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第三十一話 闇夜で起きたこと

「よぉーし! 今度こそ試合終了だ! お前ら、とっとと片付けろ!」


 パンパン、と手を叩いて冒険者ギルドのマスターが宣言した。

 冒険者たちも、ひぃひぃ言いながら立ち上がる。厳つい顔をさらに怖くしたゼーロンの一声で、ふっ飛ばされたテーブルや椅子を直し始めた。


「さてと」

「うむ」


 ようやく見れるようになった冒険者ギルドのロビーで、ギルドマスターとディランが向かい合った。


「……」

「た、隊長」

「ゼーロンさぁん」


 冒険者ギルドマスターゼーロンは、引退した超級冒険者である。いくつかの魔術器アークを使いこなす戦士であり、一騎打ちではいまだに最強に近いと恐れられていた。

 そのギルドマスターと、さきほど凄まじい戦いを見せた新顔の衛兵。見つめ合う二人を遠巻きにして、冒険者と衛兵たちはごくりと喉を鳴らした。


「ふはっ」


 しばしの沈黙のあと、ゼーロンはニマっと笑う。


「ディランさん! 生きて会えるとは!」

「よお、ゼーロン。本当にマスターになったんだな。おめでとう」

「ディランさああん!」


 静まりかえったロビーで。

 冒険者ギルドマスター、ゼーロンはディランの肩に手を置き、もう片手で顔を覆って男泣きに泣いた。


「俺、俺、ディランさんとの約束守ってるぜ……!」

「そのようだな。お前ならやれると思ってたよ」

「くぅーーっ!」

「お前、変わらんなぁ」


 感涙にむせぶゼーロン。そのごつい肩をポンポンと叩いてなだめるディラン。冒険者たちは、ポカンと口を開けるしかない。


「た、隊長。ギルドマスターと知り合いだったんすか?」


 呆然としていたのは、ディランの部下たちも同じだった。


「うむ。まあ、昔のな。大戦直後でいろいろ大変な時期に、世話になったんだ」

「とんでもない! 世話になったのは俺の方で……」

「へ、へぇ」


 どうやら二人の間には、ずいぶんと色々なエピソードがあったようだ……とにかくそのことだけは、周りの若者たちにも伝わった。


「すまんな、今度またゆっくり話そう。今は任務中なんだ」

「そ、そうですねっ」




 ゼーロンは衛兵たちをギルドマスター用の応接室に通した。最上級の茶が用意される。立ち直ったレイセルも同席していた。


「ディランさん、ガイを殺した犯人を探してるんですよね?」

「ああ。ガイ・シャッテン氏は、殺される直前までヨギという戦士と一緒だったという情報があってな」


 『魔術師殺し』の被害者と思われる魔術師ガイ。そして、殺害現場に居合わせた可能性のあるヨギ。ゼーロンはふむう、と唸った。後ろを振り向き、立っているレイセルに頷く。


「ヨギはガイの弟で戦士だ。兄弟でパーティを組んでいたんだ」


 すでに、ゼーロンたちはヨギから事情を聞いていたのだろう。レイセルが説明を始めた。表情は陰気だったが、彼がディランに向ける目には敬意が表れている。




 昨夜。

 ガイとヨギの兄弟は、いつものように酒場でたらふく飲み食いをしてから帰路についていた。

 ティエフ橋は帝都を縦断する大運河にかけられた橋だ。その上を気分良く歩いていると、女がいたのだという。

 女は黒ずくめで、瞬きした瞬間突然目の前に現れたようだった。黒い目でこちらを見つめ、何かぶつぶつ呟く女を見て、ガイとヨギは魔物だと直感したという。


 戦士であるヨギが前に立ち、ガイはいつでも魔術を使えるよう身構えた。ヨギは魔術器アーク岩砕棍ロックバスターを使う上級の戦士。ガイも冒険者ギルドで名の知れた火の魔術使いである。どんな魔物が相手でもそう負けはしない……と思っていた。


「女の黒い目をみた瞬間、ヨギの身体は麻痺しちまったらしい」


 レイセルは暗い声で言った。

 女は金縛りになったヨギと、その背後のガイをふわりと飛び越えた。振り向くことのできないヨギは、音を聞くしかなかった。


 まず、兄であるガイが呪文を唱える声。熟練者らしく、ごく短い呪文。ゴォ!と爆炎が立ち上る音が聞こえた。爆炎の音には、「ぎゃっ」と、女の悲鳴――ぞっとするような――が混じっていた。次に聞こえたのは、何か重い物が倒れる音、そして橋の下の運河に何かが落ちた音。

 最後に聞こえたのは『ズズ、ズズ』と『液体をすするような音』だった。


「それからヨギの麻痺は解けたが。ガイは首を切断され、転がってたってわけだ」


 レイセルは「ヨギはもう錯乱しちまってな。神殿に預けてる」と付け加えて話を終えた。


「……」

「多分、ガイの血を啜っていたんだろうな、その『女』が」


 腕組みしたディランが呟いた。

 ゾマーたちは、ごくりと生唾を飲む。『犯人』の姿や能力は一部分かったものの、あまりの不気味さに背筋が震えたのだ。

 ディランは表情こそ沈痛だったが、冷静に情報を分析していた。人を金縛りにして血を啜る神出鬼没の魔物くらいなら、魔境都市ではそれほど珍しくない。

 しかし、それだけ特定し辛いとも言える。


「ディランさん、冒険者ギルドとしても『魔術師殺し』については調査をはじめるつもりです。何か分かったらお伝えしますよ」

「すまないな、助かる」

「それと……これは、ディランさんだからお教えするんですが……」


 ゼーロンは大柄な身体を乗り出し、ディランにだけ耳打ちする。


「実は三日前、帝国政府から極秘の依頼がきました。帝都に巣食う魔物退治、ってことで。どうも、貴族の魔術師が三人ほど殺られてるそうです」

「ああ、それは聞いていたが。冒険者ギルドにも依頼がいっていたのか……」

「うちのナンバーワンパーティは遠征に出てるんですが、それでも選りすぐりのパーティにあたらせてます。何かあればディランさんに協力するように言っときますよ」

「……悪いな、助かる。こちらも何か分かれば情報提供しよう」


 依頼主の情報を他に漏らすというのは、冒険者ギルドとしては本来許されないことであったが……ゼーロンはそれだけこの事件を重く見ているのだろう。


「とりあえず、犯人が魔物らしいということは分かったな」

「上級魔術師四人を殺せる魔物ですよ。帝都の歴史始まって以来かも知れませんな」

「ふうむ。となるとやはり、専門家に話を聞くしかないな」

「心当たりが?」

「ああ。古い知り合いがな」


 話が大方終わると、邪魔をした、と言ってディランは立ち上がった。顔色を悪くしたゾマーたちを引き連れ、部屋を出ようとすると。


「待ってくれ」

「ん?」


 レイセルは、正気を失う寸前のヨギが残した情報を付け加えた。


「ヨギは、女が呟いていた言葉も覚えていた」

「ほう? 何か意味のある言葉なのか?」


「意味は分からん。ただ、何度もこう繰り返していたらしい。『九つに至らんことを』と」


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