析するのはセオドール。ただし、顔や体中に青あざが刻まれている。この数日、第二大隊の猛烈な訓練に強制参加させられた結果だ。


「原因は不明ですな。しかし、もしもこれを仕掛けたモノがあるとすれば、どこかで大掛かりな魔術儀式を行っているでしょう。それを発見するのが先決かと」

「なるほど……」

「下級兵どもを全員調査に投入しましょう。それに衛兵や冒険者どもにも、もっと働かせなければ」


 魔装騎士は全員が貴族以上の身分である。巡回や調査など地味な仕事は、平民の下級兵にやらせているのだ。


「その、魔術儀式の場所さへ掴めば……父上! 私がそこへ踏み込み、邪悪なものどもを殲滅して参りましょう!」

「うむ……頼むぞ、息子よ。今度こそ失敗は許されん」


 セオドールは勢い込んで父である騎士団長に宣言した。

 何しろここのところ失態が続き、彼ら親子の立場は大変に悪くなっている。このままでは近いうちに団長も副団長も失脚するだろう。何がなんでも、功績をあげる必要があった。


「ところで皇女の扱いはこのままでよろしいか?」


 ギレンセンがふと言った。どちらかといえば線の細い他の二人に比べ、骨も肉も全てが太く、おおきい。

 顎は黒髭に覆われ、顔にはしわと傷が無数に刻まれている。年はもう六十以上。

 それでも、そこに立っているだけで、莫大な筋肉の束が熱を放射しているような、精気に溢れる男だった。


「いっそ逮捕したいくらいだが、さすがに証拠もないのではな……」

「いや、父上。逮捕は無理でも、我々で『保護』することは可能では?」


 首を振った騎士団長に、セオドールが言った。いかにも名案を思いついた、という顔だった。


「我らが魔装騎士団本部にいらっしゃれば、皇女も安心できるでしょう。そのうちに、いろいろと教えてくださるかもしれません」


 要するに騎士団本部に監禁し、罪を自白させようということだ。


「なるほどな! うむうむ。全ての証拠をこちらで押さえることができれば、我々に有利に事を運ぶことができる。さっそく、皇女をお連れするのだ」

「……では、バオムに使いを出しましょう」

「ちょっと待ち給え、ギレンセン! 皇女を使うアイディアを出したの私だ! 余計な口出しは無用に願おう!」


 現在、皇女の屋敷は第二大隊の任務であり、バオムはその現場責任者だ。ギレンセンとしては当然のことを言っただけだが、そこにセオドールは噛み付いた。

 青年騎士の顔には、強い焦りと――嫉妬の色がある。


「貴方は確かに最強だし、同じ副団長ではある。だが、所詮は一代限りの准騎士でしかない! 生粋の貴族である私と同格とは思わないでいただきたい!」

「……了解した」


 セオドールの甲高い声に、ギレンセンは頷いた。その顔は完全な無表情。


「セオドールの言うとおりだな。息子よ、お前に皇女の護衛任務を与える。精鋭とともに屋敷へ向かい、皇女をお連れしろ」

「ははっ!」

「し、失礼いたします!」


 茶番地味た騎士団長と副団長のやり取りが終わるところで、部屋に伝令が入ってきた。


「新しい異変の報告か?」

「あ、いえ。あの、今、正門に客がありまして。ギレンセン副団長への面会の希望です。こちらが紹介状です」


 伝令はギレンセンに手紙を手渡した。いわずとしれた、ディラン手製の紹介状である。


「……」

「何だ、この忙しい時に」

「ディラン・マイクラントからの紹介状です。彼の娘を、皇女の屋敷に入れたいと。どうも、護衛をさせたいということのようですな」

「はぁ!?」


 ディランとしては、ギレンセン個人にあてた紹介状のつもりであったのだが、タイミングが悪かった。

 騎士団長も副団長も、ディランとその娘に対する印象は最悪である。


「ふざけるな! 公務をなんと心得る! 追い返せ!」

「……いや、お待ちください父上」


 激高げっこうした団長をセオドールが止めた。





「こんにちは。ユーリア・マイクラントです」


 ユーリアは司令室に案内されていた。

 魔術師学院の制服姿で、腰に二振りの小剣を下げている。

 銀の目は、少し驚いたように見開かれていた。『父の元上司』であるギレンセンという男と面会すると思っていたのに、目の前には三人の騎士がいたからだ。


「魔装騎士団長モーリス・マルバラである」

「……」

「ギレンセンだ」


 戸惑いながらも、ぺこりと頭を下げたユーリア。対する三人の騎士の反応はまちまちだった。


「ギレンセンさん? あの、私。イルゼさんを守りたいんです。……えっと、それがダメなら、お友達なので一緒にお泊りしたいんです」


 父に教えてもらった言葉を一生懸命繰り返すユーリア。団長とセオドールは顔を歪め、ギレンセンは微かに目を見開いた。


「……臣民として皇女を守りたいという気持ちは立派だが、これは騎士団の仕事なのだ」

「いやいやいや!」


 孫に道理を言い聞かす老人のように語りかけたギレンセンを、セオドールが遮った。


「ギレンセン殿。貴公はご存知ないだろうが、この娘はあのマイクラント殿の娘だけあって相当な腕前なのですぞ?」

「しかし……」


 何故か自分を庇うようなことを言い出したセオドールに、ユーリアは不審そうに眉を寄せた。もちろん、その感想は正しかった・


「お疑いなら、今この場で立ち会ってみたらいかがで? 『軍神』にして魔術器アーク使いの達人であるギレンセン殿と渡り合えるほどであれば、特例として皇女様の護衛をしてもらっても問題ないでしょう」

「お、おお! なるほど、確かにそうだな」


 セオドールはぺらぺらとまくし立てた。つまりこれは、ユーリアへの仕返しということだ。口ではユーリアを持ち上げているが、ギレンセンと試合をさせて叩き潰そうという魂胆である。


「……」

「ふうん」


 セオドールと団長の意図に即座に気付いたギレンセンは、さすがに不愉快そうに黙り込む。一方のユーリアは、全く理解できていない。ただ、興味深そうにギレンセンの巨体を上から下までじろじろ眺める。


「ギレンセンさんを殺せば良いの?」

「ぶっ!? こ、殺すまでやらんで良い! あくまで試合だ! 寸止めで、負けを認めるまで!」

「そっか」


 あまりにも素直なユーリアの問いに、セオドールは泡をくって答えた。ユーリアは、またも素直に頷く。


「私はそれで良いよ」

「……」


 夕食のメニューの希望を言うような軽さのユーリアを、ギレンセンはじっと見つめた。『軍神』と呼ばれた男の観察眼を持ってしても、ユーリアの力量を推し量ることはできなかった。

 ギレンセンの目に映る美しい娘は――いや、あれは本当に『娘』なのか? 何か、人と同じ形をした別のものなのでは……。


「何をぼけっとしている、ギレンセン! 団長命令だ! その娘に魔装騎士の強さを教えてやれ!


 我知らず、拳を握りしめていたギレンセンを団長が怒鳴りつけた。息子の提案は、皇帝の前で恥をかかされた彼にとっても魅力的だったのだ。


「……承知」


 ギレンセンは常に持ち歩く愛用の斧槍ハルバートを軽く振った。

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