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第四話 帝都ランツシュット

 何度か魔獣や敵対亜人に遭遇しながらも、ディランとユーリアは目的地にたどり着いていた。


 ヴァリアール帝国首都。

 人々は普段、『帝都』としか呼ばないが、正式な名はランツシュット。

 アデラ海に面した港を持つ海運の要衝であり、ハイラス平原という大陸の食料庫ともいえる大穀倉地帯も押さえる、大陸最大の都市だ。人口はなんと二十万人に迫る。


「わ、わ、わわわっ! ひ、ひ、ひとばっかりぃぃ!」

「……そうだな。昔よりずっと賑やかになったものだ」


 巨大な市街を囲む三重の城壁を抜け、大通りを進む父娘とロバ一頭。


 相変わらずロバの背に腰掛けながら、ユーリアはほとんどパニックに陥っていた。十階層以上ありそうな石造りの建物を見て仰け反り。多くの建物の窓に透明なガラスが使われていることに気付いて唖然とし。


 道行く帝都の人々の衣装がきらびやかなことに目を輝かせ。大道芸人の滑稽なパフォーマンスを見れば、きゃらきゃらと笑いながら手を叩く。

 何よりも、そうした人々の『数』そのものが、幼い頃から辺境で育った娘にとっては驚愕に値した。


「ね、ね、お父さん! あの人の服凄い! 綺麗!」

「あんなに胸と脚出してる! 良いの? あれ良いの?」

「ひゃー! 道の真中におっきな井戸があるよ! え? 噴水? ぎゃー! 水が噴き出した!?」


 ユーリアは格好こそ狩人か冒険者にしか見えない田舎も……素朴な娘だが、輝く銀髪やシミひとつない白い肌。やや硬質だが整いすぎた美貌の持ち主である。

 それが、ロバの背に腰掛けたまま、(本来は年相応なのだが)黄色い悲鳴を上げまくっているのだ。

 通行人たちも、流石に胡散臭そうな視線を向けていく。


「おー、冒険者も結構いるね!」


 確かに、大通りのあちこちに無骨な鎧や魔術師のローブ姿が見えた。通常、冒険者は荒野で怪物を狩ったり秘境のダンジョンを探索している。つまり、大都市にはあまり滞在していない。が、帝都だけは例外だった。大陸で唯一、巨大なダンジョンが付近に存在する大都市だからだ。


「やはり、冒険者も衛兵も魔術器アークを持ってるな」

「ん? そうだね!」


 ディランも十数年ぶりの大都市に、やや圧倒されていた。かつて知ったる喧騒の中にも、見慣れない『異物』が増えていることに気付いる。


 火竜槍ドラゴンランスに、風魔剣エアリッパー岩砕棍ロックバスター


 どれも超が付く高級品だが、人間に魔物を越える能力を与えてくれる人類の至宝だ。それが、ディランの知る過去よりも遥かに多く流通している。ぐるりと周囲を観察すると、冒険者なら一パーティに一つ。衛兵も隊長格が一つは何かしらの魔術器アークを所持していた。


「もう武術の時代じゃあないんだよなあ……」

「え、何か言った? お父さん」

「いや。……さあ、早くボーネン男爵に会いに行こう」

「? うん!」




 ボーネン男爵家は古くから帝国に仕える由緒ある家だ。ハイラス平原にいくつかの村を領有し、羽振りも良い。

 代々の当主は穏健派で知られ、常に権力闘争から一歩身を引き静かな生活を送っていた。


 帝都の貴族地区に立つ屋敷。そこで父娘はボーネン男爵の歓待を受けていた。


「ディランさん……良く来てくださいました!」

「男爵、お久しぶりです」


 ディランの記憶にあるボーネン男爵は、知的で細身な好青年だった。まだ、彼の父が当主だったころである。すでに先代は死去し、記憶の中の好青年はその面影を残したまま、人の良さそうな五十代のおっさんになっていた。


《……それは俺も同じか》

 昔の知り合いと久しぶりに会って自分の年齢を感じる。あると思います。


「貴方が骨を折ってくれたお陰で、私もこの子に帝都を見せてやることができました」

「『大戦』中、貴方に我が領地を救っていただいたご恩を、この程度で返せたとは思っておりません。亡き父もそう言うでしょう。この先、帝都で困りごとがあればなんでも仰ってください」

「仕事の世話までしていただいて、これ以上はとても……。本当に感謝しています」


 ディランは深々と頭を下げた。

 帝都への移住の世話を焼いてくれたのは男爵なのである。もっとも、恩赦が出た事情は分からない。


「あ、ありがとうございます!」


 慌ててユーリアも、かなりの勢いで頭を下げる。銀の髪がはらりと舞った。

 実は帝都の巨大な城門を潜るときからここまで、誰一人として父の名声を知る者がいなかったことにとても憤慨していたのだ。

《そう、これよ! お父さんの凄さは、分かる人にはやっぱり分かるんだ!》

 初対面の男爵に対して、ユーリアの好感度は急上昇していた。


「貴方がユーリアさんですね。……いや、本当にお美しい」

「まあ。ありがとうございます」


 男爵の心からの賛辞を、ユーリアは淑やかに受けた。


「明日は、用意した家にご案内しましょう」

「何から何まで」

「それから、ディランさんは衛兵隊司令部へ。ユーリアさんは魔術師学院へお連れしますよ」

「はい!?」


 ユーリアは素っ頓狂な声を上げた。

 父が男爵の紹介で衛兵隊に入隊することは知っていた。自分も一緒に入隊したかったが年齢制限で引っかかった。なので、比較的時間が自由になる冒険者ギルドに登録しようと思っていたのだが……。


「私は冒険者ギルドに……」

「ユーリア」


 ディランはユーリアの頭に手を置いて、ゆっくり言った。


「お前は魔術師学院に入りなさい。これからは魔術の時代だ。お前なら優秀な魔術師でも、魔工学者でもなれる。いや、仕事は好きなものを選んでも良い。ただ魔術師学院を卒業するまでは、父さんの言うことを聞いてくれ」


 魔境都市から帝都までの道すがら、考え抜いた説得の言葉だったのだろう。ただしもちろん、ただの建前ではない。父としての気持ちが込められている。


「……うん」


 それが分からない娘ではなかった。渋々ではあるが、頷く。


「偉いぞ。良く聞き分けてくれたな」

「偉いから……ギューして……」

「……う、うむ」


 にこにこと微笑む男爵の前で、ディランはユーリアを強く抱きしめた。


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