第二十七話 魔術師殺し
「うーむ」
日が昇る前にディランは目覚めていた。まだ身体が痛い。
数日前の魔獣との戦いで、少々本気の動きをしたディランは筋肉痛に悩まされていた。ベッドから抜け出し、ぐぅ、と唸りながら身体を伸ばす。
「もう年だなぁ。分かってはいるんだが」
ユーリアを起こさないように、そっと着替えて外に出る。いつものように修行を終え、汗だくで家に帰れば、ユーリアが食事の準備に取り掛かっていた。
「おはよう」
「お父さん、おはよう!」
朝食は焼き立てのミートパイと夕食の残りのポタージュ、スクランブルエッグだった。朝の市場で新鮮な生卵が手に入るというのは、物流の多い帝都ならではである。
「うむ、美味い。料理のレパートリーも増えたな」
「えへへ。市場にいくと、外国の珍しい食べ物が一杯あって楽しいよ! ……あ」
父に褒められた娘はご機嫌だった。
と、何かが気にかかったのか、その笑顔が少し曇る。
「どうした?」
「うん。あのね、お父さん。学院でね」
「むむ」
改まった態度のユーリアに、ディランは緊張した。《まさか、学院の同級生と上手くいっていないのか? それとも勉強が難しいとか……?》
「イルゼさんが。……皇女様なんだけど。もう三日も欠席してるの。これまで休んだことなんてないのに、って」
「イルゼ……皇女様? 学院には皇族も通っているのか」
「そうだよ。ちょっと怖いけど、真面目で親切な人だよ」
若き日の皇帝を知っているディランは、《いい年してまだ子作りしてんですか陛下……》と、内心突っ込みを入れていた。
「先生も理由を聞いてないって。ちょっと心配なの」
「それなら、もし今日も学院をお休みされているようなら、お見舞いにいったらどうだ?」
「お見舞い? 私達が行っても良いのかな? みぶんのちがいとか」
「ほう」
ユーリアが気にしたことに、ディランはむしろ感心していた。《魔境都市で常識を知らずに育ってしまったユーリアが、人並みに身分の差を気にするようになるとは!》
「魔術師学院の生徒というのも結構な身分らしいからな。それに皇女様の学友ということなら、お見舞いをしてダメということはないだろう」
「……うん。そうだよね」
制服に着替えたユーリアが学院に出かけるのを見送ってから、ディランも衛兵隊本部へ出勤した。
いつもなら、夜勤の小隊長から引き継ぎを受け巡回に出るのだが。珍しいことに、司令官から呼び出しを受けていると言われた。
「ディラン・マイクラント少尉、出頭しました」
「うむ」
久しぶりの司令官室だった。でっぷり太った司令官、エッセン子爵はあの時よりもさらに太ったように思える。隣に立つ副司令は、何故か浮かない顔だった。
「ディラン君。まず最初に、君に感謝状がでておる。帝国政府からだ」
「は?」
思いもよらない言葉にディランは目を見開いた。聞けば、先日のキマイラ退治の件で、功績が認められたらしい。さらに、ユーリアにまで自分のものとは別に感謝状が送られているとのことだ。
「……それは、光栄です」
「非番の時だったとはいえ、衛兵としての本分を良く果たしてくれた」
副司令から二通の感謝状を恭しく受け取る。有難いことに、金一封もついていた。
「まぁねぇー……良くやった! ということではあるんだがねぇー……」
「はぁ?」
司令官は歯切れ悪くぶつくさ呟いている。どうも、衛兵隊に所属するディランが活躍したことで、魔装騎士団を支援する貴族たちから大分嫌味を言われたらしい。
「それはまた……。ご迷惑を」
何とも言えない気分でディランは司令官に会釈する。自分も三十年前は皇帝の近衛騎士だった。あの連中のやり方は嫌というほど経験している。なので、苦り切った顔の司令官に同情できるのだ。
「まあ仕方ないよ。それはそれだから」
「うむ。……ディラン、ここからが本題だ」
「はっ」
副司令はディランと第六〇一小隊に特別任務を下した。
『魔術師殺し』事件の犯人を捕らえよ、と。
「はぁ? 魔術師殺し? 何じゃそれ」
小隊の待機室に戻ったディランは、ゾマー、リューリンク、ヴィダルの三人に任務を説明する。
「言葉のとおりだな。この四日の間に四人の上級魔術師が惨殺死体で発見された」
「四人!? それも上級魔術師を!?」
帝都で魔術師といえば力の象徴のようなものである。上級といえばなおさらだ。衛兵たちは驚きに目を見開く。
「四人のうち三名の遺体は貴族地区で発見されている。本人たちも貴族らしくてな……詳しい情報がわからん。ただ、一人は平民の冒険者で、ティエフ橋で今朝見つかっている。私たちの任務は、その魔術師を殺した犯人を見つけることだ」
「ひえぇぇ……上級魔術師四人を殺す奴らが相手っすか?」
「それをたった四人で逮捕しろ、と?」
リューリンクの恐怖もヴィダルの指摘ももっともだ。ディランは副司令に説明されたことを思い出す。
「この帝都で四人の上級魔術師が殺される。これは大変な事件だ。はっきりいって、帝国政府はこの事件を隠蔽したがっている。だがこれ以上被害が出るのはもっとまずいので、最低限の人員で調査しろ……ということになったらしい。もちろん、貴族地区の方は魔装騎士団の精鋭が調査することになっている」
自分で説明しながら、帝国政府の昔ながらの事なかれ主義にため息をつく。《まあ、政府の役人というのは、現在の安定を維持するのが仕事のようなものだからな……》
「その分、特別報酬は出るらしいぞ」
「面白れぇ! やってやろうじゃんかよ!」
「……」
『特別報酬』の一言で、部下たちは思ったよりもやる気になってくれた。ディランはそれにほっとする。
司令官からはさらに、『犯人の正体と居場所を暴いてくれれば、それで良い。あとは魔装騎士団に任せる』という有難い指示も受けていたので、それも一応伝えておく。
「なんだそりゃ、そんなんで良いのかよ! 美味しいところをあいつらに差し上げるなんて」
そこには反抗するのか、とディランにしてみれば少し意外だった。まあ、若い彼らにはプライドがあるということか。
「別に誰が手柄を立てようが、どうでも良いだろう。大事なのは帝都の安全を守ることだ」
「……」
憮然とするゾマーを諭してみるが、彼女や残りの二人も不満そうだった。その様子を眺め、ディランも考えてみる。《まぁ、そりゃそうだよな。自分の成果を他人に譲って平気なのは、別に大事なものがなければ難しい……。私もこいつらくらいのころはなぁ……》
「まあ、実を言えば、帝国政府には知人もいる。実際にどういう役割分担になるかは分からないが、お前らに不満が残らないように私も動いてみるよ」
「コネ!? おっさんが!?」
「あー……そうか、三十年前の大戦で一緒に戦った人とか?」
「……なら、悪くないかもな」
その言葉にやる気を出し始める衛兵たち。ディランは彼らに気合を入れるように、パンパンと手を叩く。
「よし、その勢いだ。ただそのためには、我々が騎士団より先に犯人を見つける必要があるからな。さっそく調査開始だ!」
「おおっ!」




