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第三話 『敵対亜人』

 旧知の大商人と別れた、ディランとユーリアの父娘。父が娘の乗るロバを引き、旅を続けている。


「お父さん、良かったね!」

「うむ……」


 先程、大商人フィッシャーから受け取った『お祝い』。革袋一杯、数百枚の金貨だ。ディランとて蓄えがないわけではないが、その数倍になる金を一瞬で手にしてしまったことになる。


《まあ……ユーリアの学費や……。嫁入りのときにも金がかかるだろうしな。有難く使わせてもらおう》

 父親は殊勝に、大金を娘の将来に役立てようと考えていた。娘はそんな気も知らず《多分あの中身金貨よね! 帝都に着いたらお父さんと一杯美味しいもの食べよう!》などとニヤついている。


 お互いに明後日なことを考えながら街道を進む、父娘とロバ。大商人やその護衛たちが恐れる、危険地帯を旅しているとは思えない気楽さだった。




 野営を繰り返して数日。

 険しい山道はようやくなだらかになってきた。その代わり、周囲は巨大な岩石がごろごろ転がり、街道は岩と岩の間を縫うように続いている。


 つまり、待ち伏せには丁度良い地形だった。



「オイオイ! 二人ダケカ?」

「チッ! 腹ノ足シニモナラネェ」


 案の定、父娘の行く手に立ちふさがる巨大な影があった。

 頭部にねじれた二本の角を持ち、三メートルに近い巨躯。鬼族オーガである。岩陰からぬっと姿を表したオーガは二体。それぞれ、金属製の棍棒と戦斧を携えていた。

 帝国の辺境で、今なお暴威を振るう人類の脅威。代表的な敵対亜人だ。


「マア、良イダロウ。家畜モ連レテルシ、荷物モ多イ。良イ獲物ダ」


 ぶつくさ文句を言う二体を宥めたのは、父娘の背後の岩陰から出てきた三体目だった。――これで挟み撃ちである。


「ソウダナ! ジャア死ネ!」


 もともと、人間と敵対亜人の間に交渉などはありえない。お互いの常識だ。しかもこの鬼たちは山脈を根城にする山賊稼業である。なおのこと、命乞いにも取引にも応じるつもりはなかった。

 一体のオーガが、大股でディランに近づく。ディランはロバの手綱を掴んだまま棒立ちだった。オーガは手にした戦斧を振り下ろす。


 人間の武技とは、根本から違う。天から降ってくる鋼鉄の刃。


「ナァッ!?」

「……ふむ」


 頭頂に迫る戦斧。ディランは左手でその柄を掴んでいた。

 驚いたのは戦斧のオーガだ。自分の半分もないような人間が掴んだ武器を、引くことも押すこともできないのだ。もっといえば、ビクともしない。


「ナッ、ナナンダァッ!?」

「なぁ、聞いていいか?」

「ハァ!?」


 上級の冒険者ですら、魔術器アークか魔術を使わねば太刀打ちできないのがオーガだ。純粋な腕力だけでなく、瞬発力や耐久力、魔力も人間を圧倒している。

 そのオーガを青ざめさせながら、ディランは静かに顔を上げた。むしろ、沈痛な表情なのがオーガには不気味だった。


「お前たちは何故、隊商を襲わなかった? 何日も前にここを通っただろう? 俺たちなんかよりずっと美味しい獲物だったと思うが?」

「ナ、ナンダッテンダ……!」


 静かな声の質問に、戦斧オーガは口ごもった。


「グゲエッ!?」


 戦斧オーガが何か言葉を続けるよりも早く、ディランの背後で三体目のオーガの悲鳴が上がった。同時に、強烈な打撃音も。


「お父さんの話の途中で殴りかかってくるなんて、非常識ね!」

「……グッ……」

「嘘ダロォ……」


 三体目のオーガは、腹を抑えて地面にうずくまっていた。口から泡を吹き、白目をむいている。

 戦斧オーガと棍棒オーガは、一瞬だけ視界に映った光景が信じられなかった。


 背後に居た三体目のオーガは、躊躇ちゅうちょなくユーリアに武器を振り上げた。そのオーガの腹に、ユーリアが触れた瞬間――ドン! と、棍棒で肉をぶっ叩いたような打撃音が響いたのだ。

