第三十二話 衛兵の誇り
冒険者ギルドを出た六〇一小隊の面々は、遅い昼食をとるべく大広場の屋台を物色していた。シチュー、パン、チーズ、串焼き、干物、果物。大陸の物流の中心とも言えるここでは、あらゆる種類の軽食屋台が軒を並べている。
「こういろいろあると、目移りするな」
ディランは顎を撫でる。ユーリアが一緒の時は、娘が瞬時に決めてくれたのであまり迷わないのだが。
結局、リューリンクとヴィダルに『お任せ』で買い出しにいかせ、噴水の側のベンチに腰掛けていた。
「お……おい、おっさん!」
「隊長だといってるだろ」
ゾマーが声をかけてきた。まだ顔のあちこちが腫れている。ただし、頬を赤らめているのは、痣以外の理由だ。
「ちっ! ……た、隊長!」
「なんだ?」
ゾマーは行儀悪くあちこちに視線を飛ばし、そわそわと身体を揺らしていた。いうなればモジモジしていた。
「さ、さっきは……悪ぃ……かった。迷惑、かけて」
「ああ、あのことか。気にするな、とは言わん! 大いに気にしろ!
「!? ……あ、ああ。……悪ぃ……」
ディランの言葉にゾマーは俯いた。その背を、立ち上がったディランがばしっと叩く。
「ぐふっ」
「一度の失敗を引きずるだけではいかん。次に同じ失敗をしないよう、しっかり考えろということだ」
「……そ、そういうことか……わ、わかったぜ」
口元を引き締めて頷くゾマーを見て、ディランは微笑んだ。
「帝都は平和で豊かだよなあ。衛兵の仕事は、この帝都の人々を守ることだ。まだこの職に就いて一月にもならないが、私は誇りに思ってるんだよ」
「ほ、誇り? 衛兵の仕事が?」
ゾマーは唖然とした。衛兵などは、市民から煙たがられるだけの存在……そう思っていたのだ。
「私たちが仕事をしなければ、あの人たちの笑顔が失われるんだ。違うか?」
ディランは大広場の人々を見つめながら言った。
楽しげなパフォーマンスを披露する楽師や芸人。それを見てはしゃぐ子どもたち。屋台の焼き串肉にかぶりつき、午後の仕事に備える労働者たち。大戦中や直後。荒れ果てた市街や傷つき飢えた人々ばかり見てきた。その光景が、目の前の平和な帝都に被る。
「……良く、わかんねーけど。衛兵ってのは立派な仕事なのか?」
「当たり前だ。私が保証する」
「……そっか」
ゾマーは、すなおにこくりと頷いた。
「それと私は迷惑などとは思っていないぞ。……逆に、私も少しやりすぎたとは思っていてな。部下をいじめられれば腹も立つ」
「あ、あたしがやられてたから、怒ったのか?」
「まあな」
「……へへっ」
ディランは気まずそうに頭をかいた。『私もまだまだ修行が足りんな』などと呟いている。
その顔を、ゾマーは少し嬉しそうに見上げていた。
「はぁー、隊長。これヤバイやつっすよ」
結局、衛兵たちが選んだのは揚げ肉が安く食べられる屋台だった。小麦粉をまぶした鶏肉を揚げ、たっぷりのバターとニンニクで味付けている。飲み物は蜂蜜酒。
「そうだな。相手の正体が分からんのはやり辛い」
「いやそういう問題じゃねぇだろ……」
「相手は魔物っすよ!?」
「……」
若い衛兵たちは、最初の勢いを忘れたように青ざめていた。
なお、ケルベロスやキマイラのように物理的な肉体を持つ生物は『魔獣』。正体不明の妖怪や幽霊のような存在をまとめて『魔物』と呼ぶ。神出鬼没だったり、実体を持たなかったり、特殊な攻撃方法を持つ魔物はとにかく不気味で、恐ろしい存在なのだ。
「魔物なんてそんなに珍しいか? 最近の帝都じゃあまり出ないのかな?」
「魔物なんて滅多にでねーよ!」
「出たとしても、神殿か魔装騎士の管轄だ。それか、超級の冒険者か」
「……なるほど」
長い魔境都市暮らしで自分の感覚も少しおかしくなっていたようだ、とディランは反省した。
「もし本当に相手が魔物だった場合、決して一人では戦うな。私か、応援を呼べ。恐らく、ゾマーの魔術や火竜槍は効果があるはずだが、過信はするな」
「わ、分かった」
「……了解」
「うむ」
揚げ肉を食べ終わり、指についた脂を拭ったディラン。
「相手が魔物となれば、歩きまわって居場所を探すというのはほとんど無意味だな。逆に、正体さえ分かれば、行動パターンを予測することができる」
「その正体を、どうやって調べるってんだ?」
ゾマーのもっともな質問にディランは腕組みする。少し、嫌そうに顎をなで……頷いた。
「今日の調査はここまでだ。お前たちは休憩しておけ。私は少し手続きをする」
「手続き?」
「面会の手続きだ」
「面会ぃ?」
「私が知る限り、こういう問題に一番くわしい奴。闇魔術師ディーガナバルに面会するんだ」
闇魔術師ディーガナバル。
魔術器の原型を開発した、当代最高の魔術師である。現在は、監獄島グラフィングに収監されていた。




