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第三十三話 お見舞い

 一方、そのころのユーリア。

 彼女はイルゼ皇女の屋敷にやってきていた。予想通り、二日続けて学院を休んだ皇女を心配したのである。

 アイネとブルダンも一緒だ。


 正門前に護衛に立っていた魔装騎士に詰問きつもんされたが、皇女に問い合わせてもらった結果、応接間に通されていた。


 『豪邸』というほどではないが、一般的な庶民の家に比べれば十分広い屋敷だ。そのあちこちに、魔術器アークで武装した騎士が駐屯している様子は異様だ。しかし、何しろ三人とも皇族の屋敷を訪問するなど初めてである。

 不審よりも、むしろ驚嘆きょうたんの方が大きい。


「ほわぁ……さすが皇女様のお屋敷だわぁ。あたしゃ目が回ってきたよ」

「緊張しますな」

「そう?」


 実際、応接室は大変に豪華だった。

 三人並んで、細かい刺繍の施された、ふかふかのソファに座っている。大理石のテーブルには、神話の一場面が見事に彫刻されていた。その他の家具や調度品も全て、皇族お抱えの職人が手がけた逸品ばかりである。

 ……などということが理解できるのは、豪商の娘であるアイネだけだったが。


「お待たせいたしました。イルゼ様がお会いになります」

「あっはい」


 侍女に案内されたのは皇女の寝室だった。扉の前には二人の魔装騎士が待機している。


「さっすが皇女様のお部屋は警戒厳重だねぇー」


 三人は侍女が開けた扉を潜り、寝室に入った。寝室には先客が居た。魔装騎士。


「皆さん、ごきげんよう。ご心配おかけして申し訳ありません」


 イルゼは天蓋付きのベッドに上体を起こして三人を待っていた。

 シンプルな(もちろん超高級品だが)寝間着姿である。その顔は青白く、どう見ても病人だ。


「こんな格好のまま、失礼いたします」

「あ、はい」


 イルゼはベッドの上で一礼した。さらに、先客の騎士を紹介する。


「こちらは、魔装騎士団のバオムさん。訳あって護衛をしていただいています」

「イルゼ様のご学友ですね。バオムと申します。よろしくお願いいたします」


 バオムは生真面目に三人に挨拶した。三十代だろう、眼鏡をかけた温厚そうな男だ。


「……」

「な、何か?」


 ユーリアにじっと見つめられたバオムが、居心地悪そうに聞く。ユーリアは、「ごめんなさい」と小さくわびて。


「なんだか、強いと思って。魔装騎士さんってみんなセオドールって人くらいの『弱さ』かと思ってた」

「ひえっ」

「こ、これは、ご無礼をっ」


 爆弾発言に引きつったアイネがユーリアの口を押さえ、ブルダンが青ざめて謝罪する。バオムは苦笑した。


「セオドール副団長は天才ですよ。『二重属性ドッペル』ですしね。まあ、私たちはセオドール副団長の第一大隊じゃなくて、第二大隊に所属してるから雰囲気は違うかも知れません」

「むー」

「そ、そうなんすねー、あははは」



 などと、他愛ない会話をしていると侍女がベッドの側に椅子を用意してくれた。三人はそれに腰掛け、本来の目的であるイルゼに向かい合う。


「ええっと、お身体、大丈夫なんですか?」


 皇女を見舞うことを提案して二人を引っ張ってきたユーリアが、何故か黙っているので、アイネがイルゼに声をかける。


「ええ。大したことはありません。近いうちに学院にも戻れます」

「……」


 イルゼは柔らかい声と微笑で答える。が、それが心にもないことだと、アイネにすら察せられた。視線が泳いでいるのだ。こんな皇女は見たことがない。


「魔物」

「!?」


 唐突なユーリアの一言。

 イルゼばかりか、冒険者と魔装騎士も肩をびくりと震わせた。アイネとブルダンは顔を見合わせる。


「ユーリアさん? 一体何を……」

「魔物。出たんじゃない? 何か、嫌な感じがする」

「……」


 ユーリアは、周囲を見回しながら言う。『何もない場所を見つめる猫に似てる』とアイネは思った。

 しばらく唇を噛んで沈黙していたイルゼは、やがて大きく息を吐いた。


「貴方のおっしゃるとおりです」

「ちょっ。イ、イルゼ様? マジで魔物が出たんすか!?」

「はい。……三日前のことです。この部屋に、いきなり。黒ずくめの女の人の姿でした」


 アイネが素っ頓狂な声をあげた。イルゼは目を伏せ、『そして、私の家庭教師の魔術師を殺したのです』と付け加える。


「……ひぇ」

「なんと」


 この帝都に魔物が出現したと聞き、若いアイネとブルダンは驚愕していた。相手がイルゼでなければ信じられなかっただろう。


「その魔物に、何かされた? 血を吸われたとか、刻印を刻まれたとか?」

「……い、いいえ。そういうことはありません」

「……そう」


 事務的といっていいほど冷静にイルゼに状況を聞くユーリア。神出鬼没の魔物を見るのも、戦うのも経験済であった。


「魔術師と魔物の戦いは見た?」

「それも……。彼女、魔術師は自室で殺されていました。首を……斬り落とされて……」

「ふうん……」


 ユーリアは額に指先をあてて考え込んだ。表情が消え、冴え冴えとした美しさがある。

 アイネとブルダン、もちろんイルゼからしても、初めて見る顔だ。


「…………」

「そ、それで護衛の方がいらっしゃると」

「ご病気じゃないのだけは、良かった……なぁんて……」


 ユーリアの沈黙を埋めるように、ブルダンとアイネがネタを出した。


「ええ。やはり、ショックで……。ですからこの騒ぎが解決すれば、学院には戻れます」




 結局、その後ユーリアはあまり喋らなかった。

 アイネとブルダンがフォローして、『学友のお見舞い』という体裁は保てたので、護衛の騎士は何も言わなかった。

 最後にバオルは「一応言っておきますが、このことは他言無用でお願いしますよ?」と念を押したので三人は素直に頷いている。



 ほどよく時間が過ぎ、アイネが一礼した。


「それじゃそろそろ、失礼しますね。イルゼ様……えっと、あたしは何もできないけど……早く出てこれるようになると良いですね」

「皆も期待」

「お気持ちだけで嬉しいですよ。本日はありがとうございました」

「……」


 イルゼは、当初よりやや柔らかい笑みで会釈した。そして、三人が寝室から出ようとした時。


「……ユーリアさん」

「何?」

「私の家庭教師以外にも二人、貴族地区で魔術師が魔物に殺されています。……私の家庭教師は風、他の二人は地と水の魔術師でした」

「イルゼ様……」


 何故か急に、『魔術師殺し』事件の情報をユーリアに告げるイルゼ。バオルが咎めるが、皇女は黙殺した。


「……うん、分かった」


 ユーリアはイルゼからの情報を頭に刻み、頷いた。


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