 オーガたちには分からないが、ユーリアは体内の魔力を圧縮して三体目に叩きつけたのである。


「テ、テメェ!」


 戦斧オーガが驚愕から立ち直る前に、ディランは彼の武器を解放した。娘の方はちらりとも見ていない。見てはいないが、彼には娘の行動は分かっていた。ついでに言えば、オーガたちの待ち伏せにも、とっくに気付いていた。


「……隊商の護衛の多くが魔術器アークを持っていたから、危ないと思ったんだろう?」

「ウッ……」


 ディランの言葉はオーガたちの事情を言い当てていた。そしてそれは、現在の人間と敵対亜人の力関係そのものでもある。

 魔術器アークを使えば、基本的に誰でも魔力に関係なく中級程度の破壊魔術を発射できる。使用回数や製造コストなどの問題はあるにせよ、魔術器アークが開発されて以来、人間は各地で敵対亜人や魔族の残党を圧倒していた。


 護衛の半数近くが最新式の魔術器アークで武装した巨大隊商を、たった三体のオーガが襲うのは自殺行為だった。


「これからも魔術器アークは改良されていくし、魔術師だって増える。もう、お前たちが勝手気ままに人間を食い散らかせる時代じゃないんだ。……悪いことは言わん。もっと西か北に移動して、人間には関わらずに暮らせないか?」

「ウ……ウルセェェェ!」

「俺タチハ人間ヲ食イタインダヨォォ!」


 それが人間側の理屈だと、ディランにも分かっている。どこか寂しげな彼の言葉に、二体のオーガは咆哮と暴力で答えた。


 桁外れの筋力が生み出す速度。

 戦斧はディランの胴を薙ぎ払うため、棍棒は頭蓋をかち割ろうと超高速で迫る。

 魔術器アークがなければ、魔術師がいなければ。確かに生身の人間がオーガに勝てる道理はないのだ。

 ――この時しかし。ディランの眼はオーガたちの動きを正確に捉えていた。彼にとってこの攻撃はスローモーションに近い。


「ふっ!」


 オーガたちが武器を振り上げるタイミングで大きく一歩踏み込む。長身は地面ぎりぎりまで低く沈み込んでいた。

 二歩目で地を蹴り、浮き上がりながらオーガの横をすりぬける。変則的な上下の動きは、オーガの視界から一瞬ディランの姿を消失させている。戦斧を振り下ろす途中のオーガとすれ違いざまに、くるりと反転して――長剣で胴を斬り裂く。


「ギャアアアッ!?」

「グルァァ!」


 ただの鋼鉄の刃が、オーガの分厚い胴体を半ば両断していた。棍棒のオーガはわけがわからぬまま、ひたすら闘争本能に任せ棍棒をめちゃくちゃに振り回す。

 人間の頭など生卵のように粉砕する鉄の塊の暴風はしかし、続かなかった。

 大振りの棍棒が目の前を駆け抜けていった瞬間、ディランはするりと攻撃圏内に入り、長剣を突き出す。

 水平に寝かされた剣先は肋骨の隙間に滑り込み、心臓を貫いていた。


 単純であるが故に、疾く、致命的な一撃。


「ウゲァッ……ナ、ナンデ……」

「もう、お前らも忘れちまってるかも知れないがな。人間には『武術』ってものもあるんだよ」


 帝国で忘れ去られつつある技術の名を、ディランは呟いた。

 むしろ不思議そうな顔をしたオーガが棍棒を取り落とした。鮮血を噴き出しながら仲間の後を追って倒れる。


「……ユーリア」


 布で長剣の血糊ちのりを拭い、鞘に収めたディランが振り返る。ユーリアの魔力で膝をついたオーガには、すでに首がなかった。彼女の小剣の仕業であろう。


「こいつら、もう何人も人を襲って食べちゃったんでしょ? 見逃しても同じことをするよ? ……私たちが殺しとかなきゃ」


 どことなく責めるような口調の父に、娘は冷静に言った。まことに正論である。涼しげな美貌に、一つの命を奪ったことへの罪悪感もない。『魔境都市』で冒険者の真似事などやっていれば、こうもなる。


「そのとおりだな。良くやった」

「うんうん!」


 銀髪の娘は嬉しそうに頷いて、父に向かってその頭を向けた。頭突きをしようというのではない。


「撫でて良いよ!」

「……良くやった」

「んふ~」


 永年剣を握ってきたディランの手だが、意外と柔らかい。ある時から、力に頼らず剣を扱う方法を学んできたからだ。その、大き温かい手で頭を撫でられ、ユーリアは気持ちよさそうに目を細めた。


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